8-1 魔王連合、結成式
第九層も終わりが見えた昨今。広大過ぎる地下空間を帰る混成パーティの口数は少ない。
昨日襲撃してきたダニ虫に寄生されたパーティとの戦闘。それ自体はそう難しくなく終わったというのに、パーティは敗戦後のような雰囲気に飲まれている。
修道女を使った騙し討ちが相当にこたえてしまっている。
『ただの虫型モンスターが、あのような策を用いるのか……』
スズナがいなければ騙まし討ちは成功していただろう。お荷物のような俺達を救っていたからリセリは助かった。善意の勝利と言えるかもしれない。
『オットーパーティは余達に近づくための捨て駒であったのか? 修道女による騙まし討ちが本命であったのか? だとすれば、まったくもってモンスターらしくない。真性の悪魔のやり口ではないか』
アニッシュは考察みたいな独り言をブツブツと呟いている。誰か答えてやれば良いと思うのに、誰も声をかけようとしない。
第九層まで独力で至ったリセリパーティにとっても、異常事態なのだろう。暴力のみを武器としていたモンスターが、悪知恵も働かせた。あって欲しくない現実だ。
歴戦の忍者たるグウマならば何か知っていそうなものだが……グウマの顔は渋味を増している。解答は分かっているのに、常識と照らし合わせると不正解な気がしてしまい、そもそも設問自体が間違っているのではないか。といった思案顔だ。
『グウマは知っているのではないのか?』
『心当たりはあります。ですが、ありえない』
『手段が悪辣で、信じられないのは余も同じだ』
『そうではなく。……若、あのダニ虫は人類寄生ダニという名のモンスターです。あの手のモンスターを眷属として愛玩している存在を知っております』
アニッシュのみならずリセリやスズナもグウマの言葉に耳を傾けて、先を促す。
『その存在は、『毒頭』、寄生魔王です』
全員、聞かなければよかったという表情を即座に作ったが。
『寄生型モンスターの首魁として、北の国々では恐れられています』
『ま、待ってください。ここは迷宮魔王の領地なのですよ?』
迅速に異議を唱えるリセリ。彼女の根拠は、魔王同士は不仲であるという常識に依存している。
魔王とは地球、日本で言うところの戦国武将に相当するだろう。
土地ごとに力ある魔族が立ち上がり、魔王となって領土を主張している。そして、王という自称でしかない位を他者に認めさせようと、他の魔王と積極的に交戦している。人類国家に襲い掛かってくるモンスター共は、破れた魔王の敗残兵に過ぎない。
外見も成り立ちも異なる魔王同士が手を取り合う事はない。
手を取り合ったように見えたとしたら、それは裏切りが主目的の同盟でしかないのだ。肉親すらも食い殺す惨たらしい生物が、モンスターの本性なのである。
『ですから、ありえないのです。迷宮魔王の地下迷宮深くに、寄生魔王の眷属が忍び込んでいる。迷宮魔王がいくら不干渉主義とはいえ、同じ魔王を見過ごすはずがありません』
グウマの説はグウマ本人も信じていない。
本人も信じていないような説に説得力があるはずがなく、パーティ内ではただ一人を除いて納得させる事ができなかった。アニッシュやリセリは、ダニ虫の小賢しさについて見当違いな想像で悩み続ける。
ちなみに、説得可能だった一人とは、俺である。
「――『魔王』『連合』」
俺は、魔王同士の共同体、魔王連合の存在を知っていた。
迷宮魔王『ダンジョン』が魔王連合の一柱であるという情報を、とうの昔に思い出していた。魔王共が何を思って本気で手を組んだかまでは分からないが、実在するのだから疑っても仕方がない。
『キョウチョウ? 魔王が連合を組むはずがな――』
「『吸血魔王』『参加』」
『――キョウチョウ??』
俺が覚えている魔王連合の構成員はそう多くない。
「『淫魔王』『参加』」
『キョ、キョウチョウっ!? 何を言っている? 怖がる余をからかっているだけなのだろう?』
「『迷宮魔王』『参加』」
『魔王連合などっ! 嘘なのだろ!?』
