7-18 疑惑のドワーフ
『お願いだ。助けてくれよう。この体じゃ、手が届かねえんだよ』
ネイティブの言葉は早すぎてまだまだ聞き取りが難しい。何となく、助けてくれ、と言っている雰囲気なのでパーティメンバーを呼んで丸投げした。
グウマとスズナが穴の中を見て、俺が背負うリュックサックからロープを取り出す。
ドワーフはアニッシュよりも背が低いが、その分、脂肪よりも重い筋肉が横に付いている。そんな見た目通り重そうな男が掴むロープを、スズナは一人で引っ張り上げた。異世界ならではの重心や重量を無視した光景だ。
『ふう、助かったぜぃ。そこの仮面が顔を出した時にはお終いだとヒヤヒヤさせられたが、助けてくれてありがとよ』
それにしても、落とし穴に落ちるとは間の抜けたドワーフである。
いや、偽装されたトラップを探し当てるのは盗賊職でもない限り難しいのだが、落ちた後の手段を用意していないのはいただけない。
『あんたら見ない顔だな。新人か?』
『地下迷宮に来たのは最近だ』
『なら、宝探しにまだ慣れていない頃だろ。助けてくれた礼だ、少しぐらいならアドバイスしてやるぜぃ』
スズナがドワーフと応対しているので、話が半分聞こえてくる。
このドワーフ、親切にもビギナーな俺達に対して宝の頻発出現エリアを教えてくれるらしい。
『今週は北側が狙い目なんだが、地図を買ってねぇのは厳しいな。良し、俺が連れて行ってやるぜぃ』
『いや、場所さえ教えてもらえれば……』
『俺もそっちに行こうとしていたんだっての。人数が多いに越した事はないだろ? 俺はジェフだ。楽しく行こうぜぃ』
強引にパーティに加わったドワーフは、寸胴ゆえに響く声で俺達を船頭する。
『……グウマ。あの炭鉱族の親切を信じて良いものか』
『窮地になれば制圧いたします』
のほほんとしていそうなアニッシュでも、ドワーフのマイペースに苦い顔を見せる。
アニッシュとグウマは顔を見合わせていたが、グウマが軽く頷きドワーフに全員追随した。
ドワーフには見えない背中側で、グウマが手裏剣を隠し持つ。おお、怖い。
『なんでぃ、今日が第四層の初日だったのか。そうならそうと言えば良いのに水臭いぜ』
このドワーフ。酷くお喋りなドワーフであった。
スズナとアニッシュに対して交互に話しかけているため、暇なはずの迷宮行脚が苦にならない。
『ほら、地図だ地図。地図だとこっち方向だ。あ、違う? 向きが反対だ? 良いじゃねえか対称なんだからよ』
お喋りなドワーフが苦となるのはまったくの別問題であったが。
ソロで活動していたからだろうか。世間話ができる相手を嬉しがり、ジェフという名の炭鉱族はモンスターを倒している時以外はずっと話し続ける。
『そっちの気持ち悪い鳥面は奴隷だぁ? 変わった趣味しているな、お前ぇ達!』
本人に悪気がない分、タチが悪い。
パーティとしても口数が多いだけで足手まといになっていないため、扱いが難しい。
『その歳で冒険者やってんのか。人間族は俺達と比べて老化が早いんだろ。元気なじいさんだ!』
まあ、所詮は宝の場所までの関係だ。一期一会だと諦めておこう。
ジェフの案内で辿り付いたのは迷宮区の北。第三層へと続く階段から最も離れた地域である。
第四層はレンガ壁で構築されており、天然道だった上層と比べて直角的だ。だからといって道が分かり易くなっているかと言われると、そんな事はない。
第四層の迷宮は二次元から三次元に進化している。
俺達が今下ったのは十段前後の階段。第四層は二重の層で出来ているのだ。
何だかんだと、ジェフの案内がなければこんな奥まで行こうとは思わなかっただろう。
『階段の裏側……おお、宝があったぞ!』
皆が周囲を警戒している中、アニッシュが最も早く宝箱を発見する。
トラップを警戒しているスズナに対して、ジェフが無用心にも宝箱を素手で開け放つ。
『おいっ! 毒や爆発物があったらお前一人の不注意ではすまされないぞ!』
『第四層にはそんな鬼畜な罠はねぇから安心しなって』
ジェフからスズナに手渡される宝箱の中身は、二枚貝である。海でもないのに何故海産物が宝箱に入っていたのか。
