5-6 逆転の鍵
エルフの隠れ里では混戦が続いている。局所的な戦いではエルフが盗賊を圧倒しているが、全体としてはエルフの敗北は必至だ。
里を形成する大樹にエルフは住居を構えているが、既にその半分が盗賊共に攻略されていた。防御線をオルドボという圧倒的な暴力に破壊されたエルフにはもう、各所から湧くように現れる人間族を押し返す戦力が残されていない。
いや、大樹の根元で暴れるオルドボさえどうにかできれば、エルフにも勝ち目はあるだろう。
盗賊陣営はオルドボがワンマンで支えているに過ぎない。連携という概念を持たない盗賊共は、オルドボが撤退すればそそくさと逃走を開始するだろう。
実に分かり易い勝利条件であるはずなのに……エルフは苦戦していた。
オルドボの『ゴールド・アーマー』スキルを突破できないのだから当然だ。
あらゆる矢が弾かれる。
あらゆる魔法が弾かれる。
エルフの攻撃は全くの無駄という訳ではない。『ゴールド・アーマー』でダメージを無力化すれば、相応以上にオルドボの資産が削られる。かすり傷みたいなダメージでさえ金貨一枚を削れるのだから、攻撃を加え続ければいずれオルドボの金貨を枯渇させられるだろう。
……いや、そんな未来は訪れない。
オルドボがただのオーガであるのなら、最初から金貨一枚とて持っているはずがないのだ。
でありながら、今もオルドボの『ゴールド・アーマー』は機能している。オーガが偶然、冒険者が落とした金貨を所持していたのであれば、とっくの昔に巨体を包む金貨の輝きは消失している。
「おでは迷宮魔王『ダンジョン』様の財務担当だぞぉ! そんな攻撃、商会の一日の売り上げにも匹敵しない!」
人語を解する時点でオルドボは非常識なオーガであったのだ。
ならば、オルドボが人間族の国に商会を持ち、多額の利益を得ている非常識も許容できるというものだろう。
「このエルフの隠れ里全体で、ざっとマッカル金貨十万枚の収益だァ。スゴいぃ。最高のボーナス日。ぐふぇふぇ」
「――ネイブ《蔓よ》、ルドー《貫け》、ムーアイ《狙い撃つ》」
「おおォ。エルフの魔法は怖い怖い。たった一撃で、二百枚近く削ってくるな!」
魔王が運営する迷宮に人間族を誘き寄せるために配置される財宝は、すべてオルドボの商会の資産で賄えられている。モンスターでありながら、それだけの財力を有している。
オルドボと戦うという事は、魔王の迷宮に貯蔵される金貨を超える力が必要なのだ。
「皆、もっと稼げ! 略奪しろォ」
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“『成金(強)(強制)』、両手から溢れ出る金にほくそ笑むスキル。
金銭感覚が麻痺するが、持ち資産で実現可能な欲望に対する耐性が百パーセントになる。
往々にして、人は現在資産以上の金を求めてしまうため、スキルを有効活用できる場面は少ない。
強制スキルであるため、解除不能”
“実績達成条件。
マッカル金貨一万枚分の金を一日で稼ぐ”
“≪追記≫
実績達成後も金貨を稼ぎ続けて一日でマッカル金貨十万枚分の金を稼いだため、スキルが強化されている。
瞳は黄金色に変色し、常に金の事ばかり考えるようになってしまう。モンスターでありながら、金を稼ぐために人間族と協力し合うぐらいに極まる”
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金色に濁った瞳のオルドボは、この世で最も財力あるモンスターなのだろう。
オルドボが暴れている限り、盗賊共にとってボーナスタイムは続く。
欲望のままに乱獲を続ける盗賊共の一部は、エルフの里を形成する大樹の内部に押し入っていた。そこは、代々の里長が住まう部屋であり、エルフの財宝が安置される宝部屋にも通じている。
マッカル金貨百枚は下らない装飾品が、箪笥や戸棚からかっされていく。無茶苦茶に袋詰めされて、小さな細工が折れても構わない。盗賊は大事に仕舞われている宝を奪うのが仕事だ。
「うひょひょ。笑いが止らないぜ!」
「お頭ァ! こっちの鎧でかくて持ち運べねぇ」
日の目を見ない金銀財宝を世の中に広めて、富の再分配活性化させるのが俺達の役割だ。
宇宙だってエントロピーを増加させているのに、盗賊だって世の中の平均化に務めて何が悪い。
……そんな難しい事を微塵も考えていない笑顔で盗賊共は仕事に励む。
「全部いただいてく。バラせ、バラせ!」
「宝がありすぎて手が足りねェぜ、うひょひょ」
鎧のようなでかブツから、小さな宝石一つ見逃さない。下手をすれば、絨毯やタイルさえも盗んでいくつもりだろう。
「オカシラ~、オカシラ~」
小汚いフードを被った男が、訛った声と共に宝石を掲げて、成果を誇示する。
「いちいち聞くな。勝手にもってけ!」
盗賊頭に了解を得たフード男は、盗賊にしては謙虚な事に宝石一つを片手に去っていく。
「……あいつ見ねえ顔だったな? というよりも顔を隠していたな」
赤く汚れたフードで顔を隠していた男だった。
盗賊頭は不審に思ったが、ここには不審者しかいないと思い出す。すぐにフード男の存在を忘れ去って、宝採取を再会した。
黄金のオーガに打つ手の無いエルフは、弓矢と魔法による遠距離主体の攻撃を続けていた。
遅滞という意味では矢の雨も、動く植物も十分に役立っている。
しかし、矢も『魔』も残り僅かとなっているのに、オルドボは暴れまくっているのだ。普段、他の種族を格下と侮っているエルフにとって、オーガ一匹に里を滅ぼされ掛けている事実は肉体よりも先に精神にこたえている。
未熟を自覚できないエルフは、勇敢な自分を幻想してオルドボに近接戦闘を仕掛けては、挽肉と化している。
オルドボの『力』は驚異的だ。レベルが80あって初めて死体が欠損するだけで済まされる。猛者を早々に失った里には、殺されても壊れない戦士は残り少ない。
唯一の希望は、アイサの姉であるトレアのみであったが。
「クソッ! 私が囮になる。皆は里から撤退を――誰だアイツは?」
トレアが最後の決断を下すよりも早く、また無謀な挑戦者がオルドボに近づいていく。
エルフが着るワンピース形状な民族衣装ではなく、血で汚れたフードを深く被った者だった。だから最初は、盗賊の一人が親玉たるオルドボに接近しているだけだ、と錯覚できただろう。
実際、その者は里の盗品を手に持ち、オルドボに見せるように掲げている。
「お前ェ、誰だァ? その宝がどうした??」
けれども、その男がオルドボに対して敵意を持っているのは明白だ。
『――『鑑定』発動ッ!! 視神経が焼け切れろ、オルドボッ』
オルドボの目を失明させようとして、男は宝石のスキルを発動させたのだ。男が口にした異世界の言語にも、友好的な発音は一切存在しなかった。
宝石を覗き込むオルドボの目に、『ゴールド・アーマー』の防御光が充満する。