俺の記憶を奪った際に現れた魔王二体と、三騎士の親玉たる迷宮魔王。合計三体もの魔王が協力関係にあるが、これがすべてとは限らない。実際、グウマの言った寄生魔王については初耳だ。
「『魔王』『連合は』『俺の』『敵だ』」
はたして、魔王連合には何体の魔王が参加しているのやら――。
「――十柱もの魔王が参加された事に、感動を隠し切れません。本日は人類滅亡の初日であると共に、魔界に大連合が結成された偉大な記念日となりました!」
深き地の底。
迷宮に阻まれし大深度地下。
魔王連合の重鎮が集うために建築された大ホールにて、迷宮魔王に仕える鼻の長い魔族、エクスペリオの興奮した口調が響く。
壁は遠く薄暗い。異形共が集う中央部から百メートル以上は離れていそうだ。球場と表現するよりは、血肉飛び散るコロシアムみたいな場所である。天井までの距離は横方向よりも更に長い。高過ぎて光が届かず、闇が広がるのみ。
地下にこれ程の大空間を建築するのは魔族といえど難儀したはずだ。
「ご出席が難しい方がいるのは残念ですが」
ただし、球場やコロシアムよりも広い大空間でさえ容量不足であったらしい。
エクスペリオいわく十体もの魔王が連合に参加を表明したというのに、ホールには七体の魔王しか集まっていない。
天井の見えない天井へと届きそうな巨体が一体いるので、それ以上に巨大な魔王が三体はいるという事になるだろう。
「昨日参加を決定された方もいらっしゃるので、順不同にて呼ばせていただきます。まずは魔王連合の盟主を務めさせていただいております、我が王。『ダンジョン』こと迷宮魔王」
迷宮魔王は盟主の癖に姿を現していない。
配下たる三騎士のエクスペリオ、メイズナーは並んでいるが、結成式に王自らが出席しないで連合を保てるとは思えない。結成式が、近隣の魔王を呼び寄せるための罠であると思うのが魔界の常識だ。
魔王本人が現れなければ説得性はないように思えるが……他の魔王共から不満の声は上がらない。
この不気味な信頼感が、魔王連合の特殊性でもあるだろう。
「『終わりなきコーラス』こと合唱魔王様」
大空間で一番大きな影が蠢く。
合唱魔王の領地は人類生存圏から離れた魔界内陸部に存在する。ゆえに人類に馴染み薄い魔王である。ただし、森の種族の討伐隊たる精霊戦士ニ百人、魔法使い百人を魔法で圧倒した事からエルフには恐れられている。
魔法砲撃戦において絶大なアドバンテージを有する魔王の連合参加は、人類にとって絶望でしかない。
「『永遠の比翼』こと吸血魔王様」
吸血魔王の軍勢から出席しているのはニ名だ。
礼服の金髪赤眼の美男子が先頭に立っており、彼の背中からは蝙蝠羽が伸びている。整い過ぎた顔立ちと甘い口元は、異性を魔的に魅了してしまう。
金髪赤眼の彼こそが吸血魔王と呼ばれる存在の、半身だ。
男の姿形が黒く変色していき、小さな蝙蝠へと細分化されていく。
蝙蝠が再集結した時、その場に立っていたのは金髪赤眼の美女であった。赤く変色したウェディングドレスとしか思えない豪奢な服装を、後ろ羽ではためかせる。異性を挑発する視線を遮ろうとしたのか、頬を両手で押さえ付ける挑発的な仕草をしていた。
金髪赤眼の二人組が入れ替わる後方では、吸血魔王の腹心たる骸骨頭の長身が不動のまま控えている。
吸血魔王のアンデッド集団は脅威そのものだ。勇気を振り絞って戦ったとしても、味方に戦死者が出れば敵戦力が増強されてしまう。アンデッド特効のある聖属性の魔法使いを多数有する、教国でもなければ対処は困難だ。
「『淫らな夜の怪女』こと淫魔王様」
己の名が呼ばれた瞬間も、淫魔王は気だるげな表情を見せていた。
巨大なトカゲの背にカーペットを敷き、下半身が蛇の淫魔王は腰掛けている。
色香という点において、淫魔王の美貌は魔王連合随一だろう。成熟した大人の圧倒的包容力と、何者であっても受け止めてみせるという母性愛は麻薬染みており、直視するだけでも危険な女である。
鱗でしか覆われていない胸元へと左右の魔王が目を奪われているのだから、淫魔王の魅惑は魔王とて逆らえない。
淫魔王の背後には従者が多い反面、大きさや種族がまったく統一されていない。頭の数も揃っていないキメラが多いのが特徴である。
