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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第五章 隠れ里襲撃
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5-12 異世界に吠える

 暗澹あんたん空間が晴れた時、アイサはひたすらに驚いた顔付きをしていた。

 それは、遠くでエルフの弓隊を指揮しているアイサの姉、トレアも同様だ。

 トレアは妹が矢を受け即死したと思い顔を青くしていたのに、突如発生した暗澹空間が晴れた後、動き出した妹を目撃し、口を大きく開けたまま硬直してしまう。現実に感情が追随できてないのをノロマ、と断じてやるのは少々酷か。



『僕は……死んでいない? あれは……夢ではなく、現実??』



 蘇ったアイサ自身も、状況変化に対応できているとは言い難い。

 宝石のように輝いている青い目が、目前で開閉を繰り返す。俺がアイサをかかえているのだから当然の距離である。倒れたアイサを地面に落とさまいと、咄嗟とっさに受け止めた結果だ。

 アイサは見た目通り軽いのに、俺は額から脂汗を流す。

 もう腕の力が入らず、ゆっくりとアイサを地面に下ろしていった。


「……これは不味い、な。血も肉も失い過ぎだ」


 アイサの肉体を回復させるのに、俺の肉体を分け与え過ぎた。意識を集中させても視界がブレる。ただの貧血ではないだろう。


「これは臓器を一つ二つ、持っていかれたな」


 次の瞬間にはぶっ倒れてしまいそうな容態だ。

 この状況で、再びエルフ共から矢を射られては敵わない。同じ人間を二度もたたる余裕はないため、アイサからニ、三歩と下がっていく。


『待ってっ! 僕が助けるつもりだったのに、結局、助けてもらってばかりで僕はっ!』

「邪魔だ。離れろ」


 アイサや弓隊が動くよりも早く、トレアが弓を引いていた。俺に対して大声で叫んでいる。


『お願いだ。アイサから離れてくれッ』


 また妹が巻き込まれるよりも前に、俺を仕留めに動いたのだろう。

 先程まで硬直していた割に決断能力は悪くないが、俺を始末する決断自体が間違っている。義理人情の無いエルフを非難したところで栓無いが。


『もうッ。私から家族を奪わないでくれッ』


 トレアとの距離はたったの百メートル。人間族の弓ならば有効射程外であるが、エルフならば当ててくるだろう。

 回避手段も防御手段も思い付かない。

 更に面倒臭い事に、再びアイサの馬鹿が俺をかばおうとしている。トレアが妹を誤射しない程の名手である事に期待したかった。


『人間族はいつも私から大切な者を奪っていくッ。もうッ、たくさんだ!!』


 叫び上げるトレアは眼光鋭く、矢を放った。

 エルフ製の矢は、大気を切り裂き、容赦なく体に突き刺さる。


“――仲間ァ。仲間ァ。仲間ァノタメェ”


 ……地面に転がっていた、ハルピュイアの屍骸に突き刺さる。既に事切れていた醜い鳥が独りでに動き始めて、射線上に羽ばたいたからであった。


『まさか、ゾンビ!? これもお前の仕業かッ!』


 動き始めたハルピュイアは一体だけではない。エルフが無駄に撃ち落していた十羽近くのハルピュイアが死んだまま蘇って、エルフの弓隊とたわむれている。

 俺が海中から引き上げたアイサと比較し、ハルピュイアは蘇り方がお粗末だ。地面に落下した際にはみ出た内臓を引きずっているのが大半である。

 所詮は魔界最下位のハルピュイア。蘇ったところでエルフに太刀打ちできるはずがない。


『邪魔だ! どけ、どけぇえぇ!』


 だが、足下でバタバタ暴れては集中力が切れるというものだ。矢先で突き刺しても、既に息絶えている屍骸に対しては効果が薄い。必然的に弓を手放して、ナイフで四肢を解体していく作業に従事しなければならなくなる。

