7-7 ナキナ国における十二分の稀少性
『待っていろ。助けてやる!』
『若様。もう、息絶えています。生きていたとしても正気ではないでしょう』
(どうせ、皆死んでいる)
空洞は奥へいくほど長細くなっていた。
入口から十歩も歩けば……裸で倒れ込んでいる女性達のもとへと到達できる。更に十歩進んだ先には、白骨が堆積している。
嗅ごうとしなくても腐乱臭と体液臭さが鼻を突く。仮面を装着している俺でさえ臭うのだから、アニッシュ達の鼻は効かなくなっているに違いない。
すぐにでも外に逃げたくなってしまう場所だというのに、アニッシュはむしろ空洞中央へと跳び出そうとしてしまう。当然、スズナに両肩を掴まれて未遂に終わるが。
アニッシュは金髪を逆立たせて、瞼を限界まで広げて湧き上がる義憤に震えている。
モンスターの行った凶行に憤る少年の姿に、消えた記憶が少しだけフラッシュバックした。
どこかの地方都市の住宅街にある路地裏。
下腹の出た薄汚いオーク共と、血溜まりに沈む被害者。
大学生にとって、恐怖そのものでしかないモンスター共に強い憎しみを覚えた最初の記憶だった。俺が『正体不明』に陥る切っ掛けだったような気もする――いや、俺が『正体不明』になってしまったのは、その後の行いに問題があったからだったような。
アニッシュの反応は酷く共感できるものだ。生存者がいないから無駄だと断じる気にはなれない。
『モンスター共は、人間を喰うだけの化物ではないのかッ。人間をさらって、何をしているのだッ』
『若の仰る通り、モンスターは食料として人間を連れ去ります。一部のモンスターは『繁殖』スキルの母体として理由するために人間を巣に連れ去りますが。衰弱すれば喰われるので結果は同じです』
アニッシュと同じ人間族の女だけが、ゴブリン共に手足を潰されて暴行を受けていた訳ではない。裸になっても毛だらけな獣人だってうつ伏せているし、別の群に所属していたと思われるゴブリンだって倒れている。
女の死体しかないのも、特別不思議ではない。ゴブリン共は男をさっさと喰ってしまうから、食い散らかしの一部しか転がっていないだけだ。
魔界最弱のゴブリンとて、相手の運が悪ければ狩りに成功する。
特に、地下道のように薄い暗闇が続く空間では不意討ちの成功確率が高まっている。百匹の人海戦術で、仲間から逸れた者を襲うのも手だ。
ゴブリンがたまに壊れた武具を装着している理由を考えれば、一定数の被害者がいると想像するのは容易い。
もちろん、最弱は伊達ではないので徘徊するゴブリンの九割は死滅しているはずである。が、ゴブリンの繁殖速度は驚異的だ。産まれ落ちた後、成熟するまでに十二時間とかからない。
先程討伐した二十匹以上のゴブリンも、明日の今頃には補充されているはずだ。
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“『繁殖』、種の保全を促進するスキル。
乳児から大人へと育つ速度が高まる。
異種族とも交配可能となる。ただし、生まれる子供はスキル所持者の同種となるため、単性生殖に近い”
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『グウマッ、スズナッ。追撃するのだ。ゴブリン共を絶対に許すな!』
『無分別な命令には従えません』
『無分別ではない! ここでゴブリン共を殲滅しておけば、次の犠牲者を防げるではないか!』
アニッシュが何を喚いているのかは、言葉が通じなくても理解できた。
だから、戦闘経験に富んでいそうなグウマが従わないだろう、と簡単に予想できる。
『若。この一年で、魔界との国境線に近い村がいくつ滅ぼされているかご存知でありましょう。防壁のある街に立てこもれる人数にも限りがあるため、今もモンスターの進攻により犠牲者は出続けています』
『余を勇者にしようと急かす事だけが、正しき事か! グウマよ』
『十ニ分に一人がッ、この国ではモンスターに殺されているのです。そんな国の王族たる若が、感情で動くのを是としてはならないのです!』
ここでゴブリンを駆逐するのは容易だ。弱いモンスターなのだから、簡単に報復できる。
だが、こんな地の底に生息しているモンスターを追い回しても時間の無駄でしかない。襲われる人間の数が限られる場所なのだから、モンスター被害の予防にもならないだろう。
アニッシュは奥歯を砕かんという顔付きになり、被害者等を見ている。
俺は十字を切るか手を縦にして拝むか悩んだ後、異世界なので黙祷だけしておいた。
遺体を空洞の奥へと運んだ後――埋葬できれば良かったのだが、地面が堅くて掘れない――に行っているのは、物色である。
さらわれた人間達の遺品を探している訳であるが、善意の行動ではない。まだ使える装備があれば使い、金目のものがあれば地上で売り捌くためだ。
そんな事をしても良いのかとスズナに訊ねると――。
『地下迷宮では当然だ』
(ダンジョンゆえ、仕方なし)
――と回答されてしまった。
街の近くの癖にモンスターがいるなと思っていたが、どうやら、ここはダンジョンだったらしい。
「……ん、ダンジョン? 魔王の名前も、確かダンジョン……」
『喋っていないで探せ』
魔王『ダンジョン』との関連性について気になるものの、とりあえず宝探しを続ける。
とはいえ、ゴブリンは人間の装備を再利用し、粗雑ながら加工を行ってしまう。残っている物はそう多くない。
五分ほど探して集められたのは金貨一枚、銀貨二枚、銅貨十枚と少し。
丸い盾。
少し歯こぼれしたナイフ一本。
最後に、これが最も高価なのだろうが、ロングソードが落ちていた。
『状態は悪くありませんが、若が使うには長過ぎます。特別な武器ではありませんので、地上に持ち帰り売り払いましょう』
『他人の持ち物を売るのは心苦しいな。……それで、どの程度で売れるのだ?』
『新品で十マッカル金貨ぐらいならば、ニマッカル金貨ぐらいでしょう』
『本日の食事、宿代は稼げたか』
ロングソードは名前通り、長くて重い。
荷物運びが荷物を運ぶのは当然なので、ロングソードと丸い盾はリュックの背面に括りつけられた。
『そういえば、キョウチョウは武器がないと困っておったぞ。ロングソードを渡すのはどうだ?』
『武器を渡すのは反対です。若様』
『先のように不足の事態は起きるものだろう。キョウチョウは戦ってくれたし、悪い奴ではないと思うぞ』
『若様が強く望まれるのであれば……。ただ、貸し与えるのはロングソードではなく、ナイフがよろしいかと。私の短刀を使っていた姿を見る限り、この奴隷は、長物よりも取り回しの良い武器に適性があるでしょう』
重くなったリュックを背負っていると、スズナと話し合っていたアニッシュが手招きする。
何かくれるのかとあまり期待せずに近寄ると、本当にナイフを手渡された。
『キョウチョウ。今後も期待するぞ』
「『若様』『パン耳』!」
『うむ。地上に戻ったら、言葉を教えてやらぬとな!』




