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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第七章 暗く続く地下迷宮
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7-23 鳥VS鳥

「ギャアアアああああぎゃがああァッ?!」


 グレーテルは叫び上げて床を転がる。炎の魔法はガソリンのようにまとわり付いたまま離れず、転げ回った程度では決して消えない。

 まぶたを開いて『石化の魔眼』を使えば炎を石にできるだろう。ただし、スキルを使用するよりも早く眼球のタンパク質が茹で上がり、失明してしまう。魔法が直撃した時点でグレーテルに対処方法はない。

 『魔』をすべて使い果たした所為か、気だるさを感じながらも落ちていたアニッシュの剣を手に取る。

 疲れたので燃えるグレーテルで暖を取るのも一興であるものの、慢心していないで追撃し、勝利を得るのが先だった。


「このワタシを、よくも、よくもッ」


 そういえば、石化スキルを所持していたり、毒ブレスを吐いたり、グレーテルは何のモンスターだったのか。

 石化能力から真っ先に連想されるモンスターは、蛇髪のメドゥーサである。あいつも見ただけで対象を石に変えてしまう化物だ。

 髪の一房一房が蛇と化しているメドゥーサとグレーテルの特徴は完全一致しない。ただ、目だけは蛇のようなので、グレーテルはメドゥーサの一種なのだろうか。

 ただ、これは純然なるかんでしかないのだが……グレーテルの目は爬虫類というよりも鳥類に近い気がする。鳥類の底辺たる凶鳥としては、極薄ながらもグレーテルにシンパシーがある。

 首に巻かれた白いファーも、枕に入っている鳥の羽毛に見えなくもない。

 いや、鳥ではなく鶏か。



「鳥仮面の人間族ッ。お前は、ワタシの真の姿で相手をしてやる!」



 ビリ、と布が裂ける音が耳に届く。

 発生源は炎の中のグレーテルだ。焼けただれた顔から首へとヒビが走る。体の中心線が太く広がり、内部からの膨張に耐えかねた皮膚がはじけた。

 卵の殻を割るようにして、少女のガワを破り捨てて内から外へと登場する。火の付いた服を脱ぎ捨てるようにして、グレーテルの中身は魔法の炎から逃れた。

 白い羽毛に覆われた鳥胸が、高温の火に照らされて金のように輝く。


「ああっ、良くって。実に良くってよッ」


 正体を現したグレーテルは、二足歩行生物であったが哺乳類ではなかった。ついでに爬虫類でもない。

 やや見上げる必要性があるニメートルの背丈に、鱗で覆われた頑強な脚部と赤い鉤爪かぎづめ

 顔の前面に器官が集まった肉食動物特有の禍々《まがまが》しい相貌。一番の凶器たるくちばしは万力とピッケル、両方の特性と残虐性を備え持つ。

 その姿を例えるならば、ニュージーランドにかつて存在したという絶滅動物。ジャイアント・モア。


「お遊びのつもりで浅瀬まで上がって来たつもりだったけれど。そんなに殺し合いがしたいのなら、是非ぜひもない!」


 ちなみに、現存する地球鳥類で例えるならば、真っ白い鶏、烏骨鶏ウコッケイである。体格はかなり違うが、白い羽毛が良く似ている。


「さあ、全力を出して! 貴方が逝くまでいじってあげるわ!」

「いちいちイヤらしい鳥だ。同じ鳥類として、恥ずかしい鳥は討伐してやらないと」

「仮面を付けたぐらいで鳥を名乗るのはおこがましい」


 グレーテルの正体は鳥だと判明してなお、分からない事がある。

 石化スキルを持つ鶏のモンスターの名前を思い出せないのだ。そんな化物もいたな、とまでは思い出せる。地球に電話できれば紙屋優太郎に調べさせられるというのに、電話可能となるまでまだ一日必要なので難しい。


「ウコッケイ女ごときが、凶鳥の俺に対して偉そうに」

「凶鳥? どこの雑鳥がいきがっているのかしら? そんな仮面を付けているから分かっていたけれど、アナタ正気じゃないのね!」


 確か、トカゲ型モンスターのバジリスクから派生した鳥がいたはずだ。雄鶏が産んだ卵をヒキガエルが何年も温めてようやく誕生する、奇怪な鳥とグレーテルのスキルは特徴が一致している。