 ハルピュイアのゾンビ化について心当たりはないが、エルフの弓隊は隊列を乱した。逃げ出すのなら今しかない。

 そう思って足を踏み出すが……満身創痍の体は言う事を聞かず、崩れるように転がっていく。


『キョウチョウ。逃げよう!』


 転がる俺を背負って走り始めたのは、アイサだ。

 肉体が完全回復しているアイサは、俺とは異なり足取りは確かだった。重心が安定していないはずなのに、アイサの『力』は問題なく俺一人を抱えきれた。




 集落から出てしばらく、背負われる上下振動に吐気をもよおした頃に、アイサの背中をタップする。


「……ここで、下ろせ」

『な、何?』

「もう十分だ。……俺を、下ろせ」


 怪訝な顔をしながら、俺の言葉の意図を読み取ったアイサが俺を背負うのを止める。

 数十分ぶりに足を地面に付け、一息を付こうとして吐血してしまった。

 傷だらけの体のどこから治療すれば良いのか悩ましい。リッター単位の輸血が必要なのは間違いないだろう。

 とりあえず、腕に刺さっている矢が痛くてわずらわしいので、無理やり引き抜く。


『手当するから、自分で矢を抜かないで』

「アイサは、帰れ。姉もいるんだろ」

『キョウチョウの体はこんなにも普通なのに、何で、僕に奇跡みたいな事ばかり』

「どこも痛いが、血が一番足りない。血をどうにか――」


 疲弊しているはずの心臓が、ドクり、と大きく鼓動した。生命の危機に瀕した宿主を救うため、バッドスキルさえも俺に協力を申し出たらしい。

 伸びていく犬歯の先には、アイサの首筋がある。


==========

“実績達成ボーナススキル『吸血鬼化(強制)』、化物へと堕ちる受難の快楽。


 吸血により、一時的なパラメーターの強化、身体欠損部の復元が可能”

==========


『薬草も足りない。止血する布さえないなんて。一体、どうしたら』

「血が、血が、そこに……新鮮な、鮮血ヲ」

『ねぇ、キョウチョウには何か手段がない……あっ』


 アイサも俺の犬歯に気付いた。

 仮面の裏面で怪しく光る、赤い目にも気付いただろう。

 何より、盗賊の首筋をえぐったシーンを目撃しているアイサならば、俺が誰の血を飲みたがっているのか分かるはずだ。

 死に掛けの俺から逃れるのは容易い。さっさと逃げろ、アイサ。

 そう願っていると、何故かアイサは首元の髪をかき分けた。


『良いよ。キョウチョウなら』


 何を言っているのか、アイサの言葉が理解できない。


『散々僕を助けたキョウチョウだもの。キョウチョウの命を奪おうとしたのも僕だから。……僕の命はとっくの昔に、キョウチョウのものだよ』


 何をしたいのか、アイサの思考が理解できない。

 所詮は異世界の異生物だ。吸血鬼化が進んでいる俺から逃げない理解不能な行動を取る事だってあるのだろう。

 理解する必要があるのかと言われると、無い。生命の危機に瀕しているのだから、早く犬歯を柔らかい動脈に突き立てて血をすするべきなのだ。

 そもそも、俺にアイサの思考を知る術はない。言葉が通じない。

 うるんだ青い瞳だって証拠になるものか。


『キョウチョウ。僕を受け入れて』


 だが……俺はアイサが何を考えているのか知ってしまう。

 アイサが俺の上唇を奪った瞬間、俺の網膜内に答えが浮かび上がる。


『僕は……キョウチョウが好きだよ』


==========

“スキルの封印が解除されました。スキルが更新されました

 ステータス更新詳細

 ●実績達成ボーナススキル『吊橋効果(大)(強制)』が『吊橋効果(極)』に格上げされました”


“『吊橋効果(極)』、恋愛のドキドキと死地の緊張感の類似性を証明するスキル。


 死亡率の高い戦闘であればあるほど、共に戦う異性の好感度が指数関数的に上昇する。

 指数関数的なので、まずは2以上に好感度を上げておかなければ意味はない。

 異性であれば誰に対しても有効なスキルであるため、不用意に多数の異性と共に戦うと多角関係に発展してしまうので注意が必要――人生において決死の戦いを挑む機会などそう多くはないだろうが。

 多角関係を円滑に保つ効果はない。ゆえにスキルを乱用すれば、刃傷沙汰は回避できない”


“実績達成条件。

 恋愛に興味のない異性を戦場で惚れさせる”


“≪追記≫

 誰からも嫌悪される仮面を装備。

 異性ではない生物を異性にする。


 この実現不可能な制約を突破した者はかつて存在しない。本スキルの極みに達したと言えるだろう。

 極めた恩恵として、強制は解除されたが、本スキルの運用には錬度が必要。

 異性に対して魅了チャームの呪いに等しい効果を発揮する。好感度が0の異性であっても、言い知れぬ感情変化からは逃れられない。

 なお、魅了にはパラメーターが最大五割減、スキル失敗など強力なデバフ効果が存在”

