7-19 エンカウント
階段を駆け下りる勢いを上乗せして、ドワーフ五人が俺達に迫る。
ドワーフの先鋒部隊と真っ先に衝突したのは、同じくドワーフ。ジェフである。
『死ねや、こら!』
『おうさッ、この野郎!』
大きく振り被られた斧の一閃を、髭先を犠牲に回避するジェフ。反撃で繰り出した重い一撃を敵ドワーフの胸に叩き込む。斧が深く刺さり、その分だけ鮮血が飛び散る。
「まあ、ジェフがそれで良いなら容赦しないけどさ」
炭鉱族同士が平気で殺し合っているのに、余所者の俺が躊躇する理由はない。金のために命を狙う野蛮な冒険者は倒すべし。
ナイフを構えて、俺もドワーフ一体の相手をする。
ドワーフは生来の『力』が強く、戦法も一撃必殺を狙ったものとなる。脳筋だが長所を良く活かしている。
よって、最初の一撃を回避するのが肝心だ。
スキルで避けるのが手っ取り早い。が、強引だし、スキル頼りの素人臭い。
俺の『速』も多少は上がっているのでドワーフの斧を見切ってみる。
『そこの仮面野郎が相手かァ、オラッ』
弧を描く攻撃の間合いは、距離を見誤り易い。安全のためにマージンを取り過ぎると、ナイフの反撃が届かなくなってしまう。
斜めに迫る斧と平行になるように上体を反らし、見切る。
防具の隙間、脇腹を狙ってナイフを刺し込んだ。
……だが、硬い。分厚いゴム皮を突いたかのような感触が手に伝わる。ドワーフは『守』も高いようだ。
一度下がって仕切り直す。今度は振り下ろし攻撃直後の硬直を狙い、斧を掴む指、親指を斬り込む。分厚い皮膚のドワーフでも指は痛がった。
ナイフの刃ではなく柄の部分で、怯んだドワーフの頬骨を穿つ。脳震盪を狙ったものだが威力が足りない。ドワーフは脳を揺さぶられながらも無茶苦茶に斧を振る。
『小賢しいッ!』
「クソ、武器がひ弱だ」
『――いや、キョウチョウは時間を稼げれば十分だ』
攻め倦んでいると、いつの間にかグウマがドワーフの背後に出現する。
グウマは殺気を一切もらさずドワーフの首筋を掻っ切る。流石のドワーフも頚動脈までは太くないらしく、血が飛び散る首を押さえながら倒れていった。
この老人、高性能過ぎないだろうか。次の敵を探すために周囲を探ると、グウマが仕留めたと思われるドワーフが三人、四人、床に転がっている。ゾっとする光景である。
残敵はジェフと戦っている一人のみ。まるで左右対称な絵画を見ているかのようであり……あれ、ジェフはどちらだっけ。
『炭鉱族の顔は同じにしか見えんな』
「ああ、グウマも分からないから見守っているのか」
どちらも髭面で、同じぐらいに寸胴。
顔の形はほぼ等しい。
服装に若干の差は見受けられるが、斧を打ち合うたびに位置を入れ替えているので、裏返しのカップに入ったコインを当てるマジックショー並みの難易度を強いられる。
ドワーフ二人の力は拮抗しているように見える。ジェフは命掛けだ。
……下手に手出しせずに、とりあえず放置しておこう。
『思ったよりもやるじゃねえか! だったら、本気だ。残った全員でかかってやるぜぃ!』
階段上にはまだ十人ぐらいのドワーフがいる。とはいえ、グウマがいれば安心できそうだし、スズナの爆薬でも一掃できそうだ。
ドワーフ共はどのように始末され――。
『さあ、野郎共! かか――』
「我が主の居城にて、同類で殺し合いとは。人類とはつくづく度し難い」
『――れ……あえぇっ?』
――だが、ドワーフの一団の最後とは、グウマによる静かな制圧でもなければ、スズナによる爆殺でもなかった。
一団の背後に現れたのは牛頭。
「冒険者は、定期的に掃除しなければならんか」
巨大な牛の顔が、ドワーフ等を見下ろしている。
色めき立つドワーフ十人を、牛頭の巨人は肩に担いだ巨大な凶器で薙ぐ。威力がセーブされていないため、ダンジョンの壁、床、階段、構造を丸ごと巻き込んだ。
