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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第六章 奴隷市場
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6-5 格安セール品(五割引)

 スズナが訪れた店は、巨大なテントで出来ていた。

 円形に内部空間が広がり、外から見るよりも広く感じる。とはいえ、大通りにある露店と比べれば閉鎖的だ。ある種、奴隷商としては正しいたたずまいだろう。


「奴隷が入荷したというのは本当ですか」

「あ、はーい。どうぞー」


 テントの入口に立つ客引きの口調は間延びしていて、どういった店を目指しているのか判然としないが。

 客引きもそうであったが、テントの中にいる女店員も衣装の露出度が酷い。風俗店ではないかと怪しみながら、スズナは近くの女店員にたずねる。


「入荷した奴隷はどこにいる?」

「こちらでーす」


 スズナが案内されたのは、テントの中央だ。

 起きて半畳寝て一畳の狭い牢屋が並んでいる。一つの牢屋に一人ずつ髭面の男が囚われていた。牢屋の中だけがライトアップされており、男共は迷惑そうに瞼を半開きさせている。


「この三人がそうなのか」

「はーい。そうでーす」

「ステータスは……ほう、パネルに表記してあるのか。レベルは20、25、32。三人とも盗賊シーフなのか……ううむ」


 奴隷に堕とされた男等から直接聞き出したステータスが、牢屋の前にある板に書かれてある。

 スズナは難しい顔を作り、指を一本、口元に立てらせる。静かにしろというジェスチャーに似ているが、これがスズナ独特の思考スタイルだ。

 つまり、今スズナは悩んでいる訳である。


「盗賊か。盗賊は少し困る」

「奴隷の焼きごてを入れますので、極悪人でも安全に使役できますよー」

「あ、いえ。ちょっと職業がかたよってしまって」


 スズナの悩みポイントは、奴隷の職業だ。販売されている奴隷は全員盗賊職であり、バリエーションが不足している。

 本来、地下迷宮において盗賊職の代表スキル『宝感知』『罠感知』『暗躍』は重宝される。

 『宝感知』は儲けるため。

 『罠感知』は生存率向上のため。

 『暗躍』は未探索領域への斥候のため。色々と使い所は多い。

 ただ……ナキナの勇者候補パーティは盗賊職を必要としていない。スズナとスズナの上司たる老人、グウマは互換あるスキルを所持しているからである。


「この奴隷達は南方の魔界にいたそうですよー。レベル32の奴隷は、一年も魔界で暮していた実績があるのでお勧めでーす」

「レベル32でこの値段なのか?」

「この要件を満たしている奴隷が、何とたったの六百マッカル金貨。お喜び価格ですよー」


 スズナは金貨の袋の重さを感じながら更に悩む。

 予算の三百マッカル金貨に対して、最もレベルが高い奴隷の価格は六百マッカル金貨。完全に予算オーバーしているのだから、スズナの悩みは無意味なものかもしれない。

 並んでいる三人の内、最も安いレベル20の盗賊職でも五百四十マッカル金貨。

 通常の労働奴隷が、高くても三百マッカル金貨なので、かなりのぼったくり価格だ。技能を持っている人間の価値が上がるのは当然だと、店側は憶さず主張している。

 成人男性のレベル20、30は平均と言える。

 しかし、スズナから見れば正直残念なレベルだ。購入しても足手まといにしかならない。偉そうな思考をしているが、レベル40のスズナがそう感じるのは仕方がないと言えた。


「あの。ここの三人だけでしょうか。その。もっと手頃な奴隷が良いのですが……」


 スズナは駄目元で、店員に対して他に奴隷を売っていないか聞いてみる。

 口調の割に案外有能な女店員は、店長ぉー、と奥にいたふくよかな婦人に声を掛けた。

 婦人がキセルで示した先は、テントの入口付近だ。そこには犬小屋の大きさしかない牢屋が存在し、内部の暗がりに人がうずくまっている。中央で売られている盗賊職三人よりも悲惨な扱いだ。

