7-8 久々の通話
空洞を出てしばらく、下の階層へと続く階段を発見した。
ダンジョンと呼ばれる場所が、たった一階層で終わるはずがない。この認識に間違いはないようだ。
緑色に怪しく光る苔が途切れて、階段は一段ごとに暗くなっている。
暗くなる一方、地下の最奥、次の階層と思われる小さな青い光が、ダンジョンへと挑む者達を挑発している。
俺達は怯まず、階段を下っていく。
『本日の第二層は様子見ですが、待ち伏せにご注意を』
グウマを筆頭に下り立った第二層は、左右の壁が青く光る石床の迷宮だ。
魔王『ダンジョン』の領地で生計を立てる冒険者等は、第一層から第三層までの踏破に一日も浪費しない。宝箱の出現率が高まる第四層からが冒険者の職場である。
冒険者。
一瞬、秘境を求めて、スリルを楽しむフロンティアスピリッツに溢れる人物を想起してしまうかもしれない。
しかし、現実の冒険者にそのような夢物語を期待しても無駄だ。
冒険者とは卑怯であり、強欲で、人類圏から爪弾きにされた人間ばかりである。
そして、宝の独占に余念のない冒険者にとって新参者は歓迎すべき仲間ではない。憎むべき新規参入者だ。可能ならば早めに排除しないとと誰もが思っている。
とはいえ、冒険者は盗賊ではない。
「また、命知らずが現れたか」
「装備は……安物か。女はともかく、老人と子供か。襲っても、大して金にならん」
「よせよせ。まだまだ可愛い新参者じゃねえか。地下迷宮の掟を忘れたのか?」
いきなり背後から襲い掛かる悪党ではないので、冒険者等は第二層に現れた四人組を遠目に静観していた。
「可愛い新参者に手を出すな。第四層に下りてきた立派な冒険者は、迷わず刈り取れ」
第二層を一目見てから、俺達はまた第一層に戻ってそのまま地上へと帰還した。
太陽は地平線に半分沈んでいた。早朝から行動を開始したので、十時間以上は地下を歩いていた事になる。
最近、太陽光に弱いので夜帰りは有り難いが、余裕でアフターファイブ。奴隷とはブラックな仕事である。
『初の地下迷宮への挑戦。大義であった。今日は金額を考えずに食べ、英気を養って欲しい!』
アニッシュの計らいで、夕食はこれまでで一番人間らしい食べ物を食べられた。きちんと下処理した肉が、火を通した魚が、皿に盛られたサラダが、こんなにも美味かったなんて記憶にない。そうか、俺は記憶喪失だったのだ。
この気持ちを誰かに伝えたくて仕方がない。
そう思ったら即時行動。
厠に入り込んだ後、『暗器』を解放して実績達成携帯を取り出す。と、躊躇なく通話ボタンを押した。
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“『黒い携帯電話』、携帯業界の地位をスマートな奴に奪われつつある存在。
“電子機器でありながら、『異世界渡り』の実績解除がされているため、基地局やバッテリーがなくても通信可能である。ようするに、ライフラインのテレフォン。
使い方は通常の携帯電話と変わらない。とりあえず、電源ボタンを押せ。
ただし、通信は電話機能の場合、一回三分。メールの場合は送信または受信を一回と見なし、一通三百文字まで。
通信回数は一週間で一回増えていく。”
“現在の通話可能回数:一回”
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「――と、いう訳で飯がめちゃくちゃ美味い」
『お前な。そんな無駄話に貴重な三分を浪費するのか。浪費するなら、きっちり一週間ごとに掛けてきやがれ』
ワンコールで出た癖に、俺の異世界の親友、紙屋優太郎は不機嫌そうな声だ。
「次はたぶん五日後ぐらいで、五日ぐらいなら生きられそうな状態になったから報告も兼ねて。そうそう、レベルは5に上がったぞ」
『それは良かったと言いたいが、バッドスキル対策はできたのか?』
「それが全然! 金貨稼ぐどころか、今、俺奴隷だし!」
『好転しているどころか、境遇は悪化していないか、お前……』
今回の通話目的は二点。飯の感動と、救援についてである。
飯についてもう報告したので、救援について訊いてみる。
「優太郎のメールにあった救援部隊、四色の魔法使いだったか。いつ来るんだよ?」
『あの四人なら、執念でお前を追い詰めるだろうよ。勝手にいなくなったお前を袋叩きにするために、異世界にまで遠征するような後輩達だからな』
「何それ、怖い」
『記憶が無いだろうから名前を教える。サツキ、アジサイ、落花生、ラベンダーの四人だ。もしかすると本名の方を使っているかもしれないが。とりあえず、火力重視の火属性、ブラコンの氷属性、です口調の雷属性、グラマーな土属性の女を発見したらお前の救援だ。ボコられろ』
「分かるような、分からないような説明だな」
残り一分を切ってしまったので、優太郎は詳細な説明を最初から諦めていたようだ。ふざけて聞こえるが、火、氷、雷、土の属性が最も特徴的な女達なのだという。どこかの四天王なのだろうか。
『四人の他に付き添いで、大食らいなドラゴン女と、トラウマ有りのエルフ女がいるから分かり易いだろう?』
「ドラゴンはともかく、またエルフか。長耳に良い印象はないぞ」
『森への恐怖心をカウンセリング治療でどうにか克服させたが、お前には絶対逆らわないから安心しろ』
やっぱり、ふざけているようにしか聞こえない説明だった。
そもそも、地球から異世界にドラゴンやエルフがやってくるのか。ファンタジーが逆輸入されてしまっているぞ。
『そういえばお前、今どこにいるんだ? 救援部隊が一時帰還してくる可能性もあるから教えておけ』
「どこぞの地下にあるダンジョンにいる。魔界の近くのはずだ」
優太郎は俺に、ダンジョンなら宝を探して金貨を稼げと助言した。
奴隷ゆえ、見つけた物はすべて取り上げられると思われるが、駄目元で宝探しはしてみるか。
『残り十秒か。まあ、生きているなら良い。その調子でがんばってみろ』
「おう。ありがとうな、優太ろ――」
楽しい三分間はあっと言う間に過ぎ去った。
言葉も尻切れになってしまった。
通話前の食への感動など、もう口の中には残っていない。楽しくも空しい気持ちになって、俺は厠から立ち去っていく。
夕食後にやるような事は残っていない。本日はこのまま気持ち良く眠れるものだと思っていた。
『さあ、キョウチョウ。言葉の勉強をしよう。数字ぐらい覚えておかねば、買い物もできない』
店から宿屋に返って来た途端、何故かアニッシュが張り切っている。
アニッシュは右の人差し指を立てながら、俺へと語りかけるように単語を発音した。
『まずは、一だ。一』
リピートアフターミーな表情を作るアニッシュに釣られてやる。
「異世界会話教室か。そういえば、アイサもやってきたな。『オッペ』?」
『ほう、もう覚えたのか。次は二。二であるぞ』
「指が二本になったから、数字の勉強なのか? 『ワイム』??」
アニッシュが立てる指の数が増えていく。数字を教えてくれているのだろうと想像できる。
満腹のまま眠りたい欲求も強いが、せっかく買い主がやる気になっているのだ。奴隷らしく買い主に逆らわず、俺は異世界数字を習得するのであった。




