7-32 か弱きモンスター
襲撃目的は不明。
敵戦力も不明。
『オットー様!? 乱心しましたか!』
とはいえ、仕掛けられたからには反撃しなければならない。
『リセリ様を守れ、『光の盾』よ! 魔性を退けよ!』
『帝国のっ、神殿騎士を舐めるな!』
前方からの岩石攻撃――おそらく、土属性魔法――をリセリの騎士二名が盾で受け止めている。盾は発光し、面積以上に岩を食い止めているので何らかの魔法的効果が備わっているのだろう。
攻撃を受けるとは思っていなかったリセリは、両目を見開いてオットーを凝視していた。混乱から脱し切れていない様子であるが、防衛戦のためにアニッシュへと共闘を申し入れる。
『し、仕方がありませんっ! 皆様、可能な限り生け捕りでお願いします。ナキナの弟さんも協力してくれますか』
『スズナとジェフを守っていただけるのであれば! グウマっ! 斬り込めッ!』
跳び上がり、天井を走りながらグウマはオットーへと仕掛ける。『速』任せの襲撃ルートは、初見での対応は困難だろう。
ゆえに、一撃で決着が付くと思われたが……グウマの一閃をオットーは凌ぐ。鎧装備のオットーは硬く、グウマは鎧の隙間を狙って刃を走らせたのだが、最初から防御を決め込んでいたオットーは己を抱くようにして頭を守った。
『あはっ、素晴らしい動きだわ』
どちらかと言うと、後頭部を守ったように見えたが。
『でも、残念。枯れた老人に興味ないの! 我等が王の献上品に相応しい、もっと瑞々しい若い子はいない?』
オットーは女言葉で戯言を喚きつつ、ロングソードを振り回す。速度差が激しく、グウマにはかすりもしない。
ただ、オットーを援護するように地面から岩が突き出してきたため、グウマは一旦跳び去る。
オットーの後方三十メートル付近を『暗視』する。と、ローブ姿の人間族が杖を片手に呪文を唱えていた。敵パーティの魔法使い職で間違いない。
グウマを援護してやりたいが、左側の通路から小柄な男が迫っている。気配が妙に薄く、俺以外に気付けたのはスズナだけだ。
スズナは対応しようと足を踏み込み、皮膚と爪のない足の容態を思い出していた。
『クッ、相手はたかだか盗賊だというのに』
(傷さえなければ、盗人に後れは取らない)
「スズナは無理をするな。俺が行く」
負傷者に任せる訳にもいかないので、俺が進み出た。
挨拶代わりに横合いから、小柄な男を短刀で斬り付ける。小柄な男は振り向きもせずに斬撃をナイフで受け止めると、手首の動きのみで角度をズラされてしまう。高等技術っぽいが、対人戦に慣れていない俺に攻略できるはずがない。
実力不足と判明した俺に構わず、小柄な男は前に進み続ける。狙いは防御陣の内側にいるアニッシュかリセリだろう。
過ぎ去る小柄な男。頭にはバンダナらしき布を巻いているが……後頭部が明らかに膨らんでいる。布の内側に何かが潜んでいる。
「おいッ、この仮面を見ても見過ごせるか!」
俺の言葉を聞き、一瞬だけ視線を向けた小柄な男の顔が歪む。体の筋肉を硬直させてしまう程に醜い仮面を見て、足を止めてしまった。
何の役にも立たないどころか、普段から嫌悪の的となっている仮面だ。ヘイトを集めるぐらいはこなして欲しい。
隙だらけな背中を見せている男へと短刀を一閃する。狙いは、膨らんだ後頭部。下から斜め上への切上だ。
手応えは、あり。
外骨殻を持つ生物を両断した時特有の、最初は硬く、中身は柔らかい感触が柄から手中へと伝播してきた。
小柄な男は足の力を失って、前のめりに倒れていく。ビクビクと体を震わせて口から泡を吐いていたが、しばらくすると動かなくなった。人間が人間を殺してもポップアップは浮かばないが、『動け死体』スキルに感がある。
体を一切傷付けていないのに、小柄な男は死ん、だ?
