6-9 奴隷の焼き鏝《ごて》
先程、俺は『淫魔王の蜜』に抗うためにレベルを一つ犠牲にした。
男としての生理的欲求の蓄積が、遠目に見える銀髪女の色香の所為で爆発し掛けた訳である。牢屋の中で盛ろうとするなんて、本能という奴は馬鹿なのではないかと強く思う。
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“●レベル:5 → 4(New)”
“ステータス詳細
●力:9 → 8(New)
●守:3
●速:11 → 10(New)
●魔:1/1
●運:5”
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さて、これ以上売れ残っていてもレベルを無駄に消耗するだけだ。一日一食の食事付きの宿泊所は捨て難いが、働いて食う飯の方が美味いに決まっている。
それに俺、もう無職じゃないし。
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“職業詳細
×アサシン(?ランク)(封印中)
●死霊使い(初心者)”
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いつの間にか就いていた死霊使いなる職業や、死霊使いの初期スキルについては後回しにしておこう。
今は、俺の買い主になってくれそうな人物が集まっている事の方が重要だ。たぶん、俺は大安売りされているはずなので、お買い得だぞ。
『てて、店長っ!? この犬小屋の方は、どういった奴隷ですか!』
『そいつは見ての通り呪い付き。魔界産という事以外は分からないね。在庫にしておくのも薄気味悪いから、原価割れの八十マッカルでも売りたいのさ』
『か、買います。この私が買います!』
まず、挙手しながら近づいて来たのは銀髪の、目がキラキラしている女である。どことなく高貴な匂いがしているので、属性的には光とか神聖とかだろう。
俺の仮面を見ているのに嫌悪感を顔に出していない。格子越しに覗き込まれている構図も相まって、ペットショップで売られる小動物の気分に浸れる。買われてからの暮らしはそう悪くはないと思われる。
ただ、あまり綺麗過ぎるのは不味い。
顔立ち以外の要素も俺好みの気がしてならない。
レベルはもう下がりたくないので、銀髪の彼女が買い主だとやや困る。
『お待ちをっ! リセリ様は若に優先権をお譲りしていたはず。その仮面の奴隷は若がご購入いたします』
次に声を上げたのは、渋い老人だ。
『グウマ! 出しゃばりが過ぎるぞ』
『若! 非礼は重々承知しております。ですが、あの奴隷は絶対に購入するべきです』
焼けた肌と灰色の髪が掛け合わさり、古兵といった風貌のオールドマンである。老人は傍の少年に耳打ちしながら、隙なく鋭い眼光を仮面へと向けている。
『……グウマがそこまで推すとは、理由があるというのか』
一方、老人に耳打ちされている少年。さらさらとした金髪と、大きな碧眼が特徴だ。年齢は十五歳ぐらいか。
エルフの作ったような造形とは違い、愛嬌もある。女に間違えるような中性的要素はない。単純に童顔顔なのだろう。
外見は恵まれているのに、どこか頼りない気配がする。おどおどしている訳ではないので、経験が足りないだけか。
目の色は利口そうでもある。強い意志も感じられる。が、たったそれだけしか特徴のない少年とも言えた。
『……若、あの者が用いたスキル。あの影を纏うスキルを発現した人物は、私が知る限り、過去にたった一人のみです』
『まさかっ。八十マッカルで売られている男であるぞ』
『仮面の所為もありましょうが、店主は価値に気付いておりません。レベルやスキルの調査も怠っているのでしょう。彼を手に入れる事は、若にとって最善の道です』
『そこまで言うのならば。リセリ様には申し訳ないが、余がこの者を買おう』
立ち位置的に、老人よりも少年の方が偉いはずだ。
少年は良い所のお坊ちゃんで間違いない。買い主に金があって困るものではない。
『リセリ様。余はこちらの奴隷の購入を考えております。恥をさらすようで情けないですが、割安な奴隷を選ぶしか、余に選択肢はないのです』
性別が男というのも有り難い。条件的には銀髪女を上回る。
『そんな!? だ、駄目です。お金の問題なら、援助します!』
『返済を保証できません。それに、流石に他国の王族から金銭的援助をいただくと兄を悩ませてしまいますので』
『いえ、そうっ! 天啓です! 今、天啓で買うように勧められました!』
『巫女職の嘘はご法度ですよね』
『檻の中にいながら悪漢を排除する立派な殿方を、使い捨てさせる訳にはいきません』
『余も奴隷を使い潰すやり方は嫌悪しています。安心して、余に任せて欲しい』
銀髪女と少年が俺を見ながら揉めている。
殺伐とした雰囲気ではない。たった一つしか残っていない玩具を巡って言い争う子供の喧嘩に似ている。特に銀髪女が感情的だ。
欠伸をかくぐらいに時間が掛かったが、結局、銀髪女が折れた。従者らしき四人のフルプレートアーマーにその場から引き離されたというのが正しい。
『リセリ様。勇者になるという我侭に賛同できた我々も、呪われた男の購入までは見過ごせません』
