7-9 第二層
今日も早朝から宿屋を出発し、街の近場に入口があるダンジョンを目指した。
数えるのが億劫になる長い階段を下って、測るのが億劫になる長い土壁の地下道を歩くのは昨日と同じ。
ただし、今日は一回小休止を挟んだだけで第二層へと続く階段を発見してしまう。昨日とは別の地点にある階段か。
『購入したオルドボ商会の地図は完全ではありません。やはり、別の階段がありました』
『百マッカルもした地図であるぞ?』
『最も安い地図でありました。余白部分には掲載されていない道は多いようです。意図的なものでしょう』
『商人職は強欲なものだ』
地下への階段を一歩下りるたび、冷気が増す。
氷を保存する地下の室のイメージから、地下は冷たいものという先入観がある。が、実際のところ、地下は地上よりも温度が安定しているだけで寒い訳ではない。マントルに近づいていくのだから、むしろ温度は高くなっていくのが正常である。
だが、この地肌にまとまり付く冷気の正体は何なのか。
足元から立ち昇る寒気は第二層の地下、更に地下、深い階層に元凶がいると思われた。
第二層は左右の壁が天然物、床がタイルで整備されている。縦横無尽に走る地下道を無駄に整備しても、交通の便は良くならないと思う。期末が迫り、今年度予算を使い切ろうとでもしているのか。
第一層と比べて変化があったのは道だけではない。
スポーンするモンスターにも変化があった。
『若! 虫系のモンスターは突いただけでは死にません。まずは節を斬り、動きを封じるのです』
現在、アニッシュが単独で戦っている相手は、中型犬の大きさまで育った昆虫である。
外見は地球上ではオケラと呼ばれる虫にそっくりであるが、ここまで巨大な奴は畑を掘っても発見できない。
全体像はコオロギが痩せたような姿だ。前脚が特徴的で、土竜の前腕に酷似しており、地中を掘るのに適した構造になっている。地面よりも柔らかい人間の腸だって掘り返せるだろう。
虫特有の凶悪な顎を有する顔は、虫嫌いでなくとも生理的な悪寒を誘発させる。
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“『大ケラ』、ケラ族の亜種。地下でたびたび見かける虫の代表。
昆虫のケラが魔界の瘴気を浴びてモンスター化したもの。
ワームほどの大食漢ではないが、基礎代謝が高いため飢餓に弱く、常に食べ物を求めて地下を移動している。植物よりも動物が好み”
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“●レベル:1”
“ステータス詳細
●力:4 ●守:3 ●速:1
●魔:1/1
●運:0”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●ケラ固有スキル『掘削』”
“職業詳細
●ケラ(Dランク)”
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当初、アニッシュは光沢ある茶色の外骨殻の継ぎ目へと剣先を突き入れて攻撃していた。
一定の効果はあったものの、オケラはよちよちとした前進を止める事なく、アニッシュに近づいてしまう。
グウマのアドバイスを得たアニッシュは剣で突くのではなく、昆虫特有の節で区切られた体を狙い、脚部や頭部を胴体から斬り取る戦法に切り替えた。
『頭だけになってもすぐに死なないぞっ!』
『蹴って遠くに飛ばせば無害です、若』
ボールにされたオケラの頭が飛んでいく。
戦闘時間は長くなっているが、アニッシュは第二層の新モンスターにも対処できている様子だ。
……頭上がお留守だったが。
『若様っ! 前の敵だけを見ていてはなりません』
(前向きなだけでも、人生を生き残れない)
地下道の天井にあった穴から、オケラが顔を出してアニッシュを狙った。が、俺が『暗影』で助けに入るまでもなく、スズナが十字の形の投擲物を投げ付けてアニッシュの危機を救う。
経験値を得る機会を失って悲しいので、俺は左の壁を這っていた新手の頭部へとナイフを突き刺す。
突きの効果は薄いとアニッシュが実践したばかりであるが、刃をオケラの体に刺したまま力技でスライドさせて、虫型モンスターを縦に引き裂けば問題ない。
「『力』が10もあれば、第二層の敵は大丈夫そうだな」
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“●大ケラ八体を共同で討伐しました。経験値を七入手しました”
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アニッシュが二体目の大ケラを倒して戦いは収束する。
俺も二体目を蹴り潰した。
グウマとスズナも二体倒している。偶然にも全員同数の大ケラを蹴散らしたのか。
『これだけ戦ってもまだレベルアップしないのだな』
『若には戦闘経験が必要ですが、レベルアップは可能な限り抑えたいところです』
『そうではあるのだが。大ケラを二体倒したというのに、経験値が三だけというのは割り切れなくてな……ん、割り切れない??』
二体倒して経験値七か。ますますゴブリンの矮小さには涙を禁じえない。大ケラは決して強い敵ではなく、ゴブリンと同程度のモンスターだ。だというのに、経験値的には三倍か。
『グウマよ。今、余は経験値を三入手したが、共同撃破は八体。一人当たりの経験値が奇数なのはおかしくはないだろうか。三は二で割れぬぞ?』
モンスターの経験値に、どういう法則があるのか不明だった。
『私も経験値は三でした。スズナはどうだ?』
『同じく。三入手です』
『モンスターに個体差があった訳でもないのか……。キョウチョウはどうなのだ?』
アニッシュからスズナ経由で俺に質問がくる。
経験値はいくつだったかという問い掛けに対して、俺は満を持して答える。昨晩、異世界の数字を教わったばかりだ。
「『七』だが?」
『え?』
『ん?』
『ふむ』
怪訝な顔付きをされてしまった。発音が間違っていたのだろうか。




