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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第一章 長耳集落にて
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1-3 記憶喪失に思う

 目覚めてから数時間、体力が切れるたびに気絶と起床を繰り返す曖昧な時を過ごしていると、周囲が暗くなっていた。

 きっと夜になったのだろう。

 太陽が地平線に消えただけだと、無関心ではいられない。薄い板のみで仕切られた納屋にとらわれている現状では、太陽の有無は死活問題となる。


「うぅ、寒い。こんな状態で風邪引いたら衰弱死確定だぞ」


 板の隙間から冷たい外気が流れ込むのだ。俺が着ているレザーっぽい上着の防寒性能はそう高くない。かなりボロボロで一部は肌が向き出しになっている。

 酷く寒い。ガチガチと奥歯が震えてしまう。

 死にかけに毛が生えたような容態であるが、それでも、己と現状について考えなければならないだろう。

 どうもここは、苦しいと叫んでも、そのまま死ねと返答が来る非情な場所のようなのだ。誰かが支払った税金で生きられる世界ではないのだろう。疲労しているからと甘えていると、本当に死にかねない。頭を使わなければ生き残れない。



「てか、俺はいったい誰なんだ」



 第一に考えるべき事案は、俺はいったい何者なのか、である。

 森で倒れる以前の記憶は全く残っていない。過去に関して一切思い出す事ができないのだ。

 ただ、こうやって論理的思考ができているので、生誕以来の全記憶がフォーマットされている訳ではなさそうである。エピソード記憶が消え、意味記憶のみ残っている。まあ、耳の長い女の言語を理解できなかったので意味記憶についても疑いは晴れないが。

 ……ん、エピソード記憶とか意味記憶って妙に学問的な言葉を俺は知っているな。教育を受けていたという証拠と言えるだろう。頭の出来は悪くない方であると嬉しい。

 俺はいったいどういう人間なのか、推察できる材料は少ない。

 体格は、たぶん平均的だろう。筋肉もそれなりに付いている。性別は男性であり、老いてはいない。

 顔の善し悪しは鏡がないので分からない。

 いや、鏡があっても仮面が外れないので分からないのだ。この外せない意味不明な仮面についても、思い出せる事はない。



「どうして俺は記憶喪失なんだか」



 記憶を失う理由で一番に考え付くのは、頭部に強い衝撃を受ける脳の損傷だ。俺の全身はかなり傷付いており、頭にもたんこぶが付いている。可能性は十分にあるだろう。

 事故の可能性もあるが、何者かによる暴行を疑わずにはいられない。そもそも、記憶喪失前の俺は体力を異様に消耗していた。何者かから全力で逃げていたとしか思えない。

 きっと、俺の記憶を奪った敵から必死に遠退いていた。何も思い出せないのに、これは確信を持てる。



「……結論、俺は記憶喪失の男だ。記憶喪失の原因は事故ではなく、悪意を持った敵による暴行による可能性が高い。……まったく、最悪だ」



 第二に考えるべき事案は、俺の現状はどうなのか。

 俺が知っている唯一の第三者は、耳の長い金髪女である。一目惚れしてしまいそうな美貌を持っているのに、瞳の冷たさにきもが縮んで惚れる事はなかった女だ。

 そういえば、少し気になって自分の耳の形を確かめたのだが、俺の耳は金髪女ほどに長くはなかった。性別の差によるものかもしれないが、何か納得できない。女の長耳は白くて綺麗だったので、耳自体が気に入っていない訳ではないのだが。

 とりあえず、あの女の事は長耳女と呼称しよう。ロバ耳女や、ロシナンテというあだ名も脳内で候補に挙がったが、知らない相手にふざけた名前を付けるのは止めておく。

 長耳女以外の人物とはまだ出会っていない。ただ、板や扉の向こう側に人の気配を複数感じる。耳長女以外にも人がいて、俺を監視しているのだろう。

 耳長女の目的は不明だ。

 ただし、寒い納屋の住民に毛布一枚よこさない冷遇から、俺が客人扱いされていないのは明白だろう。下手をすると、耳長女達こそが俺の記憶を奪った敵である可能性さえある。

 俺を生かしも殺しもしないで拘束している理由は何か。

 例えば、俺が罪人であるのなら合点がいく。法律にのっとって、明日の朝一、民衆の前で首をねるのであれば現状は納得できるだろう。

 ……いや、納得できないけどさ。



「結論、耳長女達は敵か敵に類する集団である。記憶喪失前の俺の意思を受け継ぐのでれば、今すぐここから逃げるべきだが……そのスタミナがない」



 体力的にも無理がある。が、それ以前に、装備も知識も全く足りていない。

 夜の森を甘く見てはならない。大学生の登山サークルが遭難して、死者が出るなんていうニュースはまったく珍しいものではないのだ。……大学生の登山サークル?? 時々、覚えのない単語が浮かぶな、俺。

 脱走するのであれば、せめて方角だけでも探ってからになるだろう。闇雲に走っても、また行き倒れるだけである。


「何かないのか……具体的には食い物」


 きしむ関節が鋭い痛みを訴える。

 奥歯を噛み締めながら、納屋の内部を見回してみる。役に立ちそうな道具があれば少しの間借りさせてもらおう。ちなみに、返却予定はない。

 天井には、大きな蜘蛛の巣が張っている。長年放置されていた納屋。草を刈る農具があれば武器に転用できたと思うのに、耳長女達は間抜けではないので持ち出されている。壁に並ぶ戸棚にはほとんど物が残っていない。


「いや、あれは――」


 ふと、棚の下部に落ちている物を発見する。

 地面に頬を密着させている状態でなければ見付けられなかった。日の落ちた暗闇で発見できたのはやや不思議だったが。


「――クソ、びたくぎか。本当に無いよりマシでしかないな」


 手首が背中に回されたままなので苦労する。

 ほこりをかき分けて回収できたのは、長さ五センチぐらいのやや太めの釘。こすればボロボロと崩れてしまいそうなぐらいに、赤く古びている。護身具としては酷く頼りない。

 隠し持つ場所に悩んだが、靴に手が届いたので靴の中に隠した。身体チェックで発見されたら、仕方がないので諦めよう。


==========

“スキルの封印が解除されました(非表示)

 スキル更新詳細

 ●アサシン固有スキル『暗視』”


“アサシン固有スキル『暗視』、闇夜でも良く見える。


 可視領域は広がるが、視力向上の効果はないため、視界はスキル保持者に依存する”


“実績達成条件。

 アサシン職をDランクにする”

==========


 何かアナウンスされた気がするが、気のせいだろう。

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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
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 助けたいシリーズ一覧

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