7-30 黒幕共の計略
「記憶武装。それは武器に関する記憶を抽出し、凝縮し、凝固させ、物質として実存できるまでに高まった至高のアイテム」
鼻が象のように長く、熊のように毛むくじゃらな姿の魔族、エクスペリオ。
彼の手の中で、記憶武装が重機関銃から大剣へ、大剣から錫杖へ、錫杖から弓へと姿が移り変わる。
記憶武装の形態変化について、体積や用法の制限はない。武器という括りさえ守っていれば、どんな物にだって変化する。
「持ち運ぶ際には指で摘める大きさとなり、戦闘時には剣にも弓にも矛にもなる。狭い地下迷宮を攻略するのにこれ程役立つ物はないでしょう。しかも、記憶武装は持ち主の記憶に依存するため盗難の心配は皆無となれば、分不相応な武器を携帯したがる勇者候補共はこぞって手に入れたがる」
無造作に形を変化させているが、どれもが稀少な武器の数々だ。
たとえば、大剣は硬質で知られるアダマンタイト製である。
たとえば、錫杖は人類圏最大の宗教集団、教国の聖なる秘宝だ。
勇者候補が持つには過ぎた品々であるのは間違いない。だからといって、魔王の幹部たるエクスペリオが持っていて良いものでもない。魔族を葬り去る武器を魔族が手に入れて、分析でもされたならば大事となる。
「……これらはすべて、こういった人類の習性を利用した我等の計略とも知らず」
記憶武装には隠された機能が存在する。そうでなければ、エクスペリオが手にしている武器について説明が付かない。
実は、経験武装は端末としての機能が備わっているのだ。
メインサーバーたるシャフト内の記憶溜まりへと、密かに変化した武器の全情報を送信している。シャフトから取り出した新たな記憶武装ならば、蓄積した武器情報を照会可能。他人でも未知の武器を使用できるという仕組みだ。
地球風に言えば、ウィルス感染したPCからクレジットカードの情報が送信されてしまい、悪意あるハッカーに不正利用されているようなものだろうか。
「魔族は幾度も人類を滅ぼさんとし、失敗してきました。古の魔王は人類を一千人になるまで駆逐しながら達成できませんでした。何故か、何故かいつも人類は生き延びる。その理由は魔族が人類に劣るから? 人類が己の劣性を理解し、工夫する生き物だから? ……的外れな答えでしょう。もっと単純な答えへと魔族連合は辿り付いている」
端末機能の他には、記憶武装の所持者が得た経験値の通知や、大まかな現在地の発信を行っている。が、武器情報のスキミングと比べれば些細な機能だろう。
「これまでの魔族、魔王は全員、正々堂々と戦い過ぎたのです」
エクスペリオは己の住居、経験値を学術的に取り扱い、記憶武装という成果を生み出した研究室の中央に備わるシャフトの周りを歩き回る。
シャフトに溜まった緑色の液体が怪しく発光し、エクスペリオの影も室内を回る。
「計略、計略こそが肝要」
歩き回るのに飽きたならば、エクスペリオはシャフトに備わる蛇口を解放する。百近くの記憶武装を無駄に生成してしまう。
エクスペリオの獣の手から零れ落ちる記憶武装の玉が、次々と武器へと変化しながら山となった。喧しい音が響き渡る。無造作に体積していく剣と槍と弓が、すべて国宝級、伝説級の武器と言っても人類は信じないだろう。
「魔王連合へと参加するための数少ない条件は、計略です! 魔族として本能のままに戦うだけのモンスターは魔王連合に必要ないのです。本性が脆弱であろうと計略で敵を騙し殺せるのであれば、その恐ろしき化物は魔王連合にとって貴重な人材となる」
計略の必要性を説くエクスペリオ。そんな彼が用いている計略の正体は言うまでもないだろう。
人類が使う武器の情報を蓄積した後、弱点と対処方法を研究する。模倣できるところがあれば自軍の装備へと反映する。これまで魔族が軽視していた学習といった手法をエクスペリオは実践しているのだ。
現時点で、エクスペリオの計略の全貌に気付いた者はいない。かつて気付いた人物がいたかもしれないが、今はもういない。予防処置がいくつも講じられており、エクスペリオは慢心しないからだ。
予防処置の一つを挙げると、記憶武装が破壊された際には、シャフトが赤く発光して暗い室内を照らす仕組みになっている。
高値で売れる記憶武装をわざわざ破壊する者は稀である。にもかかわらず破壊したとなれば、その聡い者は魔王連合が優先して潰すべき敵以外にありえない。
