5-7 オーガ鑑定
碧眼色の宝石越しに、オーガの金眼の奥にある個人情報を暴き出す。
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“●レベル:56”
“ステータス詳細
●力:287 守:205 速:47
●魔:162/162
●運:0
●金:一〇〇〇万枚マッカル金貨相当”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●オーガ固有スキル『力・良成長』
●オーガ固有スキル『クリティカル率上昇』
●オーガ固有スキル『突撃無痛』
●実績達成ボーナススキル『成金(強)(強制)』
●実績達成ボーナススキル『ゴールド・アーマー』”
●金融業者固有スキル『計算能力上昇』
●金融業者固有スキル『パラメーター追加(金)』
●金融業者固有スキル『個人金庫』
●金融業者固有スキル『高利貸し』
●金融業者固有スキル『経営的カリスマ』
●金融業者固有スキル『ギルドマスター』
●盗賊固有スキル『宝察知』”
“職業詳細
●オーガ(Bランク)
●金融業者(Sランク)
●盗賊(初心者)”
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「何だこいつ!? 職業が三つも! てか、兼業可能なのかっ」
「お前ェ、はッ、昨日アジトでェ! おでの金貨一万枚を――」
オルドボを『鑑定』して得られた結果は、俺を驚かせた。
パラメーターそのものについては、そう驚くに値しない。レベル50として抜きん出た性能を所持している訳ではないからだ。現状の俺と比較すれば悲惨な差が付いてしまっているものの、俺だって残り四十五回レベルアップすれば追い付ける。
ただし問題は、スキルと職業だ。
俺は俺を過信していた。スキルの質はともかく、数にはそこそこ自身があるつもりでいたのだ。
ところが、目前のオーガは俺よりもスキルを多く所持している。無いプライドが凹む。
「――なッ!? おでの『金』が減っているっ!!」
いや、スキルだけならば諦めが付いただろう。
だが……このオーガ、なんと三つも職に付いている。なんて、働き者なのだろう。
人間の俺が無職だというのに、オーガごときが就職している。兼業さえしている。これには本当に精神が削られた。
異世界ではモンスターでさえ金融業者を営むのか。
無職に対する当て付けにしても、程度というものがないだろうか。
やっぱり、働いていないと人生負けだ。
「宝石越しに見られているだけェっ?? お前ェ、よくもおでの金をォ!!」
「ん、珍しいパラメーターがあると思っていたが、どれどれ」
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“ステータス詳細
●金:九、九九五、六七八枚マッカル金貨相当”
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「『金』? 俺にはないパラメーターだが、『パラメーター追加(金)』の影響か」
「金の仇ィぃいッ!!」
見慣れぬパラメーターばかりを不思議がってはいられない。
失明を伴う『鑑定』スキルを加え続けているのに、オルドボは一切苦しんでいない。予想外だ。
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“ステータス詳細
●金:九、九九〇、〇〇一枚マッカル金貨相当”
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失明しない代わりに、『金』は毎秒百枚単位で減少している様子だ。が、『金』はどう見ても『HP』ではないだろう。関連性が見えない。
気になるものの、のんびりと考察している暇はない。怒り狂うオルドボが棍棒を振り上げたのだ。
棍棒の動きを見極め……ていたら絶対に間に合わない。パラメーターの差は歴然としているので、ワンパターンで申し訳ないと思いつつもスキルに縋った。
「『暗澹』発動!」
オルドボの身長と同じ長さの硬質材が、縦一文字に虚空を切る。信頼と実績の暗澹空間がオルドボの視覚と聴覚を封じ込めたのだ。
俺は鼻先に棍棒の風圧を感じてヒヤリとしながら、一歩二歩とバックステップで後退していく。
後退している間も、俺からはオルドボの姿は見えているので『鑑定』は続けていた。
……これが不味かった。
「同じスキルがァッ、二度も通じるものかよぉおお!」
百八十度の前方空間を薙ぐように、オルドボは棍棒を大きく横に振るう。俺が『鑑定』できる位置にいると推測したのだろう。
暗澹空間に混乱せず、即時追撃して来るとは思っていなかった。レベルが高くても所詮はオーガと心の中で侮っていた事は否定できない。
そう言えば、オルドボに対しては昨夜、『暗澹』を披露したばかりだ。黄金色の奴に同じスキルを使ってしまうとは、俺が愚かだった。
広範囲攻撃の射程内から脱出しようと慌てたため、必要以上に避けてしまった。
結果、半径五メートルの暗澹空間の展開範囲内からオルドボを取り逃してしまう。
オルドボの金眼には、広場の中央に鎮座する黒い饅頭みたいな暗澹空間が見えたに違いない。太陽光を完全にシャットダウンする暗澹空間も、外部から見れば黒さゆえに目立つ。
口元を醜悪な形に変えながら、オルドボは振ったばかりの棍棒を投擲してくる。
暗澹空間の中心、俺が潜む場所を正確に打ち抜くように、棍棒は発射された。
三桁の『力』が生み出す打撃力は、俺の体を貫くだけに留まらず、細かな血飛沫へと変えてしまうだろう。
「な!? なんとかしてくれッ、『暗器』発動!」
駄目元で盾になるように体の真正面で両手を広げて、『暗器』スキルを発動させる。
戦闘開始前に実績達成携帯は紐を付けて首からぶら下げ、服の中に隠し持っているので『暗器』スキルの格納枠には余裕があった。とはいえ、敵が使用している最中の武器を奪える確信は一切無ない。
だが、『暗器』スキルは発動してくれた。
棍棒は俺の手の平に触れた途端、その質量を世界より消失させる。衝突の衝撃は一切感じられない。助かった。
「手応えがない?? ま、まだおでの『金』が減ってるのか!?」
レベル5の俺は『力』が9。
対するオルドボの『守』は205。
異世界のダメージ計算式が単純な引き算とは限らないものの、数値に差があり過ぎる。ナイフ片手に斬りかかっても一切通じないだろう。
ならば、目下のところ、最も効果的な嫌がらせたる『鑑定』を続けるしかない。『金』を減らす事で、状況が好転してくれると信じる。初めてしまったものは最後まで続けるしかないだろう。
オルドボの額に玉のような汗が浮かび上がる。
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“ステータス詳細
●金:九、九八九、三一九枚マッカル金貨相当”
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あっと言う間に金貨一万枚が溶けていく。羨ましい財力だ。溶けた分の金貨を俺にくれないだろうか。
宝石越しに見るオルドボの瞳が輝きを増す。
黄金色の炎が鮮やかで、俺の肝を冷やしてしまう。オーガが激怒している目を直視し続けるのは苦行だ。
「アイサめ……。祟るぞ」
どんなに苦行でも続けるしかない。俺はアイサに、死ねと頼まれたのだ。
エルフの集落で暴れるオルドボを止める。これを、死ねと解釈しない理由はない。
今の俺に、オルドボを討伐する術はないのだ。
だから、全力で期待に背いて生き残ってやる。