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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第五章 隠れ里襲撃
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5-10 アイサの挺身

 アイサは、両手を大きく広げていた。

 まるで俺をかばうような仕草であり、エルフの弓隊の反射神経が悪ければ本当に射られていたに違いない。なんて怖いもの知らずな子なのだろうか。

 矢で地面に縫い付けられている俺に対して、アイサは振り向きながら語り掛けてくる。



『僕が、“助ケル”から!』



 一部の単語が日本語の「助ける」に似ているけれど、発音が可笑しいのできっと聞き間違いだろう。

 俺を助けてくれる者が、異世界に存在するはずがない。もう十分に思い知っている。無価値な者を助けるような愚か者の実在を、どうして信じられる。


『姉さんッ! もう止めてよッ』

『アイサがどうして!? 拘束していた二人は!』

『この里には、分からず屋が多過ぎるんだ!!』

『あの優しいアイサが逆らったのか?! くッ、今すぐそこをどくんだ! お前は混乱しているだけ。鳥面に呪われて、精神支配を受けている』


 そもそも、アイサは細く小さい。か弱いと言うべき少女である。

 そんな子が助けようと思う相手は、同年代未満の幼児ぐらいなものだろう。二回りも身長が違う俺をかばう行動は、傍から見て酷くチグハグだ。



『そうだよッ。僕はとっくの昔にキョウチョウにたたられている!』



 アイサも、エルフ語も意味不明なので、絶対に期待してはならない。


『ならば、鳥面を殺してお前を解放してやる』

『キョウチョウは僕を助けるために、祟ってくれたんだ! 僕だけじゃない。里の子供達を助けてくれたし、オーガとも戦ってくれたのに。恩をあだで返してキョウチョウを追い詰めないでよ!』


