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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第七章 暗く続く地下迷宮
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7-13 魔法習得

 棒状生物あらため、男爵ハリガネムシに腹を食い破られる哀れな俺。

 ……となるべき窮地を、疾風と共に、目に見えない速度で駆け付けたグウマが斬り裂いた。

 短刀で三分割されて石床でのたうちまくるハリガネムシを、直接攻撃したくなかったからだろう。アニッシュが長ったらしくも早口に、呪文らしき言葉を口にする。


『汝の威光を! 我等、か弱き我等に火炎の熱意を! 

 文明の原初たる火の威光をか弱き我等のてのひらへ。

 たてまつる。奉り。奉らん! 


 火炎の威光に、か弱き我等の魔力を献上せん。

 奉る。奉り。奉らん!


 発火の極意に喝采を。

 奉る。奉り。奉らん!


 火に攻撃の意志を乗せ、弾丸となりて弾き飛ばん。

 奉る。奉り。奉らん!


 真心にて奉らん。

 火の神の憐れみに喜びを――火球撃』


 すると、アニッシュの手の平にソフトボール大の火球が生じて、勢い良く発射される。

 火球はハリガネムシ(三分の一)に衝突して炎上。

 今度こそ、体内から別のモンスターが現れる事なく消し炭となった。




『牙が刺さっていただけで、食い破られてはいません。キョウチョウの回復力ならば明日も休まず迷宮探索を行えるでしょう』


 結局、虫の中から出てきた蟲に喰いつかれたため、本日のダンジョン探索は終了となった。

 ただし、俺の傷を心配したからというよりも、アニッシュが助けた男を地上に送り届けるためといった方が正しい。まあ、歩くとズキズキ痛む程度なので心配されなくても悲しくはない。

 ちなみに、助けた男の素性については良く分からない。

 他人行儀な感じがしたので、買い主達の知り合いではないのは確かだ。アニッシュが善意で助けただけの、覚えておく必要のない男なのだろう。


『自分は、西方の小さな国の勇者候補でした。パーティが全滅してしまったので、候補終わりになってしまいましたが』

『なんと、同じ立場の者であったのか』

『王族自ら勇者を目指すナキナほどに、我が国は切迫しておりません。……ナキナの勇者候補。今後も勇者を目指されるのであれば、地下迷宮をあなどらぬ事です。アレは容易に人を陥れます』




 今日は収入がなかったので、酒場や料理店をスルーし、軒先で売られていたかゆ一杯の夕食で終わる。粥とはいえ、人の食べ物なだけで俺には有り難い。麦っぽい穀物の粥も、案外美味いものであった。


『今日は若を叱らねばなりません。何も告げずの単独行動、迷宮内で死にたいのですか』


 宿屋に返って来た途端、グウマは硬い顔を作り、ひたいのシワを深める。

 ベッドに腰掛けようとしていたアニッシュは目を泳がせてから、言い訳を行う。


『キョ、キョウチョウを連れていたぞ』

『キョウチョウは後衛、荷物持ちです。キョウチョウを戦わせる時、それは若の窮地を意味しているとご理解していますか』


 あまり良い言い訳を思い付けなかったらしく、アニッシュはへこんでしまった。

 グウマは異世界言語で小言を連ねる作業に入り、アニッシュは更にテンションを下げていく。

 そんな主の痛々しい姿を目に入れたくなかったため、スズナは部屋を出て行く。


『立て。ついて来い』

(フォロ・ミー)


 ……何故か俺を連れて。

 廊下に出た後、きしむ板床を歩いて突き当たりの窓際まで移動する。その間、スズナは後姿に揺れるポニーテールを見せ続けていた。

 嫌っている俺に背後を取らせるとは、間違いなく、罠か。

 あからさま過ぎて愚かしい。俺は『暗影』スキルでいつでも買い主達の死角に回り込める。作られた隙に跳び付くと思っていたのなら大間違いだ。


『今日はよくぞ、若様の身代わりになってくれた。礼を言う』

(べ、別にアニッシュ様を助けたぐらいで、褒めてなんかいないんだからね!)

「…………ん??」


 おい、翻訳機能がバグっているぞ。しっかりしろ、異世界。


『最初の印象が悪くてキツく扱っていたが、お前がいなければ若様は危なかった』

(アンタが悪いんだから。最初に変な色目使ってきた、アンタが悪んだからっ!)