淫魔王がこれまで人類を襲った記録はなかったが、それも本日までだ。
「『法螺吹き男』こと山羊魔王様」
隣の淫魔王に熱視線を送り続けているため、好色家の魔王は紹介された事に気付いていない。
山羊魔王は、山羊と呼ばれるだけあって側頭部に巻いて伸びる角が特徴的な魔王である。ダンディーという言葉が似合い過ぎる顔付きであり、口元から見える歯が白々しい。男の方の吸血魔王とは別路線をいく伊達男だ。
三つ揃いのスーツを着こなしているものの、腰にぶら下げる法螺貝が似合っていない。
山羊魔王はその存在をほとんど知られていない。勢力も弱小。山羊魔王という呼び名も、他の特徴が知られていないがためである。
ただ、彼とて持ち前の計略を認められて連合に参加している。
「『毒頭』こと寄生魔王様」
ようやく名を呼ばれ、後頭部が肥大化した女性が「あはっ」と嬉しそうに一言返事をしていた。
栄養失調で酷く痩せた女性。これまでの魔王共に比べて随分と貧相であるというのに、本人は実に楽しそうに口元を歪めている。
後頭部の肥大化の原因たる、巨大なダニも興奮したのか短い手足を動かして女性の頭を掴み直している。
脆弱な体で、従者を一人も連れていない。
しかし、寄生魔王を外見的特徴のみで語るのは間違いだ。彼女は他人に寄生する。必要とあらば新しい体へと寄生する。
「『泣き叫び狂う』こと怨嗟魔王様」
大きな叫び声が轟く。
“GaGa、GaAAAAAAッ!!”
泣き、叫び、狂うの三原則。
叫び声を遠心分離機にかけて成分を分析すれば、感情の要素は三種類となる。言葉未満の呼吸器官の鳴動が、贓物的な管楽器として機能するのみ。
“GaAAAAAAッ!!”
純然な獣未満の叫び声しか上げられないのには理由があった。
筋肉の束が剥き出しの体は、屠殺され皮を毟られたかのような真の肉体。
片目が潰れ、片目は膨張し赤く血走る。
四足からは膿が滴り、割れた蹄で床を蹴る。長い腕で、己の体を掻き毟って赤黒い血を散らす。
“AAA、GAッ! GAGAGAッ!!”
異形という言葉に困らぬ魔界でさえ、怨嗟魔王の痛烈さには際立つ。
四足という事から形だけならば人間の上半身と牛の下半身を持つケンタウロスに似ていなくもない。が、この魔王を見てケンタウロスと誤解するには異形が過ぎる。
「『行軍する重破壊』こと墓石魔王様」
墓石魔王の紹介に反応する者はいなかった。迷宮魔王に続き、本日の欠席者そのニである。
魔界と人類圏を定期的に往復する魔王であるため、人類にも名前が知れ渡っている。
墓石魔王の姿は、城と同じぐらいに巨大な黒いゴーレムだ。
「『古式竜』こと竜頭魔王様」
墓石魔王に続く竜頭魔王も欠席者だった。
「奴は完全に制御できている。安心してくれたまえ」
ただし、誰も反応しなかった訳ではない。竜頭魔王の欠席を、次に呼ばれる魔王が注釈している。
「『翼竜の統治者』こと翼竜魔王様」
六枚の翼を背負った男が、魔王連合最後の一体だ。細かな鱗に覆われた竜翼を持ちながらも、人間族に擬態して会合に出席している。
左右の付き人のドラゴン族は身の丈六メートルの体を誇示している。翼竜魔王がわざわざ人間族に擬態している状況には疑問符が湧く。が、これは翼を持たない者特有の感性だ。
六枚もの翼を持つ魔王としては、狭苦しい地下に高雅なドラゴン族の姿のまま降り立つのは悪趣味以外のなにものでもない。
真性魔族と対を成すドラゴン族の若き魔王。
千の翼竜の頂点に君臨する空の覇者。
翼竜魔王単独での侵攻だとしても人類は瓦解していた可能性があるが――。
「待ち望んでいた日がきました。この全十柱による人類圏同時侵攻は、本日より開始されます!」
――十柱の魔王が同時侵攻してくるとなれば、人間族も炭鉱族も森の種族でさえも、人類は抵抗空しく皆滅びるだけだ。
お待たせしましたが、魔王連合の構成が明かされました。
全員の計略考えるのにやや悩みましたが、その分、恐ろしげなものも用意できました。早く交戦したいところです。