==========


「ふ……ふ……、ふッ、ふざけるなよッ。アイサみたいな理解不能な奴から、血を飲めるかッ!! 『暗澹あんたん』発動ッ!」


 即座にアイサを突き飛ばす。

 すかさず『暗澹』スキルを発動させて、半径五メートル圏内を闇に埋没させた。

 血が足りない、と死に掛けていた癖に、まだまだ体は動いてしまう。アイサから逃れたい、その一心で魔界の森へと落ち延びていく。


『えっ、消えた?? ま、待って。キョウチョウ!』

「エルフは森で一生暮していろ、俺なんかにもう関わるなッ。俺なんかと一緒にいたら、弱いアイサは死んでしまうだろうが! ああああ、『暗躍』発動ッ!」


 『暗躍』の発動も忘れない。持てるすべてを賭さなければ、アイサから逃れるのは不可能だと直感したからだ。


『キョウチョウォォぉ!!』


 遠ざかるアイサの声を聞いて、心底安心してしまう。

 異世界において、誰も俺を助けてない。そう信じていた中で現れたアイサが、仮に、本当に俺の支えとなってくれるのであれば……置き去りにしてしまって、後悔しないはずがない。


「あんな小娘に、依存していられるか」


 だが、今のアイサでは俺を支えるのは不可能だ。事実、アイサは一度死んでいる。

 俺に惚れている子が、俺のために死んでいく。そんな未来しか想像できない現状で、アイサに惚れられるメリットなど存在しない。

 だから、俺は逃げだのだ。

 これでアイサに嫌われるのであれば、望み通りと言えるだろう。


「クソ。クソッ」


 アイサと俺のパラメーターはほぼ同等であるはずだが、もう声が聞こえてこない。無事に逃げ切れたのだろう。


==========

“スキルの封印が解除されました

 ステータス更新詳細

 ●実績達成ボーナススキル『暗影』”


“『暗影』、やったか、を実現可能なスキル。


 体の表面に影を纏まとい、己の分身を作り上げるスキル。

 即死するはずの攻撃が直撃したとしても、作り上げた影に攻撃を肩代わりさせる事が可能。なお、本人は、半径七メートルの任意の場所に空間転移できる”

==========


 アイサから逃れるのに全力を出した結果、網膜上に何か浮かび上がる。とはいえ、目に浮かぶ液体が邪魔で何も読めない。


「クソッ! 異世界は馬鹿か! なんでこう極端なんだよッ」


 もう走らなくても良い気がするのに、感情が邪魔して走るのを止められない。燃料切れのロボットのように突然倒れてしまうと予期しながら、俺は疾走を続けた。


「異世界の、馬鹿野郎ッ!!」


エルフの隠れ里編とでも言いましょうか、本章で区切りとなります。


現在の凶鳥のステータス

==========

“●レベル:5”


“ステータス詳細

 ●力:9 ●守:3 ●速:11

 ●魔:1/1

 ●運:5”


“スキル詳細

 ●実績達成スキル『吸血鬼化(強制)』

 ●実績達成スキル『淫魔王の蜜(強制)』

 ●実績達成スキル『記憶封印(強制)』

 ●実績達成スキル『凶鳥面(強制)』

 ●アサシン固有スキル『暗視』

 ●レベル1スキル『個人ステータス表示』(強制解放)

 ●実績達成スキル『正体不明(?)』

 ●アサシン固有スキル『暗器』

 ●アサシン固有スキル『暗躍』

 ●実績達成ボーナススキル『経験値泥棒』

 ●スキュラ固有スキル『耐毒』

 ●アサシン固有スキル『暗澹』

 ●死霊使い固有スキル『動け死体』

 ●実績達成ボーナススキル『吊橋効果(極)』

 ●アサシン固有スキル『暗影』

 ×他、封印多数のため省略。封印解除が近いスキルのみ表示”


“職業詳細

 ×アサシン(?ランク)(封印中)

 ●救世主(初心者)(非表示)

 ●死霊使い(初心者)”

==========


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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
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 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない  (絶賛、連載中!!)


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