魔王連合が侵攻を開始する前に、有望な人類を発見するという意味でも記憶武装は役立っているのだ。
そして、シャフトの緑色が赤色へと変色する。
「――ほう、気付いた者が現れましたか。破壊された記憶武装のシリアルナンバーは……二一号と二六号。興味深い、あの未知の武器を用いた人物が気付いたとは。これはなかなか侮れない」
記憶武装を使った計略については以上となるが、記憶武装そのものについてはまだ情報が残っている。とはいえ、計略そのものと比べれば重要性は低いので大した話ではない。
記憶武装の主原料は、人間の記憶である。
記憶といっても一人二人のものでなく、村々からさらった数千人と、国を落として捕虜とした数万人の人間の記憶を濃縮し、物質として安定化させたものだ。
経験値や記憶に関して興味を示していた魔王はいるが、魔界においてエクスペリオ以上の加工技術を持つ魔族は存在しないだろう。
なお、脳みそから都合良く武器の記憶だけを取り出す事は不可能であるため……果物のジュースを作るように磨り潰してしまう必要がある。当然ながら、脳が潰れれば持ち主も死ぬ。
「さて、誰を差し向けるべきでしょうか」
エクスペリオは早速、刺客の手配を開始する。
しかし、刺客として働いてくれそうな三騎士仲間のメイズナーは先程出ていったばかりだ。律儀なミノタウロスなので願えば仕事を引き受けてくれるだろうが、負傷している仲間を使うのは忍びなさがある。
もう一体の三騎士たるオルドボは、金を積まねば動かない。金を積めば動くとも言えるが、今は地下迷宮の外で活動している。
エクスペリオ本人が動くしかない状況だ。見た事も聞いた事もない武器の記憶を持っていた人間族が相手である。中途半端な力を持った者を割り当てても返り討ちに合う可能性が高い。
とはいえ、三騎士のリーダーたるエクスペリオは忙しい。人類圏侵攻を控え、魔王連合の柱達が全員集まる会合が開かれる。エクスペリオは迷宮魔王の代理として出席する予定だ。
どうしたものかと楽しげに悩むエクスペリオへと……女性の声がかけられる。
「お困りかなぁ? 手を貸しましょうか?」
ビブラートがかった声の主が入口から頭を見せる。三騎士でもない余所者が、地下迷宮の機密区画に踏み入るのはご法度であるはずだが、エクスペリオは女を咎めない。
「研究熱心なエクスペリオ。また、良い素体を見付けたのかしらぁ?」
「ええ、実に興味深い研究対象です。だというのに、手が足りなくて困っております」
一介の幹部格に過ぎないエクスペリオが、魔王の入室を拒めるはずがない。
「そこで、ご相談なのですが。寄生魔王『毒頭』様の手をお借りできますか?」
入口から頭を見せていた女はケタケタ笑う。
肥大化した頭が邪魔して、部屋になかなか入室できない己を笑っているかのようである。ただ、『毒頭』と呼ばれる魔王は基本的によく笑う魔王なので深く意味を追究してはならない。
『毒頭』の外見は、痩せ細った人間族の女性でしかない。会合のために貴族ご愛用の豪奢なドレスを身に付けているが、削げた頬や骨のような手首までは隠せない。下手をすれば、ゴブリンにさえ力負けしてしまいそうな容態である。
そんな普通の衰弱した人間族の姿を大きく損なわせているのは、頭部。
肥大化した腫瘍のようなものが後頭部から顔にかけてせり出している。頭部の体積はニ、三倍に膨れ上がってしまい人間族として形が歪だ。
室外からの逆光に照らされる『毒頭』は、ターバンを何重に巻き付けたかのようなシルエットである。本質はもっとグロテスクなものであったが。
「良いわぁ! 他ならぬエクスペリオの頼み事だし、前に捕まえたあの子を差し向けてみようかしら」
「以前捕まえた勇者候補はお気に召さなかったのですか?」
「帝国の第三王子だったかしら、あの子。顔は悪くなかったけれど、勇者候補は素体としては弱々しくて駄目ねぇ。代わりの子が丁度欲しかったところだったから、少しはりきってあげる。あはっ」
『毒頭』は口元だけ見える頭で、まるで熟れた女のように舌で唇を舐める。
いや……。
人間族の頭を抱え込むように寄生した巨大ダニは、管を人間族の頭蓋に突き刺し、蜜を吸うように脳を舐め続けている。
「あはっ! どこかに可愛い子はいないかしらぁ?」




