1-7 スキル強制解放
『して、その人間族について何か分かった事はあるのか?』
『所持品を没収して確認しましたが、盗賊にしては軽装が過ぎます』
『魔界に逃げ延びている無法者の一人……にしては、確かに異様な風貌であるな』
『特徴的な物品を所持していたのですが、里の者では判別できませんでした』
姉長耳が、小物が乗っているトレーを老人の傍に運んでいく。
『こちらの、鉄でも木でもない長方形の品です。表面に埋め込まれているのはガラスかと思われますが。細工が成されており、今は折り畳まれている状態です』
載っている品物の数は多くない。ハンカチやロープ、魔獣の牙を研いだナイフらしき武器、最後に長方形の何か。
長方形の品物の正体は不明だ。手に収まるぐらいの大きさであり、手に持てば馴染みそうである。実際、老人が手に取っていじっているが、握るのにぴったりな大きさだ。
『内側は……記号が並んでおる。平べったい水晶もあるが……ふーむ』
長耳族に伝わる呪具の一種であるのなら俺が知らなくて当然なのだが、気のせいか妙に型が古めかしい。こんな物はガラパゴス諸島でさえ用いられてないのではなかろうか。
『魔法具でも呪具ではない。何であろうな』
『里長であっても分かりかねますか』
『人間族的な意匠であるが、用法までは分からぬ。これは、本人に訊ねれば良かろう』
老人が手招きすると同時に、左右から両肩を掴まれた。膝立ちのまま乱暴に前進させられ、老人の一メートル手前でようやく止った。
首筋に冷たい感触が添えられる。
両側から片刃の剣が狙っていると、意図的に表皮を一枚斬り裂いてきたのだ。背中の中心にも鋭い気配がある。下手な真似をすれば命がないという安い警告なのだろう。
そんなに老人の身が大切なら、近寄らせなければ良いものを。
『人間族、分かるか?』
好々爺のような顔を作って、老人は俺に言葉を向ける。
『――これも、通じぬ。――帝国言語でもない。もしや――古代王国でもない。ほう、白を切っておるのか、それとも……齢三千年のエルフが知らぬ人間族語があるのか。人間族は繁栄と滅びが早い故、不思議ではないとはいえ、魔鳥の仮面越しでは表情が読めぬ』
老人は舌を噛みそうな言葉や、喉を震わせる言葉を発する。
色々な言語で語り掛けられた気がするが、何を言っているのかさっぱり分からない。馬が念仏聞いた時の表情を作っていると、老人は疲れたように唸った。
『うーむ。しかし、この人間族、貧弱な形をしておるな』
『レベルもステータスも、人間族ごときが森の民に及ぶはずがありません』
『であるが……隠れ里の周囲は、浅瀬といえど魔界の一部。そこに倒れておった人間族が、無能である事の方が可笑しかろう。このような仮面を付けておいて、正気とも思えぬ』
老人が悩み、姉長耳と議論している。
ようやく気付いた。俺が納屋から連れ出された理由は、目前の老人に俺の正体を聞くためだ。
俺がこの村の縁者であるのなら、耳の特徴が合致しない。そもそも言葉が一切通じていない。
また、直接的な恨みを買っているのにしては、三日間の扱いが中途半端だ。記憶喪失前の俺が逃げた敵ではないと分かりほっとした……い所であるが、未来の展望は暗そうだ。
『さて、どうしてくれようか』
知識ある老人が瞼を閉じて思案している様子から、俺の調査は難航している。
いったい俺は何者なのだろうか。
誰も俺の事を知らないなんて、正体不明にも程がないだろうか。
『――減る物ではないが、先祖の遺物を使うのは申し訳がない。この人間族の失明は考慮してやる必要はないが……。トレアよ、『心眼』を用いる。取ってきてはくれないか?』
『宝具で、ございますか。私ごときが触れるとは、恐れ多いっ!』
『かしこまるな。お前にもそろそろ使い方を教えておかねば、と思っていたのだ』
指示を受けたのか、姉女がどこかに消えていく。
しばらく経過してから戻って来た長耳姉は、敬服しながら、布で覆われた物を老人に手渡した。
紫色と金の刺繍が施された布から現れたソレを、俺は一瞬、宝石であると勘違する。
