7-6 友好的でいこう
「二十匹倒してレベルアップは一回だけか。やっぱり、ゴブリン狩りは効率悪い」
仲間を四分の一も討伐された洞窟ゴブリン共は、通路の奥地へと逃げ去った。
今残っているのは俺と、『動け死体』スキルで動かしているゴブリンが十体のみだ。
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“『動け死体』、死霊を使う魂の冒涜者の悪行。
死者の魂を冥府より帰還させ、死体に戻し、生きる屍として蘇らせる。大前提として、生前の体が必要である。
断片化された魂が体に戻ったところで、生前の理性は取り戻せない。
冥府でも個を失わなかった悪霊が体に戻ったところで、生者の大敵にしかならない。
本スキルだけでは生きる屍を調伏できないので要注意。本スキル所持者よりもレベルが低ければ、自由に操作できる。複数の屍を操る場合、屍のレベルは合算して計算するべし。
屍は五体が欠落する事で死体に戻る。本スキルに防腐処置する効果はないので、屍が暴走しても放置しておけば時が解決してくれるだろう”
“実績達成条件。
死霊使いとして、人の道を一歩踏み外す”
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屍ゴブリンの半分が言う事を聞いてくれず、今も近場の生物に噛み付こうとしている。
「『動け死体』解除」
邪魔なのでスキルを停止し、冥府へと魂を戻した。白目をむき、糸の切れた人形のように脱力して、ゴブリンはただの死体へと返る。
傍から見て異様な光景であるのは間違いない。
実際、崩れた壁の向こう側ではアニッシュと女が俺を警戒している。
「……そういえば、女」
『お前は本当に、レベル4なのか?? いや、人間なのか?』
借りていた短刀の刃を一度見詰めた後、良い武器だったのでやや惜しみながらも地面に突き刺す。
「そろそろ名前を教えろ。借りた物を返す礼も言えないだろう?」
『私の名前を聞いているのか。……スズナだ』
長さ三十センチ強の片刃武器。今回、短刀という武器を初めて使ったが、なかなかに悪くなかった。
リーチはナイフよりも長くて助かる。小回りは悪化するが、無視できるレベルだ。
そこそこ気に入った訳であるが、借り物なので刺した短刀から遠ざかっていく。
乳酸で重くなった体を岩肌の壁に傾けると、滑り落ちるように座り込んだ――縫ったばかりの背中をすっかり忘れていたが、ゴブリンを吸血していたので痛くなかった。
そのまま両手を広げて頭の上に上げていく。
サレンダー。敵意が無いという意思表示だ。
「スズナか。和風な名前だ。そっちの金髪少年がアニッシュで、今やってきた老人がグウマ。これであっているな?」
今のところ、俺は買い主と争うつもりはない。望んだ職場ではないが、経験値が稼げる劣悪な職場は望ましいからだ。
そも、ここで買い主達から逃げたり戦ったりしても未来がない。道が分からないから地上に戻る事さえ不可能だろう。少年を人質にして道案内させようにも、俺はスズナの命令に逆らえない。
「仮面は醜く、正体も定かではない俺だが、この通り戦闘ならそれなりだ」
よって、俺の最善はこれまで通り買い主達に忠実な荷物運びであり続ける事。これしかない。
「これからも食事をくれるのなら、命令抜きで戦ってやる。そんなに睨んだりしていないで、パーティメンバーとして親睦を深めようじゃないか」
つい、気取った口調で三人に語り掛けているけれども、所詮はまだレベル5でしかないのが辛い。
『スズナ。キョウチョウは先程から何を喋っている?』
『……友好を深めたいと言っております』
『ふむ、それは良い事だ。頼もしい仲間がパーティに加わってくれるのは、余としても願うところである』
アニッシュは瓦礫と化した壁をまたいで、俺へと近づく。従者二人の制止を留めながら、座っている俺へと手を伸ばした。
『頼むぞ。キョウチョウ』
「オーケー。アニッシュ」
俺はアニッシュの手を軽く握る。汗ばんでいるが、アニッシュも俺の手を軽く握る。
握手という習慣が異世界にあるかは不明だが、俺の提案は受け入れられたのだろう。
よっ、と気合の一声を唱えつつリュックを背負い直す。
握手を交わして、パーティ内の荷物運びという地位を確固たるものにした俺は、買い主三人の興味と疑惑の目に見守られながら最後尾を歩く。
『グウマ様。得体の知れない奴隷に背中を預けられません。後れを取るつもりはありませんが、死角に付かせる事はないでしょうッ』
『……どうだろうな。キョウチョウが本気で我等を狙うなら、位置は関係しない』
『どういう意味ですか?』
『いや、憶測だ。……陣形はこのままでいく。若を危険極まる殿には配置できん』
スズナという名前が判明したブラウンアッシュでポニーテールな女は、グウマに何か進言していた。
スズナが目を離した隙を突いて、アニッシュが俺に近づく。
『先の戦闘、恐れ入った。レベル4でありながら、ゴブリンの大群の懐に跳び込むとは勇気が必要だったはずだ』
「うん。そうだな。さっぱり分からん。……俺もそろそろ、異世界言語を習得しないと。会話についていけない」
『勇者職に就くには、創造主も認める勇気を見せ付ける必要があるという。余も見習わねばならないのだが、凶暴なモンスターを目の前にすると緊張してしまう』
「エルフの奴等とも言葉が違う所為で、また一から覚え直しなのが辛いが。まあ、ぼちぼち覚えるか」
『参考に聞かせてくれぬか。恐怖に打ち勝つための方法を?』
「ええっと、スズナが頻繁に言っていたのは……『若様』?」
『おお、なんだ。教えてくれるのか?』
スズナが俺に負の目線を向ける分、アニッシュは正の目線を俺に向けてくる。
「『パン耳』!」
『うむ、パンは好物であるぞ!』
前を行くスズナにたびたび振り向かれながら地下道を進んでいると、そこそこの広さの空洞に突き当たる。
ちなみに、俺達が向かっていた先は、洞窟ゴブリンの集団が逃げていった先である。追撃戦を仕掛けようとしている訳ではない。地下道が崩落で塞がっているから、仕方なく唯一の道を進んでいたに過ぎない。
大量のゴブリンが逃げた先でありながら、生き物の気配が一切しなかった。
つまり、空洞からもまた別の道がある証拠だ。
『酷く臭うな。腐乱した卵の臭いのようだ』
『ゴブリン共の巣です。若。これが、モンスターに襲われた被害者等の現実です。『暗視』術を持たない若には、よく目を凝らしていただきたい』
だから、俺達は早々に空洞から去るべきだったのかもしれない。
そうすれば……空洞の中央で横たわるモノを見ずに済んだ。
『一体、何があると……なッ?!』
そうすれば、ゴブリン共が逃げ去った後に残された腐り掛けた肉片や、喰い残された誰かの右腕や、まだ原型を留めている躯を発見せずに済んだのだ。