 暗がりで見え辛いため、スズナは己のスキルを発動させる。


「……『暗視』術」


 灰色の服を着た人間がうつ伏せになっている。骨格から男だと分かるが……酷く弱っている様子だ。



「五十パーセントオフ??」

「お買い得ですよー」



 牢屋には、手書きのラベルが貼り付けられている。五割引を意味するラベルに哀愁を感じさせないように、文字はカラフルだ。


「あの。本来の値段はおいくらです?」

「ええっとー。四百マッカルですー」

「四百の五割引で、ニ百マッカル。や……安ッ」


 先の三人と違って、奴隷のステータスについて記載がない。

 五割引という人を引き寄せる呪文にスズナは食い付きそうになってしまうが、理性を動員して踏み止まる。安物を買ってくたびれるつもりは無いのだ。


「この奴隷もー、魔界産の盗賊だと思われますー」

「思われます?? ステータスを確認していないのですか」

「言葉が通じないんですよー。購入していただいた後でご確認くださーい」


 やはり、安いだけあって難物らしい。

 石に見えるだけの原石かもしれないから、いちおう中身を確認しておこう。そう思いスズナは牢屋の前に立ち、中腰になって鉄格子の内側を覗き見るが……、奴隷は全く動かない。


「あの。動かないんですけど」

「生きていますよー」

「顔を確認できませんか」

「どうぞー。噛んだりしないのでセルフでお願いしまーす」


 何となく女店員の不親切な態度に疑問を覚えつつ、スズナは手を伸ばす。うつ伏せになっている奴隷の肩を押し上げ、顔を見た。



「か、仮面か……うっ、なんっ、だ」



 生理的な気色悪さからスズナは口を片手で塞ぐ。

 牢屋の中にいる奴隷の顔を目撃した瞬間、悪寒がスズナの背筋を疾走する。悲鳴を上げなかったのは、職業柄汚れ仕事に耐性があったからに過ぎない。

 奴隷は、仮面を付けていた。

 仮面は、憎たらしくてみすぼらしい鳥が描かれていた。

 そして、仮面の目の部分の穴。その奥底は『暗視』スキルでも見えないぐらいに黒かった。


「半額も当然だ。こんな奴、とても買う気になれな……い?」


 奴隷の肩を掴んでいる方のスズナの手はあわ立っている。気色悪い節足動物の塊に触れている時と同じ生理現象だ。

 数秒後には、嘔吐してしまって仕方がない程に胃が荒れ始めている。

 ならば、さっさと手を離してしまえば良いはずだが……スズナは仮面から目を離すのをどうしてか躊躇ためらってしまう。


「いったい、どうした。私?」


 悪寒は今も続いている。

 そうでありながら、蜜に誘われる蝶の宿命のようにスズナは手を離せない。

 この症状は仮面の目を見た瞬間から始まっている。何らの呪いだと推測される。そこまで分かっているのにスズナは手を離せず硬直を続ける。

 動悸がして胸が苦しい。まるで、呼吸するのも辛い恋をしたような症状であるが、鳥の仮面のどこにスズナが惹かれる要素があるだろうか。


「く、クソ」


 スズナは、無用心に奴隷に触れてしまった己の失態を口汚い言葉で恥じる。

 店員に助けを求めるしか方法はないだろうと息を吸い込んでいると……仮面の奴隷がスズナの手を弾いた。そのまま体を反転させて、テントの壁側へとそっぽを向けていく。



『女は離れろ。そろそろ、『淫魔王の蜜』が来る頃だ』



 聞いた事のない言語がスズナの耳に届いた。

 返事を返さず、スズナは牢屋から跳び退く。


「どうでしたー?」

「い、いや。これは買えない」

「あーやっぱりー。店長から、お客さんには七割引で売っても良いって許可貰っていますがー」

「確実に呪われている人間と一緒に、地下迷宮に入りたいとは思わない」


 スズナは未だに動かない片手を背中に隠しながら、テントの店から逃げるように立ち去る。

 女店員のまたどうぞー、の声を背中に受けながら、空気の良い外界へと脱出した。

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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
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 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない  (絶賛、連載中!!)


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