傷付き易い珠を扱うように、慎重に布を取り払っていく老人の仕草に違和感はなかったし、実際に現れたソレも宝石のように綺麗な色をしていたからである。
人差し指と親指で作った円。その円を通過できる大きさの珠だった。
外側は透明で水晶のようでありながら、中央には青い球体が存在する二重構造。青色は深いが、透明度が失われている訳ではない。良く見ると、青い内部には糸ミミズのような線がいくつか走っている。
……ちなみに、どうしてこんなに細部まで確認できているかというと、瞼を無理やり開かれ、右目の真正面へと珠が近づけられたからである。
『頭と瞼を抑えておれ。じきに暴れ出すぞ』
目を刳り貫く拷問でも始まったのかと思ったが、やや趣きが異なる。
老人はルーペで覗き込むがごとく、珠越しに俺の右目の奥、水晶体の向こう側、視神経の先にある記憶中枢を見定めようとしてくるのだ。
老人の青い瞳と、珠、俺の目が一直線に並んだ事で理解する。
珠は……宝石に類する鉱物ではない。
青い碧眼。眼球だ。
『森の民の先人よ。体を樹木に還し聖人よ。汝に宿りし奇跡を授けたまえ――『鑑定』発動』
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“『鑑定』、世を見透かした者のみが取得するつまらないスキル。
『魔』を1消費する事で目視した生物や物体の鑑定が可能。
対象が生物の場合、ステータスを確認可能。
対象が物体の場合、一般常識レベルの情報や価値を確認可能。
最上級のレアスキルに相当するが、俗世界を捨てた『隠者』に職業を変更する事が取得条件であるため、何かに活用された例はない”
“≪追記≫
樹木化したエルフの遺物たる眼球に、『鑑定』スキルの名残が残っている。
眼球越しに対象を見る事で誰でもスキルを発動可能――必然的に眼球のある者しかスキル対象にできない。
ただし、本来のスキルと比べて処理手順がかなり強引である。
『個人ステータス表示』で得られる情報を無理やり引き出すため、この眼球でステータスを暴かれた者は基本的に失明する”
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老人の抑揚のない詠唱の意味は分からなかった。だというのに俺の内側で、まだ解放されていない能力が強制的に発動してしまう。
眼球の毛細血管がぶちぶちと裂けていき、水晶体が白く濁っていく。
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“スキルの封印が強制解除されました
スキル更新詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』(強制解放)”
“レベル1スキル『個人ステータス表示』、非物質的な力に目覚めた事を自覚するスキル。
モンスターを倒せば誰でも開眼できる初心者スキル。
レベルやステータス、スキルといった現時点での己の力を数値的に知覚可能。
これがないと始まらない必須スキルであるが、過信はせず慎重に能力を広げていこう”
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そして、本来はハッキング不能の完全個人情報が珠を通じて、老人の眼に転写されていく。
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“●レベル:0”
“ステータス詳細
●力:1 ●守:1 ●速:1
●魔:0/0
●運:5”
“スキル詳細
●実績達成スキル『吸血鬼化(強制)』
●実績達成スキル『淫魔王の蜜(強制)』
●実績達成スキル『記憶封印(強制)』
●実績達成スキル『凶鳥面(強制)』
●アサシン固有スキル『暗視』
●レベル1スキル『個人ステータス表示』(強制解放)
×実績達成スキル『????(?)』
×他、封印多数のため省略。封印解除が近いスキルのみ表示”
“職業詳細
●ノービス
×アサシン(?ランク)(封印中)”
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