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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第八章 生きては帰さぬ地下迷宮
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8-5 闇に堕ちていく

 第八層へと続く階段まで残りはどのくらいか。

 唯一、道を知っているスズナが包帯の巻かれた片足をかばいながら先導してくれている。

 スズナは一言も喋らない。喋る気力があるなら、その分脚を動かすべきだと暗に語っている。

 ……違う。誰も何も喋りたくないのだ。

 たった数時間前まで言葉を交わしていた者達がいなくなった。とても、会話が進む状況ではない。

 特別、グウマを失った衝撃は大きい。グウマとジェフ、二人の命を比較する訳ではないのだが、過ごした時間が長い分だけグウマという存在はアニッシュ、スズナ両名にとって大きかったはずである。血縁関係はなかったと思われるが、血の関係だけが人間の縁ではない。

 グウマがアニッシュに向ける目は、孫に対して向けるそれであった。

 グウマがスズナに向ける目は、弟子に対して向けるそれであった。

 他人の俺にとってもグウマは頼りになる老人であった。グウマの消失は埋めようがない。

 いや、まだグウマが吸血魔王に敗れたとは限らないのだが。


『十分間だけ休憩します。次は階段を上り切るまで休まないのでそのつもりで』

(休める時に休める人間であるべき。次はもっと先)


 小休憩となった。

 狭い通路で身を寄せ合い、水筒の残り少ない水で喉をうるおす。まったく気分は潤わない。

 未来は暗く、地上は遠い。

 迷宮魔王の領地内だというのに、公然と別の魔王が現れた。魔王連合が本格的な活動を開始した証拠だろう。ようやくバッドスキルを対策できただけの俺は、まだ大敵と戦う準備を整えていない。


==========

“●レベル:7”


“ステータス詳細

 ●力:17 ●守:10 ●速:19

 ●魔:5/8

 ●運:5”

==========


 こんなパラメーターでは魔王に挑むのは無謀でしかない。

 いや、適正レベルであったとしても倒せないのだ。吸血魔王は何度滅ぼしても復活していた。不滅の謎を解き明かさないと吸血魔王を討伐するのは不可能である。

 吸血魔王と一緒に現れた灰色ローブの骸骨が復活させていた? そんな単純な謎ではないと思われる。あの骸骨は遠くより戦闘を傍観し続けていただけだ。

 今ある情報は、吸血魔王が双子の兄妹であるという一点のみ。

 まだまだ解明には程遠いが、アニッシュのように目を赤くらしても何も解決しない。時間がかかっても必ず倒してみせる。

 ……その機会があれば、という条件付きであるが。

 このパーティで最も大事な人物がアニッシュであるのなら、また吸血魔王のように難敵が現れた際には誰かがおとりとなる必要が出てくる。そして、次の囮はスズナか俺の二択である。

 この際、道案内が可能な人物を残し、金で代替可能な人間を使い捨てるのが道理だろう。このダンジョンにおいて、奴隷を囮にするのは王道であるとも聞いている。

「若様、そろそろ行きましょう」

 スズナが立ち上がり、アニッシュも続く。

 使い捨てられるのは正直御免だが……まあ、アニッシュの誠意次第とだけ言っておこうか。





 戦い疲れた老人は、最後の瞬間まで刀を握り締めていた。

 『速』を活かして敵を翻弄ほんろうした。

 何度も心臓を突き、数え切れない程に殺した。

 殺しても殺せないと分かっていたから、羽を斬り、けんを断ち、若い主の追撃を断念させる事に全力を尽くした。

 スタミナが切れたなら、生命力を燃料に動き続けた。

 死ぬと分かっていた戦いである。爪で内臓をつまみ出されようと、両目をえぐられようと、次がないのであれば気に病む事ではない。名の知れた魔王から主を守れたという誇りに口元をニヤりと曲げる。

 それがグウマというシワ深く老いた男の生き様だった。

 ただし、グウマという個人の終幕にはまだ少し早い。


「吸血魔王相手に単独で立ち回れる人間族。実に希少価値が高い死体だわ。ぜひ配下として迎え入れようと思います。良いでしょ、兄様?」

「エミーラが望みを拒否しないさ。ただし、血を吸うのは止めておいた方が良い。童貞でなければ男は低能なグールとなってしまう。そうでなくても、男の肌に触れて血を吸うなんて許さない」

「もう分かっております。ここは死霊使い職のゲオルグに任せましょう」


 立ったまま死んだ老人の硬い頬を一撫でしたエミーラは、灰色ローブの骸骨を手招きした。

 灰色ローブの骸骨は、吸血魔王軍の副将を務めている。種族はリッチに属する。

 リッチはアンデッド系モンスターの中でも、吸血鬼と並び立つ高位種族である。死霊としては例外的に高い知能を有し、魔法適正も高い。

「さあ、ゲオルグ。お願い」

 吸血魔王の腹心、ゲオルグなるリッチは死霊使い職に従事している。ゲオルグは様々な下法に精通しており、死体に魂を呼び戻す事など造作もない。


「お任せを、エミーラ様。……『動け死体』スキル発動せよ。下法にて、この古強者にゾンビとしての第二の人生を!」


==========

 ●ゲオルグ

==========

“●レベル:50”


“ステータス詳細

 ●力:45 守:32 速:25

 ●魔:255/255

 ●運:0”


