7-24 崩落と抱擁
-注意-
短いですが久しぶりエロ回です。
ミリ秒単位の振動が体を貫く。
銃身どころか銃全体がブレまくり、初弾から数十発までがあらぬ方向目掛けて飛んでいってしまった。
当然の結果だ。本来は三脚で固定してどうにか安定できる品物を、釣竿よろしく二本の腕だけで支えようとしている。『力』は二桁、地球でもやしだった頃と違うと己を過信していればこうなるだろう。
「へっ、あ、アギャァあああああガ!!」
まあ、元々が数撃ちゃ当たるの兵器である。
百発外しても一発命中させれば機関銃としては上々だ。たった一発着弾しただけで、目前のコカトリスの脚が丸く抉られた。
「お前はッ、石にぃ痛ィいややァがぎゃあああ」
グレーテルは必死の抵抗を見せる。『石化の魔眼』は行使され、弾頭は脆い石と成り果てた。
だが、12.7×99mmの凶悪的なエネルギーは無力化できない。円錐型の飛礫となった弾の群がグレーテルへと殺到し、白い羽毛を赤々と染めていく。
銃身が焼け付く臭いに、血の甘い匂いが混じり始める。
連続的な射撃音に、鳥の心地良い悲鳴が混じり始める。
「たギャ、すぜッ。だずげデッ! メイズなァガぁあ!!」
「クソ。射線が安定しない。命中率が酷過ぎる。床に置くか」
「死ヌ。ワタシ死んジャう。だずげッ、メイズナーッ」
銃身を冷やすために連射を止める。弾は給弾ベルトが何故か尽きないので無限に撃てそうなのだが。
グレーテルは十分に傷付いているので、残りは重機関銃でなくても大丈夫だろう。ナイフはどこかいってしまったけれども、今の俺には牙がある。
己が流した血に滑って、グレーテルは横倒しになっていた。それでも地面を蹴ろうとがんばって無事な片脚を伸縮させている。飛べない鳥の癖に羽ばたこうと短い翼を動かしている。痙攣しているだけかもしれない。
「メイズなアアぁッ!」
「グレーテル様ァああああッ!!」
ふと、昼も夜もないはずの迷宮内に影が差した。
怒号と巨体が頭上から降り注ぐ。重量を持っていてもおかしくない巨大な影に潰され掛ける前に、『暗影』にて退避する。
床を破壊する程の着地と共に、牛頭半人の化物が俺とグレーテルの間に割って入った。
言うまでもなく、迷宮魔王の三騎士が一体、メイズナーが救出に現れたのだ。仕える主の義娘が瀕死になっておいて放置し続ける家来はいないだろう。
「図体でかいのが来たか」
「仮面の男。これは貴様の仕業か」
メイズターとの距離は八メートル。銃の有効射程のかなり内側。
守るべき者がいる状態では避けられないだろう。と、まるで悪魔みたいな計算を早々に済まさせるとメイズナーに銃撃を加えた。
「むッ」
一本が小さな懐中電灯はありそうな弾だ。『守』の高そうなメイズナーの肉体でさえも赤く腫れさせている。連続で命中さえすれば、致命的なダメージは通る。
本格的な掃射を開始するためにブローニングの三脚を開いて床に置く。うつ伏せ姿勢となって反動を全身で支えられるように姿勢を整えた。
「未知の武器……石弩とは比べ物にならん。しかも連射可能か! ならば『視覚領域のラビリンス』よ、距離感を迷わせよ!」
突如、虫眼鏡で覗き込んだかのようにメイズナーの体が巨大化してしまう。
的が大きくなかっただけだと構わずトリガーを押すが……何故か命中してくれない。連射の反動は十分に抑えられており、ズレた射線を修正しているというのに、命中率はうつ伏せる前よりも悪化した。
「ええい、機関銃は面制圧兵器だ。目に頼らず乱射だ」
狙っても命中しないので、あえて狙いを定めず銃身を左右上下に振る。
