7-22 火力で補え
ナイフ片手に突撃する。いつも通りの戦法で申し訳なく思いつつ、若干体を左右に振ってフェイントを交えつつグレーテルと斬り結んだ。
ナイフの刃を長い爪で摘まれて拮抗する。
『吸血鬼化』でパラメーター強化し、『吊橋効果(極)』で弱体化させてなお『力』では上をいかれている証拠だ。
余裕というか、残念な人間族を見る目をグレーテルは向けてくる。
「何、この拍子抜け。顔も眼も不気味だから、もう早くどいて」
爪先に力がかかる。ナイフを曲げてしまうつもりだろうが、この瞬間にナイフだけ消えたら爪がさぞ痛いだろうな。
「『暗器』格納ッ!」
ナイフが忽然と消え去り、爪と爪が重なり火花が散る。
グレーテルが片目をつむって痛がっている内に、懐の内側へと侵入。『暗器』スキルを再度使用してナイフを取り出し、柄を両手で押し込むようにしてグレーテルの腹を狙った。
「クソ、硬いな」
「婦女子のお腹に凶器を突き立てておきながら、何て言い草かしら。それにしても、貴方は本当に人間族? 聞いていたよりも薄気味悪い。いやらしい目線でワタシを見てくるし」
「魔族に言われる筋合いはないな」
一旦離れてから、俺は悔しそうに悪態を付く。が、これは大嘘だ。
目前のグレーテル。人間族の姿に似ているが、ただの擬態だろう。ゆえに種族が分からないので注意は必要であるが……グレーテルはスズナに対してスキルを使い過ぎた。
俺に対して『石化の魔眼』は有効ではない。
「もう面倒臭いから、早く石になりなさい『石化の魔眼』!」
「そうだ。距離を取れば便利なスキルに頼りたくなるよな! 『暗澹』発動!」
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“『暗澹』、光も希望もない闇を発生させるスキル。
スキル所持者を中心に半径五メートルの暗い空間を展開できる。
空間の光の透過度は限りなく低く、遮音性も高い。
空間内に入り込んだスキル所持者以外の生物は、『守』は五割減、『運』は十割減の補正を受ける。
スキルの連続展開時間は最長で一分”
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視線のみで相手を石にする。実に便利なスキルであるが、対処は容易い。
暗澹空間で視界を阻んでしまえば良い。たったそれだけだ。『暗澹』は目に頼る生物すべてに有効である。更にネックになっている『守』を半減できるのだから一石二鳥。
スキルの使用時間が一分というのは問題だが、この一分でグレーテルに致命傷を与える。
「今度は闇!? どこに消えっ、痛、痛いッ」
白いファーが巻かれた首筋と手首にニ撃加えてやった。
だが、あれ、思ったより深く斬り付けられない。
『吊橋効果(極)』で五割、『暗澹』でも五割。重ね合わせでうまくいけば『守』を0にできるというのにダメージの通りが悪い。
これはもしかして、『吊橋効果(極)』が効いていないのか。暗澹空間はグレーテルの『石化の魔眼』を遮ってくれたが、同時に俺の魅了まで遮った、っと。
マズい。魅了も視線を合わせた相手にしか効果がないのか。近場にスキルの能力を試せる女がいなかった所為で大失態だ。スズナに遠慮していないでもっと魅了しておけば良かったな。
「痛っ、痛っ!」
「小指をタンスにぶつけた程度の悲鳴を上げるな! クソ、マズい!」
「このっ! 離れなさい!」
反り返った爪が無茶苦茶に振られたので、射程外まで退避した。
どうにも武器が貧弱過ぎて困る。第一層で拾った粗末なナイフで、魔王の義娘と戦うのが間違っているのだろうが。
「なら武器を手に入れるだけだ。アニッシュッ、『剣』だ!」
武器がないなら、アニッシュからレンタルするまでである。スズナの短刀の方が好みだが、スズナは現在石化中。すぐ後ろにいるアニッシュから貰うのが正解だった。
『……一体、暗闇の中はどうなっているのだ』
「無視していないで『剣』を早くッ。って、聞こえていないのか!?」
暗澹空間。遮音性が高いのも特徴の一つ。
アニッシュに呼びかけているのに気付いてくれない。暗澹空間で他人の手を借りようとしたとは、俺はまたミスを犯した。
「いい加減にして! はぁァァーーーーァ、ハッ!」
手を拱いている内にグレーテルが反撃に出た。息を大きく吸い込んだ後、肺に溜め込んだ空気を一気に吐き出す。
地下とは思えない清涼な空気がグレーテルの肺胞を経由し、重度の瘴気に犯されてから口から排気されていく。魔族の血中に含まれる猛毒が外界へと溢れ出れば、生物は一様に苦しみ抜いてから死に絶える。
暗澹内に異臭を嗅ぎ取った俺は、口元を押さえながら後退していく。
「逃げても無駄だわ。ワタシの猛毒ブレスを一口吸い込めば、ドラゴンとて胃液を垂れ流しながら死んでしまうもの!」
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“『耐毒』、毒物に対する耐性スキル。
あらゆる毒物に耐え、解毒剤なしに復帰可能”