『これは……傷薬。地下迷宮には、こんなものまで入っているのか』
『どちらかと言えばハズレだな。必需品だから、オルドボ商会に安く買い叩かれない程度の品物ではあるけどよ』
貝をリュックサックに詰めて、再度探索。
次こそは俺が見つけてやると息巻いて仮面を忙しなく動かす。と、崩れたレンガに隠されるように置かれている宝箱を発見した。
「あったぞっ!」
『ん、そこの奴隷仮面のあんちゃん何言って……おお、でかした!』
宝が百メートルに一つは見付かるとは、少し楽しくなってきた。
たとえ、俺が発見した宝箱の中身が石の塊であっても、宝探しは童心を思い出せる楽しいイベントだ。
『これは……宝石の原石だぜぃ。価値は割って鑑定してみねぇと分からねぇが、第四層の原石は大概ハズレだ』
『まことか? キョウチョウは仮面で隠せないぐらいに喜んでいるのに、なんとも』
『ただ、炭鉱族としての勘だがよ。この重さと微かな輝き。金剛石かもしれねぇぜ』
時間ぎりぎりまで宝探しを続けた結果、発見できた宝箱の数は十個となった。
最も多く宝箱を発見したのは、宝探しにも同行を続けたジェフだ。ダントツの成績たる五箱。鉱脈を見つけるのが趣味の炭鉱族であり、ダンジョンの中堅冒険者たるジェフが最も優秀なのは当然と言える。
次点は、アニッシュの三箱。グウマの一箱。俺の一箱。
『スズナよ、そう気を落とすな。スズナはモンスターも警戒していたし、十分に余の役に立っているのだ』
『申し訳ありませんっ、若様!』
『いや、その短刀を持とうと手をプルプルさせるでない。宝を探せなかったぐらいで自決するつもりか』
『しかし、一つも発見できなかったのです。キョウチョウにさえ劣るとは、恥辱の極み』
一箱とは悔しい。凶鳥面の目の穴がもう少し広ければ、もう少し発見できたかもしれない。
『スズナ、パーティメンバーは競う相手ではないのだから、キョウチョウを引き合いに出さなくても良いのだ』
ダンジョンに夜も朝もないが、休むのであればオルドボ商会が設営している有料キャンプ地が最も安全だ。安全とは割高なのだ。
宝探しを切り上げて、俺達は迷宮区からの帰還を開始していた。
『ダハハ、そこのネエちゃん。一つも発見できなかったのか! 俺っちばっかり見つけてすまねえな!』
『ジェフ殿。発見した宝は、それぞれ五箱ずつ。取り分もそれでよろしいか?』
『じいさん、細かいぜ。今日は俺っちを穴から助けてくれた礼だ。全部くれてやるよ』
そう、今は帰り道。
お喋りなドワーフ、ジェフはただの奇特な冒険者だったという証なのだろうか。
今日何もしなかったから大丈夫、と判断するのは早計だ。が、道中、ジェフに怪しい行動が一つもなかったのは事実である。
肩透かしな気分、というのはジェフに悪いだろう。
『新人に厳しいのが冒険者だけどよ。全員が全員、金の事しか考えていな――』
『ッ!? 『『殺気察知』ッ。零時上方!』
突如、顔を赤らめていたスズナが真顔となり、叫ぶ。
すると、ジェフが武器の手斧を掴み上げる。心臓を狙い、前方の階段上より放たれた矢を叩き落とす。
『――誰だ、てめぇ等!』
モンスターに襲撃された時と同じように、パーティは臨戦態勢となった。
ただし第四層のモンスター、スケルトンは知能が低く、複雑な飛び道具など使用しない。
ならば、矢を放ったのは間違いなく人間、冒険者だ。
『有り金すべておいて、二度と地下迷宮に現れるな。金額によっては、命だけは助けてやるぜぃ』
階段上という、防衛側に有利な立地から俺達に要求を突きつけてきたのは……タル型体形、髭面の炭鉱族の集団。
特徴的な体形と、特徴的な口調。
『抵抗は無駄だぜぃ。俺達は泣く子も黙るデ・マルドの一団。総勢十三人が全員、屈強な炭鉱族だぜぃ。新人冒険者で勝てると思うな』
俺達に矢を放ったのは炭鉱族だった。
そして、帰りのルートは地図を有しているジェフに任せていた。
やはり、ジェフは最初から俺達を狙っていたに違いな――。
『新人潰しとは、同族の面汚しめッ。アニッシュ坊、ネエちゃん、じいさん、奴隷仮面のあんちゃん。構わねぇから斧の錆びにしてやろうぜ!』
――あれ、パーティで一番好戦的なのがジェフなのですが……。