血飛沫が舞い上がるが、煙やブロック片も舞い上がったためグロテスクな色の肉片を直視せずに済んだのだろう。野太い腕や頭、胴体といった部位だけのドワーフが見えた気もするが、きっと真実の光景なのだろう。
階段が崩れて、崩落音がダンジョンを揺るがす。頭しか見えていなかった牛頭の化物の全貌が見えてくる。
『スズナッ、若を連れて即時撤退せよ!』
「人間族よ。それは許可できない。迷宮管理者権限にて、ラビリンスを組み替えよう。袋小路だ」
牛頭の第一印象は、思ったよりも身なりが整っているであった。汚らしい腰布のみで、上半身を露出しているゴブリンとは全然違う。牛頭は厚手の白い絹のような生地の服を着ているのだ。袖や裾といった部分は黒い牛皮で補強し、金色の糸で縫いつけてある。
だが、服の内側からはみ出る腕は分厚く、頑強だ。先程まではドワーフの『力』『守』に難儀していた俺であるが、それは酷い間違いであった。真に攻略不可能な肉体とは、目前に現れた半人半牛のモンスターの身体の事を示す。
三階建てのビルより高い体長は十メートルはあるのだろう。地下迷宮の天井はそんなに高くなかった気がするので、プレッシャーにより見誤っているだけだろうが。
『グウマっ! アレは、何なのだ! いや、それよりも一人で対峙するつもりなのか!』
『駄目です、グウマ様! 壁が迫り出て、道は前にしかありません!』
己が壊した階段を飛び降り、牛頭の巨人は俺達と同じ床に立つ。それでも見下ろされる程に巨大だ。
酸化鉄の肌と、黄金色の角を持つ牛頭は、俺達を見回して鼻を鳴らした。
「分かるぞ。人間族の中でも稀有な力を持った者がいるな。エクスペリオのみならず、他の方々にとっても大きな手土産となるのだが……ふむ。今は仕事よりも、グレーテル様を優先しなければならん」
化物の声質は体付きに似合わず、紳士的と言えた。重低音でも聞き取り易い。意外な程に耳あたりが良い声をしている。
化物の声質の善し悪しなど、何の慰めにもならないだろうが。
『若様。アレが、この地下迷宮の支配者です』
「それは違うな、人間族の女。ラビリンスの王は魔王様のみ。私は迷宮魔王様に代わり、維持を任されているに過ぎない」
『ま、まさか。このモンスターが? この巨大なモンスターが、そそ、そうなのかっ!?』
モンスターは卑怯だ。人間族がどれだけレベルアップしようと、簡単に超えられないだけのスペックを有して誕生する。
どれだけのスキルを有しても、決して崩せない肉体を持って俺達に立ち塞がる。
「私は迷宮魔王『ダンジョン』に仕えし三騎士が一人、ミノタウロスのメイズナーだ。冒険者達よ、短い付き合いとなるだろうが挨拶しておこう」
パーティの最大戦力たるグウマは、短刀を二本構えて前に出た。老人でありながらも、己しか直接戦闘して生き残れないと察したのだろう。
ジェフ――だと思われる――も斧を手にグウマと並ぶ。生き残るためにはメイズナーと戦い突破しなければならないと、冒険者として熟知しているのだろう。
二人の判断は正しい。間違ってはいない。
けれども、俺はメイズナーだけを注視していなかった。
「あらぁ? メイズナーばかり目立っているのに、一人は私にも注目してくれちゃっているの。嬉しいものだわ」
怨敵の魔王連合の幹部級、メイズナーをどう倒すかだけを熟考したい状況だというのに、メイズナーの右手の上に誰かいる。
脚を組んで座る者の正体は、きっと少女だ。
「お初にお目にかかります。哀れな人類の皆様。本日はワタシの初めてとなっていただき、酷く酷くありがとうございますわ。迷宮魔王の義娘として恥ずかしくないように、極上の手ほどきにて努めさせていただきます。キャハハ」
少女は人間族ではない。
いや、人類ですらない。
爬虫類の目を持ち、白いファーを首に巻いた少女が、メイズナーの手の上で汚く笑う。化物一派であるのは明白だ。
メイズナーと爬虫類な化物少女。どちらが厄介かは一目で判断できないが、どちらも間違いなく強敵だ。




