7-11 隙を生じぬ二段構え
日常回(地下)
前方から駆けて来たのは人間族の男だ。体格は恵まれ、鎧も着こなしている。顔立ちも悪くない。
ただ残念な事に、鼻水や涙で顔は水浸しだ。
酸欠を起こした赤い顔に一切余裕はなく、それでも大声で何かを喚いている。
『どけぇええッ!!』
俺達のパーティは壁の左右に分かれて男を素通りさせた。俺は言葉が分からなかったので、アニッシュ達の行動を真似したのだ。
男が駆け抜けた直後。
高さ二メートル、横幅三メートル弱の地下道を埋める程に巨大なモンスターが現れる。どうも男はこの巨大モンスターに追われていたらしい。
『若! モンスターを押し付けられました。迎撃いたします』
『相手は巨大だ。できるのか、グウマ!?』
『忍びなれば無論!』
オフェンスはグウマとスズナの二人である。
巨大モンスターの正体は、虫……オケラだ。小さい奴ならば先程倒したが、こいつは桁違いの大きさである。犬とブルドーザー並みに違うので別種だろう。
見た目だけで、レベル5の俺が手を出すべきではないモンスターと知れるので、アニッシュと共に二人を見守る。
グウマ達が行わなければならない事は二つ。巨大オケラの停止と撃破。
飛び道具で巨大オケラの頭を潰せたとしても、動きを止められなければ弱い俺達が轢かれてしまう。
『破ァッ!』
グウマは一人跳び出すと、両手に構える二本の短刀を巨大オケラの牙に叩き付ける。
短刀は硬質な外骨格を断つ事はできず、刃は牙に半分以上埋まった状態で停止してしまい、抜けなくなってしまった。
『いやァッ』
だが、刃の固定は思惑通りの行動だ。
老人とは思えぬ『力』で、グウマは巨大オケラの突進力を固定した短刀で受け止める。石床で靴底を減らしながらも、数メートルスライドしただけで巨大オケラを停止させた。
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●グウマ
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“●レベル:72”
“ステータス詳細
●力:58 守:20 速:188
●魔:33/33
●運:4”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●忍者固有スキル『速・良成長』
●実績達成ボーナススキル『投擲術』
●忍者固有スキル『暗視』
●忍者固有スキル『殺気遮断』
●忍者固有スキル『殺気察知』
●実績達成ボーナススキル『技の冴え』
●実績達成ボーナススキル『マジック・ブースト』
●忍者固有スキル『分身』”
“職業詳細
●忍者(Aランク)”
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停止の役目を終えたグウマは短刀の柄から手を離して後退。
交代要員たるスズナに、グウマは巨大オケラの撃破を命じる。
『やれいッ、スズナ』
『ハ! くらえ、炸裂玉!』
グウマと入れ替わり前に出たスズナは、握り込んでいた鶉の卵みたいな黒い玉を二、三個、巨大オケラへと投げ付ける。
黒い玉は虫の表面に衝突して砕けた瞬間、内部の火薬が炸裂。周囲の酸素を取り込みながら直径三十センチの火球を形成した。
衝撃波は虫系モンスター特有の硬い骨格を容易く貫通し、体内の細胞をめちゃくちゃに引き裂いた。爆発の炎に耐えられたとしても、衝撃波の直撃を受けた体はもう助からない。
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●スズナ
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“●レベル:40”
“ステータス詳細
●力:41 守:21 速:165
●魔:20/20
●運:3”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●忍者固有スキル『速・良成長』
●忍者固有スキル『暗視』
●実績達成ボーナススキル『投擲術』
●忍者固有スキル『殺気遮断』
●実績達成ボーナススキル『爆薬知識』
●忍者固有スキル『殺気察知』”
“職業詳細
●忍者(Bランク)”
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だが、人を喰らう化物はしぶといのが相場である。
前腕がもげようとも、頭部が半壊しようとも、巨大オケラは前進を再開する。
スズナは腰の鞘から刀を抜いて触覚を斬り落とす。が、まだ化物は止らない。
