7-27 早過ぎる再会
銀髪女性の名前はリセリというらしい。そうアニッシュは彼女の名を呼び、天から訪れた女神に謁見するかのごとく膝を付く。
『ナキナの弟さん。後発でありながら、もう第九層とは。随分とがんばったのですね。魔界と接している国の勇者候補だからでしょうか』
『余達はメイズナーと戦った後、崩落に巻き込まれて落ちてしまったのだ!』
鼻声になりながらアニッシュは我が身に起きた不運を語り始める。
『従者のスズナは石化するし、食料も心許ない。右も左も分からない場所でもう駄目かと思っていたところに、リセリ様が現れた。巫女職に言う言葉ではないが、創造主の慈悲深さを感じずにはいられないっ!』
『本当に苦労されたようでして。でも、もう安心です。この私が貴女方を保護しましょう』
第九層に落ちてから、アニッシュが情けなく感じる。異世界人の癖に人情味のある少年だと思っていたのに、己が窮地に陥るとただの少年に戻ってしまう。
リセリに肩を摩られているアニッシュは、姉に慰められている弱虫な弟にしか見えない。
そんなアニッシュに不満を覚えるとは……もしかして、俺は少なからずアニッシュに仲間意識を持っているのか。
このパーティに入って以降、不当な理由で蔑まれた事はない。それもこれも、若い買い主の奇特な人柄のお陰だと思う。弱いなりにもダンジョンに挑む買い主を、肩の焼印抜きに助力していたのは少なからずの恩返しだ。
安全な状況を作った上でアニッシュがモンスターと戦っていたのは、成長のため。グウマやスズナが戦えばあっと言う間に殲滅できる雑魚モンスターを、わざわざアニッシュが倒していたのは、戦闘により心身両方の促進を願っての事だろう。
『良かった。余達は救われた』
だというのに、アニッシュは未だに助けられる側の人間のままである。
買い主の軟弱さに溜息を付いてしまっていると……美貌に似合わず人懐っこい目をしたリセリが俺へと近づいてくる。
『その仮面……やっぱり、店で買いそびれた奴隷の方ですね。お久しぶりです』
人見知りな性格でもないのに、俺はぶっきらぼうに頭を上下に振って挨拶するのみ。リセリのキラキラした瞳がどうにも眩しい。
『ここに来るまで苦労されたはず。お疲れ様でした』
先の溜息を疲労によるものと勘違いされたようで、リセリに労われてしまう。
いや、疲れているのは確かなのだがあながち勘違いではないのだが……お疲れ、様? 俺に??
『傷だらけになりながらも主を守り続けていたのですね。奴隷という過酷な身でありながら。やはり、性根は正しい方のようで。買いそびれてしまったのを今でも残念に思います』
まさか、この女、ほとんど初対面の癖して『凶鳥面』が通じていないのか。良識や性格で克服できるような仮面ではないはずなのだが。
トンカツをトッピングしたパフェを目撃したように、きょどりながらリセリと向き合う。
「『仮面』『怖いはずだ』?」
『あまり良い趣味の模様でないのは確かです。ただ、一度助けていただいた殿方を不快に思うこの私ではありません』
「……『変な』『女』」
『巫女職ですからよく言われます』
銀髪を揺らしてリセリが笑う。
何て事だ。まともに会話が成立するリセリは天使なのだろうか。
『変と言ってもあくまで巫女職が、ですよ。性格が変わっている訳ではありませんよ!』
異性としては本当に珍しい。エルフにもアイサみたいな例外がいたが、人間族の中ではリセリが始めてだ――最終的にアイサは負い目から俺に優しく接するようになってしまったが、リセリに関しては純粋に他人として普通に接していられる。
『職業柄、時々、目の色が変わってしまうんです。『神託』スキルは自動発動してしまうので。本人の意思に関係なくスキルが発動している時などは……は、こう…………』
そんなリセリの目から、ふと、焦点が失われた。瞳孔は拡大し、呼吸は細く小さくなっていく。
リセリは天井をぼうっと見上げていたと思えば、数秒も経たずに雷に打たれたかのように全身を震わせる。
発作的な心臓麻痺を発症したのか。そう心配したくなるが違う。
『――前方よりモンスター。数は一体。強敵ですので注意を』
リセリは響くような声量で、全員に注意を促した。トランス状態となり、霊的存在や精霊を身に降ろした者特有の、言い知れぬ説得力に富んだ声質である。
『敵、種族は……神託きました。「ケリッフィア」です!』
リセリの突発的指示に慣れているのだろう。騎士四人はリセリを背中に庇うために陣形を組み、敵の襲撃に備える。
アニッシュも驚いた鼠のごとく後方へと下がっていく。弱虫めと言いたくなるが、一人で逃げるのではなくスズナを忘れていないのは律儀だ。グウマとジェフもアニッシュを追うように後退していく。
そして残された俺は、リセリが言った「ケリッフィア」という単語の意味を想像していた。
「ケリッフィア……インプではないな。第九層では別種のモンスターが共生している?」
まだまだ異世界の固有名詞は分からないものが多い。どんなモンスターが襲撃してくるのだろうと前方に注目していると、迎撃の邪魔だとリセリの騎士達に肩を掴まれて後ろに追いやられてしまう。
縦に細長く続く通路の先、青白い光が届かない地下へやや傾斜した坂道の底から、駆け上がってくる足音が響く。
騎士の背中越しに通路を覗く。
「歩行生物か。白いし、やっぱりインプとは違う。馬というよりもダチョウみたいな形をして――ッ」
『暗視』スキル持ちの俺は誰よりも早く敵を目視し、はっ? と思わず声を上げた。
「嘘だろ!? またか! アイツ相手に、一箇所に固まっているとっ……クソ。スズナッ、借りるぞ!」
リセリのパーティに任せて引っ込みたくなる気持ちを押さえ込み、武器を手にする。
インプから強奪した一メートル弱の短槍を右手に持ち、ついでにスズナが所持していた短刀をベルトに差し込んで走り始めた。
『ちょ、ちょっとっ! 待ってください。魔法で先制攻撃しますから!』
トランスしていたリセリは正気に戻り、制止の声を上げる。
だが、俺は止まらない。四人で隊列を組んでいた騎士の脇を抜けて、三十メートルは進み出る。
坂道を上がってきたソイツとは、丁度そこで顔を向かい合わせた。
「――一向かってくるなんて勇ましいわ。気に入ったから名乗ってあげる」
体長二メートルのジャイアント・モア似の鳥が、嘴で器用にも人語で前口上を述べる。
「このたび迷宮魔王の義娘として正式に認められました、名をグ――」
「死ねこらッ」
「――え、ええッ!? なッ、なあ!? 最後まで待てないの?!」
目前の巨大鶏が自己紹介を終える前に、俺は渾身の力で短槍を投げ付ける。
首を大きく引っ込めて短槍を回避するグレーテルの背中へと『暗影』で空間を跳んで無理やり騎乗し、両手持ちで短刀を大きく振り被った。
「グレーテル! お前の二度目の自己紹介を誰が待つかッ!」




