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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第七章 暗く続く地下迷宮
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7-1 地下迷宮への第一歩

 翌朝、まだ空が暗い内から俺の買い主達は活動し始めた。何やら気合が入っているらしく、三人はそれぞれ装備を整えていく。

 金髪の少年――アニッシュと推定――は、女に手伝ってもらいながら、西洋版のかたびらを着込んでいる。胴体以外は皮製の鎧で補強し、全体を分厚い外套で覆っている。着慣れていない事が一目で分かるが、似合っていない訳ではない。


『動き易いとは言い難い。これでも金属鎧より軽いとはな。そういえば、ヘルムは不要なのか』

『地下迷宮は薄暗く、ヘルムは視界を妨げます。防具は付けられませんが頭部への攻撃はご注意を』

(ああ、アニッシュ様は何でも似合う)


 老人は一人で手早くナイフや薬剤を体の各所に備えていく。体の線が浮き出るボディスーツに防御力は無いだろうが、年齢にそぐわない筋肉の盛り上がり具合に目を見張る。

 闇に紛れる藍色一色は、アサシンのような出で立ちだ。親近感を覚えるな。


『お前はこれを着て、装備と食糧を背負え。顔が見られぬよう、フードは深めに被れ』

(奴隷。荷物運び、しろ。フードは絶対に外すな)


 買い主達が準備を整えて出かけようとしているのに、俺一人が取り残されるはずがない。

 命じられた荷物とは円筒型のリュックだ。背負うと、ずっしりと脚にくる。昨日縫ったばかりの背中にさわるぞ、これ。

 買い主達の素性は未だに不明である。どこに行くのか分からない。

 ただ、剣を片手にピクニックはないだろう。戦闘が行われる場所に挑もうとしているのは確実。モンスタースポットに挑むのであれば、俺も経験値を確保できるので望むところだ。


『で、では、地下迷宮に参るぞ!』


 緊張気味に、アニッシュは出陣を宣言した。




 目的地は意外にも街の傍であった。

 宿舎から歩いて三十分の平野部に、場違いに巨大な穴が開いている。楕円というか、目の形状というか、そんな五十メートルの大穴が見えてきた。

 荷馬車の停留所があり、人間族も多く行き来している。

 にぎわう穴の傍を素通りして、買い主達は石の階段を下り始める。俺も最後尾から付いていく。

 百段はあるだろう階段の底は完全な暗闇ではなかったが……緑色に怪しく光る地下の入口は、酷く薄気味悪い。


『若様の命は何よりも優先される。若様に危険がせまれば、お前が壁となれ』

(アニッシュ様の生命最優先。お前、肉壁)


 地下道に入って早々、女からこう命じられた。買い主達は俺に自己紹介してくれていないのに、一方的な事である。アニッシュって誰ととぼけてしまおうか。

 空気がよどんだ地下道は、静寂だ。

 街は昼に近づくにつれて騒がしくなっていたというのに、地下空間には人々の営みは一切響いていない。

 もしかすると、暗く閉鎖的な地下道の向こう側では、剣戟や、誰かの叫び声が響いているのかもしれない。が、静かさが誘発する耳鳴りが酷く、俺の耳には何も届かない。


『まず、若には地下迷宮での戦闘に慣れてもらいます。ここは第一層であるため、ゴブリンのような低級モンスターとしか遭遇しません』


 戦闘寸前とした最終確認として、アニッシュ少年は、己の武器である剣の柄を握り締める。


『ゴブリンであれば、戦った経験があるっ』

『若様。細心のご注意を。ここは既に魔界であり、魔王の居城の内部なのです』


 俺の真似ではないだろうが、老人と女は口元を鉄製のマスクのようなもので覆っていく。完全に顔を隠す仮面ではない、日本の戦国武将が使っていた面頬めんぼうみたいな防具だ。

 老人が前衛に立ち、少年と女が中央、荷物運びたる俺は最後尾。

 今後はこの一列陣形が中心となるだろう。


『スズナ。『暗視』術を使うぞ』

『はっ! 『暗視』術!』

(『暗視』スキル、使う)