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“●人類寄生ダニを一体討伐しました。経験値を一入手しました”
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“『人類寄生ダニ』、人類にしか寄生できないか弱いダニ。
魔界と人類圏の極々細い領域にしか生息していない。パラメーターは最低であり、単独での生存は不可能。
人類の頭部に張り付いて、神経の管を脳に届かせる事でどうにか生き長らえる儚いダニである。時間経過により脳と完全に癒着していき、このモンスターそのものが外付けの頭脳と化していく。
寄生された者は主導権を失い、運動機能を完全に譲渡してしまう。意識を失っていれば幸運だろうが、そこの所は不明である。
なお、人類寄生ダニは人類にしか寄生できない。魔族は寄生不可能であり、ゴブリンにさえ寄生できないため絶滅が危惧されている”
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「気を付けろ! 『ダニ』だ!」
名前からしてヤバいダニが男の後頭部にくっ付いていた。寄生手段は不明だが、とりあえず頭の後ろには気を付けた方が良さそうだ。
『若! この者達全員、人類寄生ダニに脳を吸われております』
『助けられぬのか!?』
『寄生期間に依存します。あの大きさではおそらく――』
戦闘は案外早く終息していった。
リセリパーティの魔法使い職が石飛礫で敵魔法使い職の詠唱を妨害し、背後に忍び寄ったグウマが後頭部のダニを斬り裂く。俺が倒した小柄な男の時と同じく、敵魔法使い職は泡を口から吐いて動かなくなった。
右側面から迫ってきた敵戦士職は二人いたが、こちらはリセリパーティの騎士が対処した――グウマのようにはいかず、胸を大きく裂かれて捨てられている。
残りは敵大将たるオットーのみとなった時点で――。
『――あはっ、これまでね。弱い勇者候補の肉体では勝てないわ。それでは皆様、さようなら!』
――オットーは自ら剣で後頭部のダニを串刺しにしてしまったのだ。
寄生から解放されたオットーは白目となり、前のめりに倒れていく。
『オットー様! なんてこと! 創造主よ。慈悲深き創造主よ! 若者の命を救いたまえ』
リセリは迅速に手当を開始したものの、簡単な気道確保と祈り以上の事は行わない。
無慈悲にも――地球人からすれば至極真っ当にも――この異世界に回復を司る魔法がない。物を燃やし、破壊する魔法は多種多用に存在するというのに、傷を癒す術は奇跡の範疇にしか存在しない。
……いや。
仮面に手を掛けるまでもなく俺は悟っていた。オットーなる若人の魂は、もう深い海の底に沈み切っている。
オットーの死後、残敵の確認のため周囲を探索していると一人の女が発見された。
青い修道服と装甲版入りの前掛け。リセリと良く似た服装の女は両腕を騎士に掴まれて跪かされている。
修道女の後頭部は……何も張り付いていない。真っ当な人間らしい。
『貴方様はっ、リセリ様でございますか? ああっ、創造主よ。愛しております』
『オットー様のパーティに随伴していたバトルシスターですね。よくぞ、無事に生きていました』
『教国のお守りが、魔族共の魔手から我が身を守り抜いたのです。ですが、それも今日までと。教義に反しても、自害するしかないと諦めておりました』
修道女とリセリは同郷、同派に属するようだ。面識はないと思われるが、苦境に立たされていた修道女をリセリが慰めたいと思うのは当然だろう。
ただ、人間に寄生するタイプのモンスターと一緒にいた修道女である。リセリパーティの騎士や魔法使い職が入念に身体チェックを行っている間、リセリは我慢していた。
騎士達は慎重だ。髪の毛を持ち上げ、毛の中にダニが潜んでいないか手探りで確認する。武器の類を隠し持っていないかも当然調べる。
結果は、白だ。
俺もいちおう『魔』の気配を探ったが、修道女の体から発せられる気配以外は何も感じられない。
身の潔白を証明された修道女の拘束は解除された。喜びの顔を見せる前に、ようやく命の危機から解放された安堵感から修道女の表情は酷く緩んだ。
『リセリ様――。私は、私はっ』
修道女の方からリセリに抱き付こうと手を伸ばす。母性愛強く、リセリも応じるように近づきながら手を広げる。
そして、修道女は……喉にナイフを投げ込まれて吐血する。
『なっ!? 誰がッ!』
『全員離れろッ! そいつは寄生されているぞッ!!』
ナイフを投げたのは、スズナだった。負傷した体でありながら、包帯を巻いていない片腕で投擲しようだ。
喉から鮮血を垂らしながら、修道女は苦悶と疑問を口にする。
『ど、ど……してッ??』
『猿芝居はやめろ、モンスター。お前が寄生した場所は、喉の奥だ』
『………………あはっ』
血を吐きながらも修道女は心の底より笑った。それが、スズナの行動の正しさを証明する何よりの証拠となる。
『うま……隠れて……たのに、不思議。ど……して、気が付いた……しら?』
『グウマ様も『殺気察知』術を連続使用していなければ、私よりも早く気付いたはずだ』
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“『殺気察知』、第六感にも等しい殺意に反応するセンシティブなスキル。
スキル所持者の近辺に突き刺さる殺意に反応できるようになる。相手が隠匿系スキルを発動していようと、殺意だけは隠し通す事はできない。
精度は錬度によるが、未熟な者でも十メートル以内から向けられる殺意に反応可能。達人ともなれば、遠距離からでも正確な方向、距離を一センチ未満の精度で判断できる。
ただし、殺意への反応は精神に対する負荷が高いので、なるべく連続使用を避けて休みながら使用するべきである”
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『そう。アナ……タ所為なの。それは…………嬉……し――』
修道女は血色の泡を吐いて死亡した。
駆け寄ろうとするリセリは騎士に羽交い絞めにされている。
せめてスズナを睨みつけようとして、リセリは己の見当違いに気付き唇を噛む。それでも理屈ではない感情に苦しみながら、修道女の亡骸を見下ろしていた。
魔王連合「そろそろ本気だす」