 雄鶏と雌鳥の差はあるけれども――。



「コカトリスのワタシも知らない鳥紛いの人間族。早くいらっしゃいなっ!」



 ――栄養価が高そうで、焼き鳥にすれば美味そうな奴だな。


==========

“『コカトリス』、トカゲの王たるバジリスクの亜種、または進化体とも呼べる。


 雄鶏の鳴声を怖がるといった繊細な感性を持っているバジリスクと異なり、コカトリスに精神的弱さはない。化物としてはより完成している。

 本来は雄鶏とトカゲのキメラのような姿。雌鳥については不明。

 特徴は見たものを石化させる魔眼と、生きとし生きるものを死に絶えさせる毒息。弱点はないので力技で押し切るしかない”

==========


 剣を鈍器のように引きずってグレーテルに挑む。

 とりあえず殴りかかっている訳であり、グレーテル(真)にダメージが通るかの検証だ。姿形は変わっているが、いちおう俺の『吊橋効果(極)』は通じている様子である。先程までと同じなら、ギリギリ打撃が通じるはずだ。

 膨らんだ白い鳥胸へと剣を振り上げる。

 剣は柔らかい感触に阻まれて、羽毛一枚斬り取る事なく停止した。鳥類の胸が豊満で弾力があっても全然嬉しくないぞ、これ。


「……やっぱり弱い。弱過ぎるわ」


 鳥胸が膨張してくちばしが開かれる。猛毒ブレスが来る予兆だ。

 回避は不要。俺の所持しているスキルの癖に普通に使える『耐毒』スキルが、毒による体の腐食を防いでくれる。


「なのに、しつこい。なんてアンバランス」


 緑色に毒された視界の中で再度、剣を構え直す。今度は突きで攻撃してみるつもりだ。

 ……だったが、剣が妙に軽い。

 ブクブクとあわ立つように刀身が脈打って、中ほどで折れているのが原因らしい。


「毒で鉄が溶けるのかよ!?」

「毒に耐えるなんて不気味。スキルに頼るよりも、物理攻撃が良いのかしら。嘴でつっつけば死んでくれる?」

「って、いうのは驚いたフリだ! 『動け死体』、やれ!」


 剣が腐食するのは想定外だったが、グレーテルの気を引き付ける事には成功した。

 グレーテルの背中を、手斧が斬り裂いた。

 ジェフが倒したと思しき肩から腰にかけて裂傷のあるドワーフ――あるいは、ジェフ本人――が、白目のままグレーテルに襲い掛かったのだ。俺自身が攻撃するよりは確実に『力』が高い。

 レベル差が酷く『動け死体』スキルで操るのは不可能であったが、しかばねドワーフは直線上に立っていたグレーテルへと襲い掛かってくれた。

 手斧は羽毛に深く沈み込む。

 これは流石に有効打となり、赤い血が白い羽を塗らす。

 グレーテルはゆっくりと長い首だけで振り向くと、屍ドワーフを視認する。


「吸血魔王様の所のリッチ様みたいな事をする割に……この程度?」


 目視された屍ドワーフは左頬から灰色に硬化していくと、一気に全身が石となる。その後は脚で蹴られて粉々に崩れ去った。

 手斧でダメージは確かに通った。

 だが、致命傷には程遠い。俺も落胆したが、俺以上にグレーテルが落胆してしまう。


「弱いわ、弱いわっ」


 俺をなじるのと嘴が繰り出されるのは交互だ。反論してやりたいが、暇がない。カラスに襲われた小動物の気持ちを痛感しながら、柄だけになってしまった剣で牽制けんせいする。