巨大オケラは頭を振ってスズナを威嚇し、爆発損失した前脚を振り回す。勝敗は決しているなどという些事を無視して、モンスターとしての矜持を最後まで貫き通すつもりだ。
「さっきのは火薬を使った武器なのか。……欲しいな」
まあ、がんばってくれ、と他人事のように激励しておく。うちのパーティの猛者二人が、虫けらに負けるはずがない。確実に勝てるだろう。
それよりも、ハラハラした表情のアニッシュに対し、観戦ばかりしていないで後方警戒してはどうだと声を掛ける。
「『アニッシュ』『背中』『見る』」
『どうしたというのだ。キョウチョウ――よぉ? あれはっ!』
アニッシュと共に振り返った地下道の端、T字路になっている突き当りに一瞬だけ駆け抜ける男の姿が見えた。先程、俺達の間を通り抜けていった男だろう。
男が消えて五秒ぐらいで振動が強まる。
十秒ぐらいで巨大オケラの横姿が通り過ぎて行く。
「不運な奴だな。俺達に擦り付けた時点で止まっておけば助かっただろうに」
『キョウチョウ! 付いて来いッ。あの者を助けるぞ』
「一瞬横切っただけで、祟る程に憎らしい奴じゃない。とはいえ、見捨てる程でもないか」
『何をしている。来るんだ!』
「ん、腕を引っ張ってどうした。分かる言葉で言わないとな?」
『パン耳!』
意味不明な言葉で押し切られて、俺はアニッシュと共にT字路へ向けて走り始めた。
スズナ達に一声掛けてからの方が良いと思ったが、買い主の頂点たるアニッシュが独断先行しているのに、俺が付き添わない理由はない。
俺が言う前に、スズナは自力で気付いたようだし。
『若様! どこに行かれるのです!?』
(離れてはいけません)
スズナの制止の声は、ぎゃー、という叫び声にかき消された。
T字路を曲がった先に、背中を向けた巨大オケラが見えた。頭部を下げて尻を振っている。捕らえた生物をムシャムシャと食べ出す直前の仕草だ。
『その者を離せッ』
アニッシュは走りながら抜刀し、巨大オケラを斬り付ける。
残念ながら『力』が足りておらず、剣は外骨殻に弾かれてしまった。アニッシュは諦めずにもう一度斬り付けるが、今度も巨大オケラの『守』を突破できない。
俺も黙って見ていないでナイフを虫の胴体に突き立てる。硬い感触であったが、どうにかナイフは刃の中腹まで突き刺さった。逆に言うと、それが限界だ。
「大型生物にナイフ一本は厳しいか。どうする?」
『倒せぬのなら、先に助けるまでだ!』
思考を優先させる俺に対して、アニッシュは体を動かす。あろう事かオケラの胴体の下側に滑り込むと見事に突破してしまう。
襲われていた男を助けるための行動だろうが、弱いアニッシュ一人が先行して何がしたいのやら。
『余が来たからにはモンスターなど、を、わ、ぬを!? ナイフが噛み砕かれた!』
メインウエポンたる剣まで置いていって、仕方がない奴め。
「『暗澹』発動!」
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“『暗澹』、光も希望もない闇を発生させるスキル。
スキル所持者を中心に半径五メートルの暗い空間を展開できる。
空間の光の透過度は限りなく低く、遮音性も高い。
空間内に入り込んだスキル所持者以外の生物は、『守』は五割減、『運』は十割減の補正を受ける。
スキルの連続展開時間は最長で一分。使用後の待ち時間はスキル所持者の実力による。
何もない海底の薄気味悪さを現世で再現した暗さ。アサシン以外には好まれない住居空間を提供する”
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窮地に自ら飛び込んだアニッシュを救うべく、暗澹空間内へと巨大オケラを誘う。
素の状態での攻撃はギリギリ通用した。ならば、スキルで『守』を五割に減らした状態であればもう少しまともなダメージを与えられるはずである。アニッシュが残した剣を使えば、攻撃力は倍増する。
オケラの胴体へと潜り込み、刃渡り百センチはある剣を虫特有のブヨブヨした腹を突く。剣を刺したまま、前傾姿勢で進んで切開していく。
生暖かな白い臓器が、濁流のように零れ落ちる。
動物型モンスターならば既に息絶えていてもおかしくない重傷を与えたと思うのに、心臓のような致命傷となる器官を持たないオケラは面倒臭い。
腹を割かれたオケラは激怒した。後脚を槍のように突き出して俺を狙う。
暗澹空間でありながら、思いのほか正確な照準だ。地下生物に対して『暗澹』の視界遮断効果は薄いのだろう。早々に、オケラの腹から顎下を経由し、反対側へと抜け出る。
「たく、無茶をする前に作戦を考えろ」
『見えぬぞ。この暗闇は一体何だ!?』