ぐったりと血を垂れ流し、もう叫んでもいないグレーテルを助けるためだろう。屈んだメイズナーの背中に運良く数発命中。杭打ちのごとく弾は酸化鉄の肉体に食い込む。
痛覚を刺激しているはずだが、メイズナーは痛がる仕草を見せずゆっくりとグレーテルを抱き上げた。
グレーテルは既に事切れているようにも見えるが、網膜にポップアップは浮かんでいない。ぎりぎり生きているのか、しぶとい。
「このような事態になろうとはな。仮面の男。この屈辱はいつか晴らそう」
「逃げるぐらいなら最初から来るな!」
「この崩落に耐えられたなら、次はこの私自ら相手をしてやろう!」
メイズナーは片足をゆっくりと上げていく。絶対によからぬ事を考えているに違いないと察知できたので、さっさとメイズナーを倒してしまおうと重機関銃のトリガーを更に押し込む。
あれ、カラカラと給弾が空回り。酷使が過ぎた。
「クソ、ジャムった!」
仮面越しにも熱さを感じる程に熱せされたままトリガーを引き続けた結果、弾の自動装填機能が誤作動を起こしたのだ。うまく薬莢が排出できなかったのか、次の弾の送り込みに失敗したのか。トリガーを押し続けているのに弾は出ない。
メイズナーは足で床を強く踏み付ける。
すると、基礎を失うかのように床が抜けた。巨体が重力に従い落ちていく。
床の崩壊はメイズナーが立っていた場所だけに留まらない。積み木で最も大事なブロックを抜き取り、積み上げたすべてが崩れ落ちる直前のように、区画そのものが脈打つ。
伏せ撃ち姿勢であったのも不味かった。立ち上がる暇さえなく、俺は床の亀裂へと飲み込まれてしまう。『暗影』でも最大跳距離的に無理だ。俺だけではなく、石化していたスズナやアニッシュも巻き込まれただろうが、他人の心配をしている余裕などない。
俺の体は石材に飲み込まれていき、意識も追随するかのようにフェードアウトしていく――。
「――偽造、誘導、霧散、朧月夜、夢虫の夢は妨げないだろう――」
呼吸荒く、発熱していた。
脈拍早く、発情していた。
死の危機に瀕した者は生存本能の高まりを抑えきれないという。そうでなくても、俺は『淫魔王の蜜』スキルを意識的に発動させていたのだ。ダンジョン内部だというのにみっともなく盛るのは仕方がない。
仮面を握り込むようにして顔を手で押さえる。己の吐息が喧しくて気色悪い。
早く、レベルを犠牲にして正常状態に戻ってしまおう。と思うのだが、意識がはっきりしている割に心も体も自由に動かせない。
現状を言葉にするならば、まるで夢を見ているかのようである。温泉に体を蕩けさせるよりも気持ち良く、まさに夢心地だ。
……ちなみに、夢のジャンルは恥ずかしくて言いたくない。
「――様。お可哀想な――様」
妄想猛々しい俺は、豊満な女性と親密な関係に脳を溶かしてしまっていた。というよりも、ただ転がっているだけの俺に対して、相手方が実に熱心な処置を行っているだけなのだが。
「――ん、ん。どうでしょうか。わたくしで満足していただけますか?」
無意識に仮面から離した右手は、余りの左手と共にどこを掴もうとしたのか。今は虚空を空振りしている。
そんな俺を愛らしいと微笑む女性は、俺の手に頬ずりしてしまう。
「どうぞ遠慮せず、さあ、物のように扱っていただければ本望ですわ。この罪深きわたくしを哀れにお思いならどうかお情けを」
そんな事言われても。という感想を述べる余裕さえない。後はひたすらに鬱憤を晴らす事に専念した。
夢の相手とはいえ、独りよがりにも程がある。俺は酷い男なのだろう。
俺は俺に無茶苦茶にされて喜ぶ女性の顔と名前がさっぱり分からない。
「――ん、んッ、はぁっ。桂とっ、お呼びください。わたくしは、いつでも――様のお傍にっ、んッ」