5-3 救出活動は血に染まる
平然と人攫いが起きるとは、流石は異世界である。
地球でも地域によっては珍しくないが、そういった地域は治安が悪い。紛争が起きてたり、犯罪組織が跋扈している。命が脅かされる環境では、倫理感を保てないのだろう。
ならば、モンスターの生息域である魔界で倫理を語る者こそが異常者だ。狂人と呼ばれるに相応しい。
「つまり、そんな狂人の前にのこのこ現れた常識人たる山賊は、排除される運命にあるという事だ」
山賊六人に連行される、絶望した顔の幼いエルフが三人。
ああ、実にかわいそうだ。大猪の巣に連れて行かれた俺の顔と酷く似ている。
『なんて事! 待っていて、今助けるからっ』
「だから待て。人数的にあっちが多い。魔界で暮している山賊だから、レベルもそこそこ高いだろうさ」
跳び出さんとするアイサの耳を掴んで押し留める。
長くて掴み易かったからであり他意はないのに、アイサに睨まれた。
「助けたいなら策を練ろ。俺が経験した中では全然大した状況ではない、はず、だ??」
記憶があやふやになるにつれ語尾が小さくなってしまう。
ともかく、不満げな顔をするアイサへと、救出作戦の概要を伝えていく。
「アイサは魔法で植物を操れるんだろ。だったら楽勝だ」
『……??』
「これだ。これ」
隠れている箱を形成している蔦を毟り取る。
蔦を強く引っ張ってからクネクネと動かし、アイサの役割を伝えた。
『魔法を使えって事? でも、僕はまだ精霊戦士職じゃないから、『三節呪文』スキルを使えない。後衛で呪文を唱え続けるぐらいしか』
「不安な顔をするな。アイサはそれで良い」
ほとんど何言っているのか通じていないが、きっと、おそらく……まぁ、伝わっていなくても良いやもう。
山賊共を先回りするために、無秩序に生える木々の合間を走る。途中からアイサとは別行動を取り、ある程度時間を置いてから救出作戦を開始する。
木陰からゆっくりと歩み出し、山賊共の眼前に姿を現した。
『ッ! てめぇッ。き、気色悪い鳥の仮面しやがって。何者だ!』
アイサに作戦を練ろと言っておきながら、先制攻撃を捨て去って堂々と出て行くのは愚策だろう。『暗澹』を併用して奇襲すれば、半数は簡単に始末できるというのに。
ただし、エルフの子供半数ぐらい巻き込まれる危険があるので却下した。突然の闇に巻き込まれた山賊が錯乱する姿が目に浮かぶ。
『耳は、エルフじゃねえな。ビビらせんな』
となれば、第一目的は山賊とエルフ子供を引き離す事だ。
「ふ、異世界人。俺だって学習する。言葉が分かるぞ」
『この●●●野郎。●●●と●●●したような顔しやがって、●●●かっ。とっとと●●●しやがれ』
「Fワードだけは最近良く聞くからな」
山賊共はさっさと失せろ的な言葉と共に、各々の得物を抜き取る。
だが、俺が一人で現れたからだろう。緊張はあまりしていないようで、暢気に笑っている奴もいる。
笑い方がムカ付くので、腰のホルダーからダートを抜き取って投擲する。
練習の足りていない投げナイフは山賊に届く前に地面に落ちていった。特に問題はない。
『攻撃しやがったな』
『こいつッ。やろうっていうなら相手になってやるぜ!』
二人……いや、三人ほど怒り心頭しながら俺に接近して来る。三対一は卑怯なので当然逃げ出すのだが、三人は俺の背中を追う。
絶好のピンチである。
釣果が半数というのは、釣り糸を垂らしただけにしては上出来だ。
三十メートル程後退して、山賊本隊の姿が木々に遮られる。そんなベストな位置取りをしてからアイサを呼ぶ。
「今だ。魔法で拘束してやれッ!」
姿を隠していたアイサは、俺の大声を聞いて植物魔法を発動させる。
操る植物が豊富な森でエルフと戦うものではない。四方から襲い掛かってくる蔓や枝、根さえも地中から飛び出して山賊共の手足に巻きついていく。
レベル差や人数という要素により、アイサの魔法は完全に山賊共を拘束できている訳ではない。が、片脚や片腕の自由が奪われているのであれば、俺一人でも襲い掛かるのは容易というものだ。