「こら、そっちに頭を動かすと噛まれるぞ!」
キョロキョロと頭を動かすアニッシュを突き飛ばす。
アニッシュに代わり、俺が巨大オケラと真正面から対峙した。
「腹を捌いたなら、次は介錯してやる」
昨日貰ったナイフを両手持ちで構えて、巨大オケラの首へ刺し込む。刃を強引に捻って、缶の蓋を切るように斬り開く。
「くたばれェェッ!」
首を半分斬ったところで、巨大オケラはビクリと弛緩する。
太い前脚は内側へと曲がっていき、硬直した。
「はぁ、はぁ、やったか?」
これで倒したいと安心しない。アニッシュの剣を拾い、外皮だけで繋がっている首を深く突いた。
用心に越した事はない。アニッシュと、アニッシュが助けた男を引きずってオケラの前腕の稼働域から退避する。
『暗澹』を解除して様子を見続ける。まだ、経験値入手のポップアップが網膜に浮かび上がらない。
……いや。
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“●迷宮オケラを一体討伐しました。経験値を六入手し、レベルが1あがりました”
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“●レベル:5 → 6(New)”
“ステータス更新情報
●力:10 → 14(New)
●守:5 → 7(New)
●速:13 → 16(New)
●魔:3/3 → 3/5(New)
●運:5”
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「異世界の数少ない利点だ。死んだふりができない事だけは、助かるな」
またもパラメーター上昇率が良いレベルアップに笑む頬を律しつつ、アニッシュの無傷を確かめる。無傷でないと、後で俺がスズナに殺される。
『暗くなったと思えば、モンスターが死んでおる。キョウチョウが、これをやったのか……』
アニッシュは顔をやや引きつらせているだけで、無事な様子だ。一人で立ち上がって、迷宮オケラに近づいている。もう死んでいるから大丈夫ではあるが、虫の屍骸が気色悪くないのだろうか。
そういえば、足下には涙と鼻水を流しまくっている男が腰を抜かしている。鳥面を見ても嫌悪していられないぐらいに動転しているようだ。
『あ、あいつっ。もう、し、死んでいる、のか?』
男は迷宮オケラの屍骸を指差したまま、まだ奥歯を震わしている。指先も震えているため追い辛いが、どうも、俺が裂いたオケラの腹へと向けられている。
『あそこで、ま、まだ。動いているのに??』
異世界言語は分からない。
ただ、男の目に反射して映り込んだ細長い物体を、分からないからと言って無視はできない。
虫の白い臓器の内側から、黒い棒状生物が伸びていく。
最初に襲われるのは、オケラに最も近づいていたアニッシュである。アニッシュ本人が機敏に対処してくれるのなら問題ないというのに、少年はそもそも棒状生物に気付いていない。
アニッシュの腹部が狙われていた。防具ごと貫かれる憐れな少年を未来視してしまう。
買い主を守りたいのは山々だ。が、上昇した『速』を最大限活用しても救出は難しい。
ここは『暗影』を使うしかないだろう。
「なんだよ、あれ?! 『暗影』発動!」
影を纏って空間を跳び、アニッシュの目の前に現れる。我が身を盾とする挺身は、右腕の焼印によるものか、自己犠牲のたわものか。
『キョウチョウ!?』
棒状生物の先端が臍の上ぐらいへと到達し、肉を陥没させながら体内へと侵入していく。
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“『男爵ハリガネムシ』、ハリガネムシ族の亜種。虫系モンスターに寄生する虫。
本来は水中生物であるが、幼虫の頃に他の虫に食べられる事で寄生する。
寄生する生物の体格に合わせて育ち、針金とは言えないサイズにまで成長する。
成長しきったハリガネムシは宿主を操作し、地下迷宮から外界の水場へと脱出する。なお、宿主は溺死する”
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“●レベル:4”
“ステータス詳細
●力:9 ●守:3 ●速:2
●魔:1/1
●運:0”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●寄生虫固有スキル『寄生』”
“職業詳細
●ハリガネムシ(Dランク)”
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