『呪われている? そんな闇の属性は一切感じませんってのにっ!』
『今のままでもリセリ様は勇者に成れましょう』
『いーやーっ! この私の直感を信じてーっ!』
銀髪女の残響はテントの中央に去っていった。
最終的に、俺の檻の前に残ったのは少年と老人。
そして、やや奥にブラウンアッシュの髪色を持つ女がいる。女の顔は見覚えがあるような気がするが、思い出せる程ではない。
少年は店員を呼び止めて、狭い牢屋の鉄格子を解錠させた。俺が暴れる事を全然意識していない。少年の白い手が手招きして、俺が出てくるのを待っている。
少年は期待に満ちた表情で、挨拶してくれた。
『余はこの国、ナキナの王の弟、アニッシュである。これから、よろしく頼むぞ……ええっと、そちの名は何だ?』
牢屋が出て立ち上がり、関節の自由を味わう。
そんな俺を見上げて、少年が丸い目を更に丸くしている。どうも返事を待っている様子だ。
もちろん言葉が通じないので、首を傾げて応対する。
「ん、なんだって?」
『……店員、この者、言葉が喋れないのか?』
『どーでしょーかー?』
『…………グウマ。余は早くも不安になったぞ』
俺を放置して、少年を代表とする三人と店員はあーだ、こーだと話し合いを開始した。クーリングオフについて相談しているのだろうか。
苦そうな顔付きになった少年は、小袋から金貨を取り出す。と、商談用の丸テーブルの上に十枚単位のタワーを築いていく。
『この者の値段が八十マッカル金貨。更に、奴隷の焼き鏝の追加料金で百五十マッカル金貨。……出費が痛い。不要なのではないか? 見るからに衰弱しているこの者が耐えられるようにも思えん』
『焼き鏝は行うべきです。主従関係を強制する副次効果で、意思疎通もある程度行えるようになりますゆえ』
『そうか。止められぬか……。出費も痛いが、この者も痛いだろうに』
タワーの数は全部で二十と三本。
金貨二百三十枚が俺の値段か。安いかと言われると随分と安い。丸机に立ち並ぶ五百円玉サイズの金貨の正体がマッカル金貨であるのなら、俺の目標たる一万マッカル金貨を達成するためには俺を四百人以上売り払う必要が出てくる。
少年が数えた金貨を、今度は店員が数えていく。
終わるのなら早く終って欲しいと大人しく待っていると、少年と女店主が握手を交わした。商談が成立したらしい。疎外感で衰弱する前に終わって本当に良かった。
……少年の足元に置かれた、熱せられた鉄の棒の使い道が酷く気になるが。
『肩に押し当てれば良いのだな』
『その通りですが……スズナ、お前が行うのだ。若に何かあっては困る』
『ハっ! 若はお下がりください』
壷に入っていた鉄の棒を、ブラウンアッシュの女が掴み取る。
離れていてもジュージュー聞こえる音で熱量を想像していたが、棒の先端部のオレンジ色を見た瞬間、百℃を超える熱量を正確に読み取った。熱に対抗するように、冷や汗で体が冷たくなっていく。
何に使うつもりなのだろう。こう、少年達の正気を疑っていたのだが、俺の右肩へと棒先が近づけられていく。
棒先は円形だ。何らかの文字が見受けられるが、安定の異世界言語。読めるはずがない。
ただし、その文字を焼印しようとしている事だけははっきりしている。
「家畜扱いかっ。待て、それは絶対に水膨れする! 鬼畜か! 止め――うぐァッ!」
実行者たるブラウンアッシュの女は俺の悲鳴を完全に聞き流し、右肩に焼印を押し付ける。真顔のまま、仕事をこなすみたいにやりやがった。
熱いのか寒いのか全然分からない。皮膚細胞が焼死していっているのだから仕方がない。
肌が焦げる拷問に血圧が異常上昇していく。足の震えに抗わずに背中から倒れてしまいそうだ。
汗と涙と唾液を垂らしていると、いつの間にか焼印は外されていた。痛みが引かないので今も押し当てられているようにしか感じられない。こんなにも苦痛を味わうのであれば、敵対行動と受け取られても良かったから『暗影』スキルを使うべきだった。
そんな苦しむ俺の脳内に声が届く。
(――契約完了。お前、従うべし。お前の生殺与奪は、アニッシュ様のもの)
女の声で囁かれている。そうだとは思うのだが、声は耳から届いていない。
『呪われし男。若様のために尽くせ。若様を裏切れば躊躇わず殺す』
(粗悪品の安物。本当は嫌いだ。裏切れば首を掻っ切って、野ざらしだ)
俺に焼き鏝を押し当てたブラウンアッシュの女の発音と、脳内の囁きは同期していた。
海外生中継の下手糞な同時通訳を聞かされている。そんな気分だ。
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“アイテム詳細
●奴隷”
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“『奴隷』、成人男性の奴隷。八十マッカル金貨で購入。
奴隷商人職のスキルで製造した奴隷の焼き鏝を押し当てられた奴隷は、押し当てた者のアイテムと化し、反抗できなくなる。
強烈な主従関係を強制できるため、死を命じる事さえ可能。
人間族以外の奴隷に対しても命じられるよう、副次的に、アイテム化した奴隷とは最低限の意思疎通ができるようになる”
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