5-8 損益分岐点
「無事ですか、姉さん!」
「アイサこそ無事だったのかっ!」
里の抹殺対象であった呪われた男、鳥面がどうして現れたのか。エルフ達は一様に怪訝な顔付きをしながら、広場中央で戦うオーガと鳥面の戦闘を静観している。
というよりも、エルフでは手出しできずにいる。
ダメージを無効化するオーガが非常識過ぎて攻撃できない。
また、そのオーガに近接戦闘を仕掛ける鳥面も十分に非常識で手を出したくない。真っ黒い半球空間はスキルなのか魔法なのか。未知の存在であるのは確かである。
「キョウチョウにお願いしたの。僕達も援護しないと」
「キョウチョウ??」
「鳥面の人!」
戦況はオーガが優勢だろう。ただ、オーガは嫌がっているような素振りを見せている。焦りからか動きにムラが多くなっている。
また、パラメーターを確認する時特有の、焦点の合っていない目付きでオーガは虚空を眺めている。すると、愕然としながら口を半開きさせた。
「なるほど。目には目を、厄介者には厄介者か。でかしたぞ、アイサ」
「違うんだ。僕がお願いしたからキョウチョウさんは戦ってくれて」
「全員、どちらか片方が潰れるまで手を出すな。残った方を、残存しているエルフで総攻撃をし掛ける」
「待ってよ、姉さんっ! どうしてそう考えてしまうの」
怒りのままに暗黒半球へと棍棒を投擲したオーガは、手応えの無さに不審な表情を作る。
その彫りの深い顔へと、暗黒空間から棍棒が伸び出て直撃。やはりダメージは受けていないようであるが、衝撃で上体を仰け反らしていた。
「アイサ。良くやったぞ。これで里長もお前を認めるはずだ」
「違うんだ。そうじゃないんだよ。姉さん。キョウチョウを援護して、一緒に里を救うんだ。キョウチョウは里を助けてくれているんだ」
主戦場から百メートル程離れた場所は安全地帯だ。
だというのに、何故だか暗雲が立ち込めようとしている。仲が良いと評判の姉妹に亀裂が生じようとしている。
「援護? 助けてくれている? アイサ、何を言っている??」
姉たるトレアは、妹のアイサの言動が奇妙であると気付いた。
「キョウチョウは良い人だったんだ」
「アイサ……お前」
「僕達はキョウチョウに酷い事をしてしまったのに、それでもキョウチョウは僕達を助けてくれる。姉さん、後で一緒に謝ろう」
トレアは一度苦渋に満ちた顔を見せる。レベルの低い妹を単独で任務に当たらせた所為で、呪われた鳥面に感化されてしまった。恐らく、精神作用系のあるスキルにより、鳥面の従僕と化している。
青い目は濁っていないので軽度なステータス異常だろうが……トレアは鳥面に対する憎悪を新たにした。
詰め寄るアイサの頭頂部を撫でた後、トレアは冷たく言い放つ。
「アイサを拘束だ。状況が落ち着くまで、自由にしてはならんぞ」
「姉さんッ!?」
トレアの指示を受けた近場のエルフが二人、アイサの腕を掴んで動きを封じた。
そのまま戦場の正反対の方向へと連行していく。
「待ってッ、お願い、姉さん! 僕の話を聞いてよ!」
アイサの声が遠退くにつれて、トレアは姉としての顔を消し去った。代わりに指揮官として、エルフの隊列を整えていく。
「鳥面め。オーガでも良い。早く、決着を付けろ。その時がお前達の最後だ」
「『暗器』解放!!」
異空間格納していたオルドボの棍棒を解き放つ。
収納時のベクトルが保持され続けていた棍棒は、オルドボの膨大な『力』で投擲された威力をそのままに、オルドボ本人の頭部に衝突した。
「ま、またッ、おでの『金』がァッ!?」
『暗澹』を解いて、代わりに『暗躍』スキルを発動する。気配を消しながらオルドボの背中に回り込む。
オルドボの背筋はデコボコと筋肉が浮かび上がっており、ロッククライミングには丁度良い。足を掛けて登り切ると、オルドボのでかい頭の髪を掴んで振り落とされないようにする。
「これだけ近ければ効果が高いだろ! 『鑑定』発動ッ」
右手でエルフの宝石を構えてから、金色に濁るオルドボの眼を五センチの距離で直視した。
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“ステータス詳細
●金:九、九七八、六〇一枚マッカル金貨相当”
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想像通り、距離に比例して『金』の減少速度は加速した。
恋人同士の距離というか、死亡確認を行う医師のように宝石越しにオルドボの眼と、その奥底、網膜さえ超えた先にある深遠を覗き見る。