 それともスズナの台詞はこれで正しいのだろうか。こんなに真剣な顔付きをしているのに、まさか。


『若様はあの通り、知らない他人でも助けるお方だ。奴隷のお前に対してもそうだろう。若様が甘い分、どうしても私が辛辣になる必要がある』

(で、でも、アンタがどうしてもっていうのなら、考えてあげても良いんだからっ)


 だ・か・ら。

 だから、で終わるように通訳するのを止めろ。吹替時に役者がアドリブしまくっているシリアスシーンと同じで、脳みそが追い付かない。


『若様がいる前では今後もお前に対する態度は変えるつもりはない。が、今は奴隷としてではなく、一人の人間であるとキョウチョウを認めよう』

(別に好きでもなんでもないんだから、勘違いしないでよね!)


 願いが叶ったのか、スズナの台詞が「だから」三文字ではなくなる。勘違いするなと言われても、何をどう曲解すれば良いというのだ。

 はにかんだスズナの顔が、月明かりに照らされる。

 俺とスズナは意思疎通可能だと信じていたのに、そんなのすべて幻想だったらしい。もう何も信じられない。

 ただ、この女、こんな自然体な表情も作れるのか、という感想だけを俺は信じた。




 室内に戻るとアニッシュが正座させられていた。今日は寝てもこの姿勢らしい。

 まあ、仲間へのホウレンソウを怠った罰だ。自業自得なのでアニッシュには反省してもらいたい。


『キョウチョウ戻ったのか。今日はすまなかったな。礼ではないのだが、今夜も言葉を教えてやろ――』

『若、集中を切らしてはなりません』


 この様子では本日の異世界会話教室は中止か。俺に構うアニッシュが反省モードなので、講師がいない。

 俺の方からもアニッシュ達が何故ダンジョンに挑んでいるのか、ダンジョンとは迷宮魔王『ダンジョン』なのか、質問したい事は多かったのだが。

 ちらり、と横目でスズナを見てみると無表情でアニッシュを心配している。暇ではなさそうなので、スズナに教えを請うのは難しいか。



『キョウチョウには言葉より先に魔法を覚えさせます。地下迷宮での火起しかり、水の生成しかり。階層が下がる程に必要な場面は増えていくでしょう』



 だが、最後に残った白髪の老人が眼を鋭く光らせる。

 グウマを見掛け通りの武士もののふだと勘違いしてはならない。体格差の激しい迷宮ダンジョンケラの突進を単独で受け切った事から、高レベル者であるのは間違いないのだ。


『グウマ様、キョウチョウに魔法を覚えささずとも、魔法であれば私も若様もできます。必要ありません』

『スズナは火遁術で『魔』を消費しよう。若も詠唱に時間が掛かるとはいえ、攻撃魔法を使える。火を起すのに消費した『魔』1が足りず魔法を使えない、といった事態は避けておきたいのだ』


 グウマが手招きしたので、向かい合うように床へと直接座り込む。

 異世界言語を教えてくれるのだろうかと期待していると、何故か床上に集めた埃に手をかざし、グウマは詠唱を開始する。


『――火の神、汝の威光を。我等――』


 どうやら、火種の作り方を実践したらしいが――。



『――か弱き我等に灯火ともしびを。

 文明の原初たる火の威光をか弱き我等の指先へ。

 奉る。奉り。奉らん!


 火口ほくちの威光に、か弱き我等の魔力を献上せん。

 奉る。奉り。奉らん!


 真心にて奉らん。

 火の神の憐れみに喜びを――火粉指』

「ってッ! それ全部呪文なのか。火の粉作る小規模魔法でそんなに?! 長過ぎる!」



 指先から火花を散らして埃に着火。小さな『魔』の気配がしたので、手品ではなく本当に魔法だったらしい。

 無から火花を作り上げるのに呪文と『魔』のみというのは安価なのかもしれないけれども、どう考えてもショボ過ぎる。


『――火の神』

「魔法ってもっと気楽に、三節ぐらいでも大火力を出せるものだったはずっ。こんな情けない火力ではサ……サ……? ええっとっ、誰かが癇癪かんしゃく起こすぞ!」

『――火の神』

「そもそも、この老人。さっきから俺に何を」

『――火の神』

「…………あー、『ヒノォ、カミィ』」

『汝の威光を』


 俺はどうして、意味の分からない言葉を復唱させられているのだろう。グウマの眼光が強くて逆らえないけれど。

 グウマが一節先に詠唱して、俺が続けて復唱する。今日は呪文詠唱に成功するまで眠れそうにない。


『スズナの懸念も分かるが、所詮は一般魔法だ。魔界にいたはずのキョウチョウが覚えていなかった事の方が驚きだった。脅威にはならん』

『いえ、流石に子供でも覚えられる火起しの魔法程度、気に止めはしません』

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表紙絵
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 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

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