“スキル詳細

 ●レベル1スキル『個人ステータス表示』

 ●リッチ固有スキル『アンデッド』

 ●リッチ固有スキル『魔・良成長』

 ●リッチ固有スキル『三節呪文』

 ●リッチ固有スキル『四節呪文』

 ●死霊使い固有スキル『動け死体』

 ●死霊使い固有スキル『グレイブ・ストライク』

 ●死霊使い固有スキル『動け死体・強化Ⅰ』

 ●死霊使い固有スキル『動け死体・強化Ⅱ』

 ●死霊使い固有スキル『動け死体・強化Ⅲ』

 ●死霊使い固有スキル『動け死体・強化MAX』”


“職業詳細

 ●リッチ(Aランク)

 ●死霊使い(Sランク)”

===============


 死後硬直を開始していたグウマの手先が、ピクリ、と動いてしまう。

 エミールの爪で潰されていた空っぽの眼球に、黄色く燃える鬼火が宿る。

 紫色に変色した肌色は血行が悪いでは済まされないが、グウマは生きていた頃のようにまたたきを行う。生前の頃のように、甲斐甲斐かいがいしく死霊を操る魔王と腹心にお辞儀してみせた。


「エミーラ様。ゲオルグ様。この偽りの生命、存分にお使いください」


 忠臣を得たエミーラは満足気に頷く。しかばねグウマの仕官を歓迎した。

「死んだばかりで右も左も分からないでしょう。ゲオルグ、迷宮の浅瀬に連れて行って、まずは生血の味を覚えさせなさい」

「では失礼いたします。グウマ、行くぞ」

「はっ!」

 ゲオルグは影と一体化して消えていく。グウマは三桁の『速』で追いかけた。エミーラが命じた通り冒険者狩りに出かけたのだろう。

 用は済んだと、エミーラもその場から立ち去ろうとしたのだが……ふと、小さな呼吸音に気付いて周辺を見渡す。蝙蝠に分解して複数の目で探索すると、すぐに音源を確定できた。

 戦場となった通路の中央、死体がいくつか転がっている床上だ。


「ああ。貴方、生きていたの」


 首に槍が刺さった女が、苦悶しながらも呼吸していた。

 槍が気管を貫通しているからだろう、呼吸が穴から漏れ出て酸欠気味になっている。しかし、気管以外は傷付けていないため死んでいない。槍は頸動脈をうまく避けていたため、出血はないに等しい。

 女……リセリは、まだ生きていたのだ。

「大変だわ。綺麗な子だから、浮気性の兄様に見つかったら体を遊ばれてしまう。そんなの絶対、許せない。嫉妬してしまう」

 生きていたから、どうした。こう問われればそれまであったが。

「でも、殺し損ねた女をまた殺すのも芸がないわ。だから私が血を吸って上げる。安心して、処女じゃなければ醜いグールになるだけだから」

 エミーラはリセリに覆い被さるように出現し、噛み付くのに邪魔な槍を抜き去る。

 そしてそのまま、リセリの白い首筋へと犬歯を突き立てて鮮血をすすった。


==========

“ステータスが更新されました

 スキル更新詳細

 ●実績達成ボーナススキル『吸血鬼化(強制)』”


“実績達成ボーナススキル『吸血鬼化(強制)』、化物へと堕ちる受難の快楽。


 本スキル発動時は夜間における活動能力が向上し、『力』『守』『速』は二割増の補正を受ける。また、赤外線を検知可能となる。反面、昼間は『力』『守』『速』が五割減の補正を受ける。

 吸血により、一時的なパラメーターの強化、身体欠損部の復元が可能。

 一方で、吸血の必要もないのに一定周期で生血を吸いたくなる衝動に駆られ、理性を失う。生血を得れば衝動は一時的に治まるが、依存性があるため少量摂取に留める必要があり。

 吸血鬼化の進捗度は、直射日光に対する精神疾患で把握できる。

 症状の深刻化は吸血量によるが、初期状態でも長時間の日光浴により深度ⅡからⅢ度の熱傷を負う。要するに、夜に生きろという状態”


“実績達成条件。

 実績というよりも呪いという方が正しい。ある魔王に吸血された実績により、人間性を大きく失いかけている。スキルによるメリットよりもデメリットを憂慮すべき。

 なお、実績達成のためには童貞、処女である必要がある。リア充、死霊グール化しろ”


“≪追記≫

 強制スキルであるため、解除不能。解除したければ、呪いを授けた魔王を討伐する以外に方法はない”

==========





『若様ッ!! 走ってください。走って!』

『これでも全力なのだッ』

 第八層へと続く階段が見えるのと、俺達生き残り三人が新たな敵とエンカウントするのは同時であった。


“GaGa、GaAAAAAGAAッ!!”


 四足のケンタウロスみたいな化物が背後より駈けている。

 ただし、そいつはケンタウロスではないはずだ。皮膚がなく、筋肉の束が丸見えになっている。下半身が馬の種族と見間違える事はない。

 では、長い腕を伸ばして俺達を捕まえようとしている化物の正式名称は何なのか。薄学な俺ではさっぱりだ。

『間違いないッ。ナックラヴィー、『泣き叫び狂う』だ』

「『ナックラヴィー』? 『泣き叫び狂う』? アニッシュ、誰だそいつは?!」

怨嗟えんさ魔王ッ! 時々現れては人々を襲う恐ろしい魔王だ!』

 最も『速』の低い者が最も早く追い付かれるのは当然だろう。

 アニッシュの肩を掴み潰そうと、怨嗟魔王の手腕が迫る。


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 助けたいシリーズ一覧

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 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない  (絶賛、連載中!!)


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