 そういえば、このアニッシュの剣って弁償なのかねぇ。


「弱いわっ、弱くて情けない」

「鶏だからやかまっ、危なッ」

「せっかくワタシが正体をさらした相手が、コレ? 迷宮魔王の義娘を本気にさせた相手がこんなにか弱いなんて、ワタシが情けなくなる。どうにかしなさいな!」


 打ち下ろしの攻撃だけに注目していては駄目だ。下からえぐり込むように迫る鉤爪も危険度が高い。

 ももを裂かれながらも後退する。剣は柄すらも残っておらず、嘴を避けるためにボクサーのように両腕で顔を守った。

 『暗澹』はまだ使える。『暗影』も数度なら可能だ。

 が、決め手に欠ける。勝てるという気持ちが持てなければ勝負に出られない。

 とはいえ、追い込まれているのは間違いない。グレーテルが遊ばずに『石化の魔眼』を使ってきたなら、挑むしかないだろう。

 仮面を取らない常識的な戦闘もこれまでか。


「さあ、もっと。もっと頑張ってみせて。早く、早く早く早く。早くッ」

「やれるなら、やっている」

「嘘。本当にもう無いの。そんな病み付きになる目でワタシを見ておきながら、ヘタレ!?」


 血が垂れ出る腕を垂れさせて、グレーテルをにらむ。魅了を継続するためだけに、仮面の穴から巨大雌鳥を見ている訳ではなかった。


「もう最悪! それとも武器がないから戦えないのかしら。武器があればまだ戦ってくれるのかしら?」


 短く鳴くと、グレーテルは右の翼だけを羽ばたかせる。

 すると、何かがポトリと羽の間から落ちてくる。


「ほら、受け取りなさいな。本当はエクスペリオからワタシに渡していたものだけど、使わせてあげるわ」


 数度バウンドしてから足下に転がってきたのは緑色の球だった。指で掴める大きさであり、ビー玉みたいな感じの球体である。

 鳥だから、光物が好きなのだろうか。


「エクスペリオが造った経験武装、とかいうものだったかしら。何でも使った記憶がある武器に限り、瓜二つの物に変化する秘宝だとか。産まれたばかりのワタシには過ぎた物だと言ったのに、過保護にも無理やり持たせるのだから」


==========

“アイテム詳細

 ●記憶武装”

==========

“『記憶武装』、武器に対する強い記憶の結晶体。


 数千人の人間から経験値を抽出して、不純物を取り除いた物。

 記憶武装と呼ばれる秘宝は武器についての記憶が凝縮されており、所有者の記憶に反応して形状が武器へと変化する”

==========


 どうやら、グレーテルは武器のない俺に武器を恵んでくれたらしい。

 記憶の中にある武装に変化するビー玉。異世界でもなかなかに稀少なアイテムを、俺へと転がしてきた。完全に舐められている訳であるが、貰える物は貰っておく。

 二本の指でつまみ上げて、手の平に転がす。


「さあ、剣でもナイフでも良いから。早く武器を持ってワタシに挑みなさい」


 急かされても正直困る。記憶が関連するのであれば、俺にとってもこの稀少アイテムは宝の持ち腐れである。

 俺が覚えている限りで最も強そうな武器は何だろうか。オルドボの使っていた棍棒が有望だろうが、取り回しが悪いな。

 もしかすると、断片的に喪失している記憶の中にならば使える武器はあるかもしれない。そんな曖昧な記憶が原材料でもビー玉が機能してくれるかは酷く怪しい。

 こうなればおみくじ気分で願うしかないが……んん?


「どうしたのよ。怖気付いても遅いのに」

「いや……」

「遠慮していられる立場かしら。さっさと使いなさい」

「違う。ちょっと、網膜あたりが」


==========

“スキルの封印が解除されました

 スキル更新詳細

 ●実績達成ボーナススキル『成金』”


“『成金』、両手から溢れ出る金にほくそ笑むスキル。


 金銭感覚が麻痺するが、持ち資産で実現可能な欲望に対する耐性が百パーセントになる。

 往々にして、人は現在資産以上の金を求めてしまうため、スキルを有効活用できる場面は少ない“


“実績達成条件。

 マッカル金貨一万枚分の金を一日で稼ぐ”

==========


 たった一つで一万マッカル達成とは、随分と高いビー玉のようだ。秘宝というのは確かなようなので期待できる。



「記憶武装だったか。俺の記憶を読み取れるものならやってみせろ。俺の記憶史上、最も強力だった武器に変化してみせろ!」



 ビー玉が一瞬強く光りを発した。

 そして、球体から細長く変化して、肉厚になっていく。

 色は緑からくろがね色へ。

 重量は数グラムから数十キロへ。

 とても片手では支えきれない。ハンドルを両手で掴んでどうにか保持する。


「随分と待たせておいて、結局、槍を選んだの。そんな物で良かったんだ」

「違う。これはではない」


 弾薬ベルトは既に押し込まれた状態だった。ドアノブのようなレバーを二度、思いっきり引いて薬室へと弾を送り込む。

 後は、ハンドルの中央にある引き金を押すだけである。撃ち方なんて記憶に残っていないと思っていたが、体は覚えているものだ。銃身に触れただけで「ここ、グアムで習ったところだ」って自然と手が動いていた。



「これはな……ブローニングM2重機関銃って言うんだよッ!」



 ビー玉から口径が12.7mmまで成長した所で、俺はたった数メートル先に立つコカトリスに対して迷わず引き金を引く。

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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
 ◆コミカライズ「魔法少女を助けたい」 1~4巻発売中!!◆  
 ◆画像クリックで移動できます◆ 
 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない


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