 それでは、アイサは何を考えているのか。

 長耳の行動理念など知る余地は無いが、俺の処遇について姉妹で見解の不一致があるのは確かだろう。

 アイサは感情的な声を上げている。言葉を重ねるたびにトレアは戸惑った顔付きになっていく。仲の良い姉妹だと思っていたが、ここに来てアイサに反抗期が訪れていた。

 死に掛けていて思考する事さえ難しく、辛い。

 どうせ結果は変わらないのだから、とアイサの足に手を伸ばしてどかそうとする。が、アイサは踏ん張ってその場から動こうとしない。


『姉さん達は間違っているッ。元が精霊のエルフなら、もっとキョウチョウの善性を感じ取ってみせてよッ!』


 アイサが何かを訴えた途端、トレア以外のエルフがいきどおって弓の弦を引き始めた。


『エルフが呪われるなど、愚かな!!』

『幼精ごときが偉そうにッ』

『アイサがあんな反抗的な態度を取るものか。中身を喰われたに違いない。アレは……皮を被った偽者だ!』


 短気な美人共が実に多い。弓隊の半数がわった細い目付きとなり、焦点を合わせていく。


『エルフはどの種族よりも優れていなければならない。屈辱を得たままで良いのか!』

『おい、あの子は私の妹だぞ。何をしている!』

『あの幼精はもう助からない! ならば、エルフとして殺してやるのが同族のよしみであろう!』

『よ、よせッ、言う事を聞け!!』


『殺された仲間達を思い出せ! 殺せ! 里の平穏を、取り戻すぞ!』


『殺せ!』

『殺せ!』

『殺せッ!!』


 ネミエ《殺せ》、ネミエ《殺せ》とやかましくエルフ共が声を上げる。

 覚悟を決めて輪唱する多勢の中では、トレア一人の制止の声など紛れてしまう。トレアは近場で射撃体勢に入っているエルフを殴り、昏睡させているが手が全く足りていない。

 言葉が通じなくても、殺気は理解できる。エルフ共はアイサごと俺を撃ち抜く事を決定した。同族とて容赦しないとは非情な奴等である。

 やはり、エルフとは真に祟られるべき種族――。


『キョウチョウは僕が守る。絶対』


 ――であるのは間違いない、が……。


「勘違い……だろう、な」


 強情にも矢の射線から動かず、両手を広げ続けるアイサ。

 アイサも殺される寸前と理解しているはずなのに、死の恐怖におびえる生物らしさが無い。己が盾として機能すると信じきっていて愚かしい。


「絶対に、俺の勘違いだ。アイサが……俺を助ける、はずがない」

『アイサッ! 避けろッ!!』

『僕は動かない!!』

「……でも、良いか。もう」


 愚かしいが、アイサの姿勢に勘違いしたくなった。少なくとも……人生救われない事を我慢できるぐらいに、ドス黒い心が抑制された。

 俺は震える指先で、仮面をしっかりと付け直す。

 その次は、アイサを引っ張るために立ち上がっていく。



「邪魔だ」



 アイサを祟る俺が、アイサの意志を尊重しないのは正しい。

 アイサの意思をくじくために、全力を出すのは当たり前だ。

 人をおとしめる快感は、激痛を無力化する麻薬に等しい。刺さった矢に筋肉の動きが阻害され、一ミリ動かすだけでも痛撃に襲われる体を無理やり動かす事など造作もない。矢で地面に縫われた左手が動かないのであれば、左手の穴をギチギチと拡張して完全に貫通させてしまえば良い。

 うつ伏せから膝立ちへ。

 膝立ちから片膝を。

 最後に、もう片方の膝も。

 完全に立ち上がった俺は、アイサの肩を掴んで射線上から引き離す。

 パラメーターの『力』はほぼ互角だと思われた。

 パラメーターが互角であったとしても、今の俺が全力を出せるとは思えなかった。

 だから、アイサが引っ張られていくのは奇妙だろう。


==========

“実績達成ボーナススキル『淫魔王の蜜(強制)』、飽きず、枯れず、満たされず。


 性的興奮の対象となった異性の『力』に対し、六割減の補正を与える。性別判定は、本スキル所持者の主観に異存する。欲情できる相手であれば異性と判断される”

==========

“凶鳥:ステータス詳細

 ●力:9”

==========

“アイサ:ステータス詳細

 ●力:4 = 10 + 6(-)”

==========


 だが、バッドスキルの数少ない有益な効果を発揮するのは、今が最高のタイミングだった。

 ……はずであった。


『そうだよね。キョウチョウは、きっと、そうすると思っていた』

「なァっ! アイサッ」


 完璧なタイミングであったのだ。

 まさか『淫魔王の蜜』の効果を知られていたはずがない。

 だというのに、俺はアイサの罠に引っかかる。掴んだはずのつたの服がほつれて、空振りしてしまったのだ。服の縫い付けが甘かったのではなく、アイサの意思で服の一部が分解した。


 結果、俺だけが勢い余って射線上から外れていく。

 結局、アイサだけが矢の射線上に留まった。 


 こうして、アイサが見計らったタイミングで矢の雨が殺到する。

 一斉射される矢が重要な器官を貫く。破き、壊していく。少女の体だ。百メートルも離れていない位置からの射撃であれば、例え盾を構えていたとしても貫通するのは容易いものだろう。

 動脈も静脈も弾けて、血が吹き上げる。

 体の末端を矢がかすめたならば、欠損した肉片が飛んでいく。ゼラチン質の何かが飛ばされていくが、それは耳の一部だ。

 だが、アイサは耐えた。

 体からやじりが突き出る事は許しても、それ以上先に進ませる事だけは許さなかった。矢が飛び去る数秒の間だけであるが、『守』のすべてを引き出そうと、筋肉に力を込めて耐えてしまう。


 雨が止み、静寂が訪れる。


 弁慶の仁王立ちとはいかず、アイサは足を砕いて倒れ込む。

 地面に倒れるのを許さずに受け止めたが、もうきっと手遅れ。

 俺達は鼻が触れ合う距離で対面する。



『ほ……ら、僕は……キョウチョウ、“助け”……たよ』



 血みどろのアイサは、何故か達成感に包まれた表情だ。


「喋るなよ、馬鹿ッ」


 ……痛々しい顔には、笑顔になれる要素が一切無いというのに。

 片目は完全に潰されていた。水晶体が涙のように流れてしまっている。食い込んだ矢の先は、頭蓋の奥に届いてしまっているだろう。

 無理に言葉を作った口元は、赤黒い血を吐き出している。排出できない血が肺に相当量溜まって、溺れ死ぬ苦痛を味わっているはずだ。


『これで……許してくれ――ぁ』


 俺も酷い容態だが、アイサはあっと言う間に俺を追い越して致命的だ。

 もう数秒も持たずに、死亡するだろう。

 いや……。

 小さく息を吸い込んだ直後、青い目からは瞳孔反応が消失した。

 アイサはもう死んでい――。


「許すかッ!! 絶対に、許すものかッ!!」


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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
 ◆コミックポルカ様にて連載中の「魔法少女を助けたい」 第一巻発売中!!◆  
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 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない  (絶賛、連載中!!)


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