4-11 金貨はエルフより重い?
暗澹空間を緊急展開して、オルドボの照準を狂わせる。
力の乗った拳が鳥の仮面の表面を削っていく。肝を冷やしつつも、その場から跳び退いて回避に成功した。
「どこ消えたァッ!」
視界を封じられたオルドボは壁を殴りつけ、床を砕き、無茶苦茶に暴れ始める。
勘頼みの攻撃しているようだが、注意すれば当たる事はない。距離感さえも失わせる暗闇だ。間合いの外に逃げていれば、闇雲な攻撃に当たる訳がない。
「……くそ、今は逃げるしかない」
こんな場所で魔王連合の幹部級モンスターと戦うとは思っていなかった。準備は何もできていない。
オルドボは隙だらけなのに、俺には有効な攻撃手段が存在しない。手持ちの武器は盗んだ中古のナイフとダートのみ。素直に尻尾巻いて逃げるのが得策だった。
「いや、あの金貨の山は見逃せないか」
欲をかていられる状況ではないが……幸運は続くものではない。
手が届く距離に『吸血鬼化』『淫魔王の蜜』への対抗手段たる金貨の山が転がっているのである。
今を逃せば、もう二度と手に入らないかもしれない。欲深い事は罪かもしれないが、幸運さえも欲と断じる事はないだろう。
きっと、俺のバッドスキルは金貨に触れるだけでも解除される。
そんな核心を持って、奥部屋へと駆け込――。
『ひぃッ!?』
オルドボに破壊され、天井が崩壊していく部屋の片隅で悲鳴を上がる。
破壊音に紛れた小さな声だったので、幻聴だと誤魔化して無視するのは十分に可能だ。奥部屋へと急ぐ。
『痛いっ!』
オーガの拳で吹き飛んだ家具の一部が衝突したのだろう。額から血を流して倒れこんでいる。
出口から遠い場所で寝そべるなんて、自業自得だ。勝手に死ね。
『……やっぱり、僕って結局、ここで死ぬんだ』
破壊の元凶たるオルドボは、渾身の頭突きを天井に叩き込んだ。
自嘲するエルフの諦めた表情も、落下する大量の土砂に埋もれて消えていった。
「――おい、エルフ」
抱えたエルフの小顔は、激しい運動で強まる息が届く範囲に存在する。
『あれ、僕死んで……ないっ? えっ? 何で、この人は何度も僕を助けてくれるの??』
成すがまま運ばれているエルフ少女の顔は、何が起きているのか気付いていない。だから、俺は丁寧に行動理由を語ってやっている。
「これが、俺の祟りだ。お前は俺を助けなかったから、俺はお前を助けてやる」
『分からないよ。言っている言葉が分からないよ』
通路を通り抜け、梯子を片腕で登り切り、地上へと生還した後も疾走を続ける。
逃走に集中しているとは言い難く、俺はエルフと終始見詰め合っている。
「そうだ、これは当て付けだっ! 憎むべきお前達と、俺は違うという実践だ! 異世界のお前等の程度の低さを示してやる。そのために、何度だって助けてやる。どうだ、惨めだろう? それとも、そんな羞恥心さえないか? ははっ」
『分からないけど……泣いているの??』
仮面の内側が汗で蒸れて仕方がない。
穴の空いている目からだって、雫が溢れてしまう。
「はははっ、恥知らずなエルフだ。何か言ってみせろよ?」
「アリ、ガ、トウ」
血が、沸騰しかけた。
呪っている相手から知っている言葉で感謝されて、判別不能な感情が理性をグチャグチャに潰しかけた。
背中からは脂汗が噴出した。
指先が震えた。禁断症状に陥った中毒患者みたいな症状だ。
『本当は謝らないといけないけど。感謝の言葉しか知らないからっ』
まだ逃走を続けなければならないのに、一度足を止めて呼吸を整える。
祟りの実行中に感謝なんてされたら、細いエルフの首に手を掛けて絞殺してしまう程の激情に襲われる。きっと、そうなるに違いないから、俺は冷静になるために立ち止まった。
仮面の上から顔を押さえ付けて一分。どうにか冷静さを取り戻す。
「……エルフなんて、大嫌いだ」
しっかりとエルフ少女の細い体を抱え込んで、魔界の森へと紛れていく。
ふと、エルフ少女が網膜を覗き込むように眼の焦点を外した。
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“ステータスが更新されました
ステータス更新詳細
●実績達成ボーナススキル『祟り(?)』を取得しました”
“『祟り(?)』、おぞましい存在の反感を買った愚者を証明するスキル。
無謀にも神秘性の高い最上位種族や高位魔族に手を出して、目を付けられてしまった。本スキルはその証である。
スキル効果は祟りの元である存在により千差万別。
本スキルについては次の通り。
一つ、スキル所持者の『魔』『運』に対して、祟り元の存在の『魔』『運』が加算される。
一つ、お互いの位置関係が感知できるようになる”
“実績達成条件。
仮面の男に助けられる”
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“●レベル:14”
“ステータス詳細
●力:10 守:7 速:6
●魔:27/28 = 27 + 1
●運:12 = 7 + 5”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●実績達成ボーナススキル『不老』
●実績達成ボーナススキル『かわいいは正義』
●実績達成ボーナススキル『情けは人のためにならず』
●実績達成ボーナススキル『祟り(?)』”
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「ッ!? アっ、あ! アリガ、トウ……。アリガ、トウ」
「…………黙れ。エルフ」




