女性と機密
女が僕にとんでもないことを話す。
無論、顔つきは力が入り硝子が遮る目は僕の瞳を放す隙さえ与えないが、彼女の折々観せる左指が金属の枠に軽く触れる仕種は、演技ではないことを見当づけさせた。
しかし、この女は僕の存在を僕だと認識してからも、僕の存在が確定する以前も、有り得るはずがない、現代化学では有ってはならない話をするあばずれだ。
若しそれに偽りがないとするならば、面白いが、未曾有な問題が浮上したことになる。
確かに僕は、面白いことを望んでいたし、この苦悶の世界に絶望していた。
だがだからといって、安易に信じる程、僕は阿呆じゃないしそれなりに常識を弁えている。
さすがに物理法則が全能とは言わないが、事象、現象の殆どが解けると言っても過言ではない。
それにしても馬鹿にされているようで不愉快だ。そう思うのは、僕が冷静でいないせいなのか、目の前のあばずれの下らない似非話しのせいなのかは、後者が原因で間違いはないだろう。
しかしここは飽く迄も冷徹に筋を通そうじゃないか
「貴女の話しはよく解りましたが、具体的な形で示して頂けませんか?詳しい話しはそれからです。」
僕が返答することを予め解析、パターン化していたかのように、いや、していたのだろう。女は
「実に期待通りの答えです。いえ、悪い意味はありませんし、寧ろこちらとしては都合が良いです。非難している訳でもありません。お気に為さらずに」
表情を堅くした覚えはないが、手の裏には楕円型の傷と鮮血が何かを物語っていたことが僕の心に嫌気を刺した。
事の発端は五月、勉学という平日の仕事を果たし、通称放課後と言われる頃合だ。
僕はそそくさと教室から逃走し、昇降口を出た。
陽射が僕を照らした。黄昏に近しい頃合であるのに太陽はまだまだ勢いがあり、広葉樹も葉を青々と茂らせ景色も賑やかに成ろうと努力しているように思える。
こんなことはありふれた日常でただ退屈なだけだが、僕の目先には懸案が明瞭に待ち受けている予感がした。
「何故かって?」目先に灰色のスーツを着用した女性と白い運転用の手袋をした黒スーツの男性、校門には似つかわしくないリムジンで、辺りに人は皆無、男女共に俺を明らかに凝視しているという状況。
これらのことからパターンを想定してみても僕に用件がある方向のベクトルになる。
一瞬裏手を目指そうと思い踵を返してはみたものの、面倒であるし、何よりリムジンに乗っている者が裏手に人を配置していない可能性を考えれば、無駄な余力を費やすことは愚かである。
僕はしかたなく二人に声をかける。
「何かようですか?」微かだが確かに女性は満足そうに微笑んだ。
「なかなかの判断力のようね」初対面の他人に言われる言葉でないが堪えよう
「御誉めありがとうございます。すいませんが忙しいので用件がないのならば、失礼したいのですが」
女性は、辺りを軽く一瞥し顔を強張らせ
「何も聞かずに乗ってくれる?」
僕は女性の視線が妙に気になり耳をすます、すると先程とは違い昇降口付近が賑やかになっていた。
女性が辺りを一瞥したのは、つまりここでは話しにくいと考えるのが自然である。
この二人の目的が定かでないが、誘拐目的ではないの理解できる。一体何が目的なのだろうか、鎌をかけてみようか
「嫌といったら?」
僕は直ぐ様彼女の一挙一動に神経を集中し周辺視を開始した。
「残念ですがノーの選択肢はありません」僕は彼女の言動には敢えて無視を決め込み無難な返答をする
「行くのはいいんですが僕にも利益が有りますか?」本の一秒程間があり、彼女の左指が金属枠にちょこんと触れた。
「私には、解り兼ねます」態と僕は小さく低い声で
「なるほど」と零し
「わかりました」と答えた。
前文はこの車上内のことである。余りにもこの女は愚かであるから、疾うに愛想が尽き聞いているのも億劫になった。しかし慈悲深い僕は
「大まかには解りましたので、もう結構です」と丁寧に
「つまり、地球外生命体が近々コンタクトとしてくるので、僕に出向いて欲しいと、そういう事ですね」
女は満足そうに微笑み、そうですと言わん許りの顔つきだ。
そうして車内に心地好い沈黙が流れ始めた。
僕は数学的確率を暫時考えていたが、表れる数字は期待通り零が六個付き、1が場違いですねと言っているように思える。
「この際、常識は捨てるとしても何故僕なんですか?僕の知能指数はそれほど高くないですよ?」
女は未だに何か言っているが、僕は早くに視線を外し、ふと、窓を見た。
窓の向こうには馴染みのない場景が自然な場所から擦れ違い、見送っても直ぐに距離が離れて行った。
それは、今の僕と昔の僕との距離のようで
「皮肉だな」ふっと息が抜け苦笑が零れた。
女はその表情を律義に観ていたのか
「どうかしましたか?」と不思議そうに投げ掛けた。
「いえ、別に」
女は僕の心境を察したのか肩を落とし、僕から目を背けた。
それから暫くして女が口を開いた
「もうすぐのようね」と一言と言うとゴソゴソと何かしている。
全く気付かなかったが、女は自前のサイドバックを持っていたようでそこから封筒と資料を取り出した。
「これを見てくれる」女はそういうと封筒を右手で手渡した。 受け取るとそこには、開封不可という黒肉にマル秘という朱肉が印されていが、僕は意を決し封を開けた。
小説って書くと話しがなかなか前に進まないものですね、そして、飽きずに読んで頂けるか心配です。駄文ですがどうかよろしくお願いします。