枝を短剣で切って逃れようとする一人を最優先に攻撃する。背中の中心に突撃し、ナイフを柄まで押し込んで心臓を後ろから破壊してやる。
両脚を根に縛られて動けない奴にはダートを投げて負傷させる。流石に近場で動けない的なら当てられた。怯んだところで首の動脈を断つ。
最後の一人は手練のようであったが、『暗澹』を使って視界を奪って安全に致命傷を与える。
『おいっ! どうしたんだ』
手早く済ませたつもりだったが、仲間の悲鳴を聞いて早くも四人目が現れた。
そんな仲間思いな男は、血が滴る仲間の姿に動揺している間に瞬殺する。ただ、今度は残りの二人に気付かれてしまった。
『エルフの追っ手だったのか!? クソッ』
『一人で逃げんな。こいつらを連れて帰らねぇと苦労した意味ねぇだろ!』
逃げていく一人はアイサに任せた。
エルフの子供を縛る縄を持つ最後の山賊へと向かい走る。タイマンとなってしまったが、最後ぐらいは実力で勝負をしてやろうではないか。
走力を加味し、威力に上乗せしたナイフを突き出して、一気に決着を――。
『馬鹿が!』
――あれ、ナイフが手から飛んでいく。
もしかして、最後の一人かなり強くないか?
武器のなくなった俺を見て、山賊は勝利を確信して口元を歪める。俺のナイフを弾き飛ばした剣を上段に構え直して、頭をかち割らんと振り下ろした。
ゾクリ、と体の芯が震える。
「やばいッ」
死を直感した際の恐怖……は一切感じていない。
食事を得ようとする獰猛な生への固執で、俺は震えた。
「こんな時にか!」
俺の口から犬歯が伸びていく。
仮面越しにも分かるぐらいに長くなっていく。
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“実績達成ボーナススキル『吸血鬼化(強制)』、化物へと堕ちる受難の快楽。
本スキル発動時は夜間における活動能力が向上し、『力』『守』『速』は二割増の補正を受ける。また、赤外線を検知可能となる。反面、昼間は『力』『守』『速』が五割減の補正を受ける。
吸血により、一時的なパラメーターの強化、身体欠損部の復元が可能。
一方で、吸血の必要もないのに一定周期で生血を吸いたくなる衝動に駆られ、理性を失う。生血を得れば衝動は一時的に治まるが、依存性があるため少量摂取に留める必要があり。
吸血鬼化の進捗度は、直射日光に対する精神疾患で把握できる。
症状の深刻化は吸血量によるが、初期状態でも長時間の日光浴により深度ⅡからⅢ度の熱傷を負う。要するに、夜に生きろという状態”
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“ステータス詳細
●力:4 = 9 + 5(-)
●守:1 = 3 + 2(-)
●速:5 = 11 + 6(-)
●魔:1/1
●運:5”
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昼間に『吸血鬼化』が発動したため、パラメーター上は弱くなってしまった。
だから、首の頚動脈に犬歯を突き刺して血を飲む俺を、山賊が筋力で跳ね除けるのは簡単だっただろう。
だが、一度えぐられた動脈を手で押さえて塞ぐのは困難だ。
赤い噴水が森の一部を染める。命の潤滑油が失われていくと共に首を押さえる力が弱まってしまい、出血量は増大していく。
最終的には脳の活動に支障が出る程に血を失って失神。そのまま山賊は出血死してしまった。
『キョウチョウさん。こっちは終わったけ……ど。ひぃっ』
あーあ、口元から垂れていく鮮血が勿体無い。せっかくの生血だったのに、ほんの二百ミリリットルぐらいしか飲めなかった。
「腐った酒で酔った気分だな。胃ごと吐きそうだ」
人間としての本能では最悪な気分であるはずなのに、吸血鬼としての俺は笑顔になる程に喜んでしまっている。
そんな俺を見て、声を掛けてきたはずのアイサが一歩後ろに下がっていく。
アイサの化物に対する態度を、俺はしっかりと目撃した。