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“ステータス詳細
●金:九、九五七、三五九枚マッカル金貨相当”
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加速していく『金』の減少に、オルドボは叫び上げた。
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“ステータス詳細
●金:九、九二二、九九九枚マッカル金貨相当”
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「いや、減っているし、加速しているけどさ……総数に対しては成果が〇.五パーセントか。微小が過ぎる」
「下りろォッ。何の恨みがって、おでの『金』を無くすんだ!」
「恨みならある。お前、魔王連合の一味だろ」
「おではお前みたいな鳥の仮面付けた奴なんて、知らねぇだァッ!!」
これまでの戦いで削れた『金』はだいたい七万枚マッカル金貨相当で、今も秒五千枚を越える速度で減少し続ける。
オルドボが眼を閉じて、頭を左右に振る。更に両手で掴みかかってきたので一度中断する。
『鑑定』されている片目だけで十分だというのに、両方の眼を閉じていたのが余分だったのだろう。圧倒的にパラメーターが低い俺をオルドボは取り逃す。
地上に降り立った後、素早く場所を移動。
落としていた棍棒を再び『暗器』で回収してから、やや距離を離す。
「仮面のお陰か、『正体不明』スキルのお陰か。オルドボは俺に気付いていないのか……」
独り言を呟やきながら呼吸を整える。
どうやら、オルドボは俺の事が分からないらしい。『凶鳥面』で顔が隠れているからというよりは『正体不明(?)』による効果だろう。
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“『正体不明(?)』、姿を目視されても相手に正体を知られなくなる。
相手が『鑑定モノクル』のスキルを所持したとしても、己のステータス情報の隠匿が可能。ただし、このスキルは正体を隠すだけの機能しか持たないため、探索系魔法やスキルには何ら干渉はしない”
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記憶を失う直前、俺を捕らえた三体の高レベルモンスターの中にオルドボがいたのは間違いない。確か、迷宮魔王に仕える三騎士とか何とか。オーガの癖に騎士を名乗ったので印象深い。
魔王連合がどこまで俺を危険視していたのかは不明だ。が、魔王自らが追撃してくるぐらいにはマークされていたはずである。
今後の活動を考えれば、俺の正体が判明していないのは都合が良い。
まあ、一番はここでオルドボを討伐してしまう事であるが、無理は言うまい。
「このぉ、これ以上はッ」
「お、瞼を開いたな。『鑑定』再開っと」
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“ステータス詳細
●金:九、九一五、七七二枚マッカル金貨相当”
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距離が開いたため、減少速度が低下してしまったか。
「ノオオオォォォォ!!」
日差しを遮るように片腕で掲げ、突進してくるオルドボ。
レトロゲーの主人公よろしく、接触しただけでも即死してしまう。ぎりぎりの距離で、格納しておいた棍棒をつっかえ棒のように解放して九死に一生だ。
実は、もう手段がない。事前準備もなく強敵に挑んで今まで良くもったものである。
悪足掻きのために、オルドボの金眼を『鑑定』し続ける。
「まあ、これが限界だよな」
アイサに死ねと懇願されたから、がんばって生きようと足掻いてみたのに、やはり無理があった。
後は、オルドボに首根っこを掴まれれば終了だ。
「お、おでっのか、かかかかか金が、ぁっ」
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“ステータス詳細
●金:九、八九九、九九九枚マッカル金貨相当”
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「ああ、あああああ、赤字だァァァッ!?」