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いや、口を押さえたのは単純に、グレーテルの腐った卵のような口臭が臭いからでしかない。
後退したのは、猛毒ブレスの範囲内にいるアニッシュを抱えて逃げるためである。
「まったく、石化の次は毒か。純然とした化物は回り回って珍しい。『耐毒』も持っている俺は相性が良いはずだが」
『暗澹』を解除すると、緑色に濁ったブレスが見えてきた。空気よりも重いのか下方に溜まっている。十数メートル程の範囲に広がってようやく霧散する。
『いつもいつも守られてばかりで、すまない。キョウチョウ』
「もっと離れておけって。戦闘よりも、スズナの命令を優先してしまう」
大人しく一人で去っていくアニッシュから剣を借りて、ポップステップで突撃する。
「あれ、毒は? アナタ生きている、の??」
「お前は死ねッ」
慣れない長さの武器では大振りの攻撃しかできない。
グレーテルの頭をかち割らんと剣を振り下ろすが、簡単に弾かれる。しまった。『暗澹』解いてから魅了するのは忘れていたからグレーテルの『守』は完全だった。いちいち面倒な。
改めて魅了を行ってから、今度は下から上へと振り上げる。次はグレーテルの頬を少しだけ裂いた。
「色々ある癖に、何でそんなに貧弱なの!?」
グレーテルに腕を掴まれた。細腕の癖に馬鹿強い。紙屑を遠くのゴミ箱捨てるように俺は投げられてしまう。
放物線を描いて飛んでいく。このままでは壁に衝突だ。
苦し紛れにナイフを投じるが、グレーテルは一切気にしない。皮膚に刺さらない攻撃は無視してやる、そういう明示的な意志が見受けられる。実際、ナイフはグレーテルに刺さるどころか、一メートル以上も外れたので脅威でも何でもなかった。
格下と見られる事は悔しくない。
ただ、グレーテルが自ら顔を背けた現状が最大の攻撃チャンスだというのに、そのチャンスを活かせる武器がないのが酷く悔しい。
「『火の神』――」
いや、武器はないが、攻撃手段ならばあるかもしれない。
異世界特有だが、人間は武器がなくてもモンスターを攻撃できるかもしれない。
限られた職種の人物にしか許されていない手段であるが、俺でも低級なものならば焚き火で使っている。
「違ッ!」
……いいや。それは大きな勘違いで、色々と思い違いをしている。
敵は刃で斬り殺せない程に硬いのに、火の粉を作るぐらいの火力では意味がない。つまり、俺が覚えている手段に頼るのは間違いである。
「――炎上」
だから、俺は俺が忘れているモノに頼るべきなのだ。
ならば、俺は俺が忘れている頃に頼っていた者と同じ力に頼るべきなのだ。
ふと、俺が元いた世界、地球での出来事の中から、最も印象的だった炎の熱さが脳裏に浮かぶ。
「――炭化」
異世界特有だと勘違いしているなら、絶対に成功しない。
きっと何度も助けられた。
散々、非合理な火力を目の当たりにした。
来た、見た、勝ったの三節を。モンスターを焼き尽くすのをバーベキューか何かと混同した笑みを浮かべていた横顔の所業を。
グウマから習った長ったらしい文面はすべて忘れてしまおう。あんなのは、本物ではない。
忘れた記憶の中で彼女がどのように呪文を圧縮していたかを模倣しろ。門前の小僧だって習っていない経を読める。俺だってエキスパートの傍で戦っていたのだから、呪文を短縮するぐらいできて当然だ。
それでも……決して思い出せない紅色の袴姿の彼女とは、どんな名前だったか。
虫に食われた写真のような記憶の中で、赤い彼女は俺を糾弾していた。
「――火炎撃……これだッ」
壁への衝突を背中で察した瞬間、影を纏って空間を跳躍する。
出現先はグレーテルの左横。
俺から背けた顔の真正面に手の平を突き出して、俺は、『三節呪文』にて魔法を行使した。
「――炎上、炭化、火炎撃! フレイム、エンドッ!!」
グレーテルの頭部を中心に炎が燃え広がる。包んだ対象を焼き尽くし、炭と化すべく魔法の火炎が赤々と立ち昇る。
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“??職の??スキルにより、ステータスが更新されました
ステータス更新詳細
●魔法使い固有スキル『三節呪文』を取得しました”
“魔法使い固有スキル『三節呪文』、魔法使いの基本スキル。
他職業にとっては憧れのスキルであるが、魔法使いにとってはありきたりで物足りない。
凡人には必須の長ったらしい呪文を発音上三節に省略できるお得意様専用スキル。
三節の言葉にも魔法を願う強い意思が込められている。それを理解できない者が言葉を真似しても意味はない”
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“ステータス詳細
●力:15 = 14 + 1
●守:8 = 7 + 1
●速:19 = 16 + 3
●魔:0/5
●運:5”
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