8-2 勇者の落日
地下迷宮第十一層。
そこは人類前人未踏の魔境であり、迷宮の本丸に当たる。エクスペリオの研究所や数時間前まで魔王連合の結成式が行われたホールにも道が続いている。また、迷宮魔王が鎮座する玉座もどこかにあるだろう。
「やったぞぉおおォッ! この私が、勇者だああァッ!!」
第十一層の入口で、人間族の男の歓喜が木霊す。
人類が到達した事のない土地で人語が聞こえるとは幻聴としか思えなかったが、その男は確かに存在した。第十一層に踏み込んだばかりの場所で、迷宮魔王の玉座を発見した訳でもないのに、酷い喜びようだ。
「我が祖国。オリビアに栄光あれ!!」
男の素性を明かすと、彼は勇者候補の一人、オリビア国の王子たるマルサスだ。勇者候補としてはレベル32とレベル高く、その分、誰よりも地下迷宮の攻略を進めていた人物である。
……いや、勇者候補であったが正解だ。
==========
“●レベル:32”
“職業詳細
●勇者《勇ましき者》(初心者)”
==========
マルサスは第十一層へと到達した実績を認められ、職業を勇者へと改めていた。博愛主義ではないマルサスの攻略方法は強引かつ正攻法で、第十一層へと突入するために奴隷を二人ほど囮として置き去りにしていた。が、その甲斐はあったと言える。
勇者職は人類が唯一、魔王に対抗する手段である。
少なくとも、人類の多くはこう妄信している。
勇者の登場は、人類を大いに勇気付けるのは確かだ。勇者となったマルサス自身が魔王を討伐する未来も夢ではない。
「よしっ! 長居は無用だ。急ぎ国に戻るぞ。こんな地下からは引き上げ――」
……新米勇者マルサスが、待ち構える脅威を退けられたら、であったが。
牛頭の魔人が斧を肩に担ぎ、佇んでいた。
第十一層入口も他階層と同じく空間が広く取られている。その理由は冒険者達の宿場として活用されるためではない。狭い階段から少しずつ降りてくる敵を大多数で迎え撃つための防衛拠点。丁度、三騎士メイズナー率いる骸骨兵の百体の群がマルサスパーティを出迎えている。これが階段下広場の正しい活用法だ。
「メイズナーっ、小賢しい化物め。勇者になった私が成長し、脅威となる前に排除するつもりか!」
「お前程度の人間族、脅威でも何でもない。我々の計略の結果とはいえ、人類の人材不足は甚だしい」
「ほざくな、化物! お前を勇者マルサスが討伐した最初の魔族にしてくれる!」
「哀れな。我等の調整なく、貧弱な勇者が誕生するはずがないだろう」
マルサスのパーティ八名の内、五名が退路を確保するために階段を塞ぐ骸骨兵へ戦いを挑む。退路確保が完了するまで、マルサスを先頭に三名がメイズナーと骸骨兵百体と対峙する。
マルサス自身が先頭に立ち、モンスターと戦う光景はとても珍しい。
命の危険を伴う戦闘を従士に任せ、貪欲に勇者職を目指した男が前線に立つ。相手が迷宮魔王の幹部であろうと勝算がない訳がない。
マルサスは懐から珠を取り出すと、指で摘みながら高く掲げた。
「記憶武装よ、変化せよッ。太陽神の力を封じ込めた黄金剣よッ。力を示し、天地創生の光にて悪しき者共を灰と化せッ!」
珠は光を放ちながら、純金製の長剣へと変化していく。
儀礼用としか思えないその長剣はマルサスの祖国の国宝、かつて太陽信仰をしていた文明の遺品、へと記憶武装が変化した物である。
黄金剣は剣にカテゴリーしながら、聖属性と火属性を併せ持つ黄金の光を刀身から放つ遠距離武器である。威力は太陽の光を浴びていた日数に依存する。
聖属性、火属性両方が弱点の骸骨兵はひとたまりもない。黄金の光に照らされた瞬間、欠片一つ残さず蒸発していく。
サーチライトがごとく、光はモンスター集団の左翼から順に照射された。集団中央部のメイズナーへと到達するのも時間の問題。アンデッドではないメイズナーでも炭化してしまうのは必至だ。
モンスターに対して一片の慈悲もなく、黄金光は駆け抜ける。
「勇者である私を侮るから、蒸発してしまうのだ」
役目を負えた黄金剣は、輝きを失い鉄色へと変わった。
マルサスは勇者としての華やかしいデビュー戦に満足し、網膜内のポップアップ情報をうっとりしながら眺めていた。討伐した骸骨兵が五十もいるため、レベルアップの表示がなかなか収まらない。その時間のかかる非ユーザビリティな表示方式さえ、マルサスは楽しんでいる。