 聞きなれたスキル名を女が喋っていた。スキルは異世界由来のものなので、俺以外の人間が使えても不思議ではない。

 地下道は足元が緑色に光っており、蛍光灯の豆球よりは明るく通路を照らしている。とはいえ、『暗視』を使えば視界が広がるのは間違いないので、俺もスキルを使用する。


「『暗視』発動っと」

『この者、名はキョウチョウと言ったか。スズナ、何をつぶやいたのか分かるか?』

『スキルを使用した、という真似です。……狂人の戯言たわごとなどお気にせず』

(レベル4が『暗視』を使えるはずがない。狂った仮面め)


 毎度嫌味が同時通訳されるのだけは、どうにかならないだろうか。

 特に不愉快なのは、昨日は個人情報スキルを無理やり喋らされたというのに、買い主達が信じていない事である。


『恐慌し、頭がおかしくなった者に現れる症状です。自分はスキルを多数持つ強者であると本気で信じている。哀れなものです』

(イカれた奴隷。哀れ)


『戦場とは過酷なものであるな。余も気をつけよう』




 地下道の空気はよどんでいる。

 天井があるため閉塞感も強い。

 人間族が三人横並びで歩ける広さの道がどこまでも続いている。同じ土壁と石壁の景色が無駄に長く掘られている。坑道にしては鉱石を持ち出した跡が残っておらず、ただただ、目的不明の地下道の連続。ここは、人が掘り抜いた道ではないのだろうか。

 そう辟易へきえきしていると、不意を突くように地下道は枝分かれしてしまう。

 俺は既に入口へと続く道を見失っているが、先頭を行く老人は自信を持って進んでいた。目印のとぼしい道だというのに、うらやましい空間認識力だ。



『前方、五十メール。ゴブリン!』



 三回目の枝分かれを左に進んだ時であった。

 老人の警告と共にパーティに緊張が走る。通路の奥に、小さな二足歩行生物を発見したのだ。

 痩せた子供のような身体である。緑色なので……なんだ、ただのゴブリンか。

 三匹のゴブリンは通路をノロノロと歩いており、疲れた様子だ。モンスターでありながら道に迷ったのだろう。


『三匹の内、二匹を先に仕留めます』

『余も一緒に戦って、残り一匹を倒せば良いのだな』

『いえ、狭い通路です。若はここで待機を』

『良し、グウマ任せたぞ』


 老人は最初から目にも止まらない疾走、瞬きしている間に三匹のゴブリンを横切る。

 老人が振り返った時には既に二匹の首が飛んでいた。

 一目で分かる程に高い戦闘能力だ。レベルは60を下らないのではなかろうか。


『若、どうぞ!』


 アニッシュは固い挙動で剣を鞘から抜く。正眼に構えてながらゴブリンと距離を詰めた。

 老人と比べて明らかに遅い。というか、ほぼ素人《レベル0》と変わらない。剣術の心得はあるようなので心配しなくてもゴブリンを倒せるだろうが。


『モンスターはッ、許さぬ!』


 ゴブリンを間合いに捉えた少年は、剣を掛け声と共に振り下ろす。

 魔界最弱のモンスターに対して気合が入り過ぎている気もするが、少年は一撃でゴブリンを倒した。

 ゴブリンは皮鎧を装着していたが関係ない。肩から腰へと、ゴブリンの上半身がズレ落ちていく。


『お見事です』

『いや、余は緊張し過ぎていた。はぁはぁ』


 今頃、アニッシュの網膜には経験値一を入手したとポップアップしているだろう。


『素晴らしい初陣でした! 若様』

『あまり褒めてくれるな。これぐらいで、恥ずかしい』


 随分とぬるい戦闘だった。弱いアニッシュのためにお膳立てをしたというのは分かるが、過保護が過ぎるような。

 アニッシュ一人でも、ゴブリン三匹を倒す事はできたはずだ。

 このパーティは、いったい何をしたいのだろうか。


『……よし、落ち着いた。次も頼む』


 ゴブリン程度の経験値、しくはない。

 しばらく三人の様子を、パーティ最後尾からうかがってみるか。

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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
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 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない


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