7-5 動け死体
屍ゴブリンにスコップを二本運ばせる。
受け取った後、左右に構えて洞窟ゴブリンを威圧する。戦いの緊張で乱れる呼吸を整えながらも、脳内アドレナリンの濃度を高める。
飛び道具がない俺に、近づかないという選択肢はない。敵陣中央に斬り込んで、可能な限りのゴブリンを仕留める。同時に『動け死体』スキルで倒したゴブリンを暴走させて同士討ちを誘う。そのまま乱戦。
作戦はこんなものか。
なかなかに都合の良い作戦である。まあ、オルドボと戦うよりも気楽な戦闘なので、考えが緩くなるのは仕方がないだろう。
跳び込むタイミングを見計らい、俺は前傾姿勢になって走り始める。
『――壁を蹴り破ったぞっ!』
ほぼ同時に、ゴブリン共が掘っていた左の壁が崩れた。うまく形抜きされた長方形の土壁が、敵集団の中央を押し潰す。
『はっ!? 五体撃破? 余はレベルアップしたぞ!』
『若様。お喜び申し上げます。ですが、勇者を目指す御身なれば、不注意にレベルを上げられぬよう』
『そんな余裕ある光景ではない。剣を構えよ』
ゴブリン共はかなり掘り進んでいたらしい。掘削道具を持たないアニッシュでも開通できたようだ。
横合いからの奇襲に、ゴブリン共は驚き統制を失う。一部は道の奥へと逃げていく。
「良くやった。アニッシュ!」
『若様の名前を気安く呼ぶなッ』
(高貴なる名前。最上級の尊厳と親愛を持って呼べ)
「知るか! お前とアニッシュは無理にこちら側にこないでゴブリン共を牽制していろ。俺が主力となって倒していくから、武器をよこせ!」
ゴブリン一体を経験値にしながら、俺は崩れた壁の向こう側にいる女に武器を所望する。
勇敢なゴブリンが俺を迎撃しようと駆けていたが、飛んできた短刀に頭蓋を串刺しにされて顔から転倒した。女が、素直に武器を投げよこしたのだ。
言葉が通じる便利さを久しぶりに味わいながら、俺は短刀を抜き取り、大きく振る。刃に付着する血を遠心力で飛び散らせた。
「ナイフより長い。慣れないが――」
『奴隷には勿体無い業物だ。折るなよ』
(高いから大事に使え)
「――斬れ味は悪くない」
剣術の心得など、記憶を失う前から無かったのだろう。刀の柄を持つ場合、左右どちらの手を上にするべきかさえ分からないまま、横一線にゴブリン三体を斬り裂く。
短剣をどう振るえば良いのかさっぱり分からないから、致命傷狙いで喉のみを斬る。
戦火拡大。
俺に追い付いた屍ゴブリンを突撃させて、生前の仲間達に噛み付かせたところでゴブリン共は完全に統制を失った。集団の内側で乱戦が広がっていく。
「モンスターめ、死ね!」
怯んだ奴の脇腹に刃を刺し、心臓を潰す。
壊れた鎧で防御を固めている奴は、先に足の付け根を斬って転倒させてから首の後ろを踏み付ける。
「記憶はなくても、顔の中から怨嗟が聞こえてくるんだよ! モンスターは消えろッ」
ゴブリン共に立ち直る暇を与えないように、前に進み続けた。
集団対一ではどうしても体が傷付く。粗悪なスコップで斬り付けられた脚は血色に染まってしまった。が、致命傷は皆無だ。
背後からの攻撃してくる姑息な奴には手を伸ばし、顔面を指で掴んで投げ飛ばす。
ある程度死体が出来上がった後は、目論み通り『動け死体』で暴走させてやる。
……こんな乱戦、俺らしい戦い方ではないと違和感を覚えているのに、弱い敵を蹂躙するのが楽しくて楽しくて仕方がなかった。つい、口元から犬歯を伸ばして笑ってしまう。
『キョウチョウ、なんて荒々しい戦い方だ。凶戦士職が泣くではない、か!』
『ゴブリンが同士討ちをしている?? 若様、やはりキョウチョウは危険です。周囲に呪いを振り撒いているに違いありません』
『そうかもしれぬ、がッ! スズナよ、今は口を動かしていないでモンスターを倒せ』
生血を得る絶好の機会なので、ゴブリンの首筋に噛み付いて五百CCを一気飲みした。緑色の血はドロドロとしており、不味くて口にできたものではない。だから、もう五百CC追加で飲み込み、不味さに慣れようと試みた。
失っていた内臓が復活し、背中の傷が埋まっていく。
本調子に近づき、ゴブリンを狩る速度が更に増していく。
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“レベルアップ詳細
●洞窟ゴブリンを一体討伐しました。経験値を二入手し、レベルが1あがりました”
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“●レベル:4 → 5(New)”
“ステータス更新情報
●力:8 → 10(New)
●守:3 → 5(New)
●速:10 → 13(New)
●魔:1/1 → 1/3(New)
●運:5”
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途中、レベルアップして一日ぶりにレベル5に戻れた。十匹以上倒した労働に見合った報酬かは考えものだが、上昇具合はかなり良い。
どうして『運』だけ上がらないのかさっぱりなものの、『魔』が2つも上がってご満悦だ。モンスターの血を吸い、俺も魔性へと傾倒しつつという証なのだろう。
「殺戮だ。モンスター共に掛けてやる慈悲はない。……皆殺しだ」
レベルアップにより四体に増えた統制可能な屍と、統制不可能な屍を六体引き連れてゴブリンの集団を蹂躙していく。死体はまだ転がっているのだが、十体程度がスキルの限界だった。
蘇らせた屍に襲われる事もしばしば、俺へと立ち向かって来た勇気ある最後のゴブリンの心臓を一突きにする。
たった数分の戦闘で四分の三に数が激減したゴブリン共は、ギャーギャー奇声を上げつつ地下道の奥へと撤退していった。