「――事前の実験通り、その黄金剣は悪しき力に対してのみ辛辣な欠陥品だ」
……ポップアップ表示を楽しむ前に、網膜に浮かぶ討伐情報が骸骨兵五十体だけである事を、マルサスはもっと気にするべきであった。
光が薙いだ跡地に立ち込める水蒸気の向こう側から、ずっしりとした巨体が分け出てくる。牛の頭が先で、筋肉重厚な上半身が次だ。
どんどん近づくメイズナーは、斧を垂直に振り上げるとそのまま振り下ろした。マルサスの隣にいた従士が斧の直撃を受ける。脳天から真っ二つに割れ、贓物をこぼしながら左右に分裂し倒れてしまう。
「メ、メイズナー!? 黄金剣に耐えただとッ?」
「お前の武器など研究済みだ。オルドボが仕入れた聖水で体を清めておけば、光の方から避けていく。まあ、骸骨兵が聖水で自滅してしまったようだが、許容範囲だ」
巨大な指に摘まれた小瓶が投げ捨てられる。
蛸壺の形した白地の瓶だ。オルドボ商会にて、壷は聖なる力で清められた水入り定価一マッカルで販売されている。アンデッドに塗して浄化する、頭に振り掛けて魔物避けにする、といった用法が一般的だろう。
人間にとっては無害であり、モンスターにとっては有毒であるため、モンスターが使用して良いアイテムではない。事実、聖水を被った骸骨兵の五割が天へと召されている。
「聖水をモンスターが使う!? 馬鹿なッ!!」
メイズナーはマルサスのもう一人の従士を拳で殴り飛ばして排除した。結果、前線で生き残っているのはマルサスただ一人となってしまう。
聖水で皮膚を溶かしているメイズナーは、眼球だけを動かして足元の新米勇者を見下ろす。
身長差ニ倍はあろうかという巨体のミノタウロスの威圧感は耐えられるものではない。マルサスは震える足でニ、三歩下がっていく。
「こ、このッ、聖水はもうほとんど蒸発しているではないか。もう一度、黄金剣を使えば!」
本物の黄金剣は一度効果発動後クールタイムを必要とする。ただし、記憶武装に弾切れや廃熱といった概念はない。
輝きを増していく刀身は、即座に臨界する。
今度はちゃちな対策をとられないように剣先を刺して体内から焦がしてやろう、とマルサスは黄金剣をメイズナーへと突き出した。
「覚悟おぉっ――ぉッ、うォぼげぇ!?」
「腰が退けたままだ!」
メイズナーの割れた腹筋を黄金剣が焼き尽くすよりも早く、巨大な平手打ちがマルサスを吹き飛ばした。
黄金剣はマルサスの手から離れて床を滑り、形状を珠へと収縮させていく。
マルサスは倒れた拍子に頭を打ち、簡単に気絶する。
「エクスペリオより記憶武装の停止権限を得ていたが、まったくの無駄だった。勇者相手に知恵で挑んだ私の意気込みも無駄となってしまった。想定通りとは、ツマラナイものだ」
マルサスは逃げるべきだったのだ。
メイズナーが第十一層で待ち構えている光景を見た瞬間、カンを働かせて全力で後退するべきであったのだ。『第六感』スキルのない新米勇者に対しては高望みが過ぎるかもしれない。それでも逃げるべきだった。
何故ならば、勇者捕獲こそがメイズナーの計略だからである。
「殺さずに牢屋へと連れて行け。絶対に殺すな。現職の勇者が生きている限り、次の勇者が誕生する事はない」
メイズナーに命じられるまま骸骨兵共が忙しそうに骨を鳴らす。ぐったりと首を垂らしたマルサスの両腕を数体で牽引し、第十一層の奥へと連れて行く。魔窟の奥底へと遠ざかる。
マルサスパーティの生き残りは誰もマルサスを助けようとしなかった。そんな余裕はなく、骸骨兵の包囲網の向こう側にある階段に到達しようと必死だからだ。……結局、誰一人たどり着けなかったが。
この後、生きたマルサスの姿を見た者も、マルサスの死体を発見した者もいない。勇者から離職させぬよう心や体を壊さず、しかし一切の尊厳がない投獄生活を永く強制されたからだ。
マルサスという勇者は、世に知れ渡る事なく消失した。
「勇者以外にも目を付けていた冒険者の多くは第九層に下りている。ならば、先回りして退路を断ち、一網打尽とするか」
勇者捕獲は前哨戦に過ぎなかったのだろう。
戦闘を終えたばかりだというのに、メイズナーは第十一層と第十層を繋ぐ階段を目指して行軍を開始する。




