24-4 魔王城突入
「――ここが、最後の救済地点さ」
霊廟の地下にある天井の低い空間で、赤毛の男は御影越しに黒曜を見詰めていた。
「救世主パーティご一行。ようこそ、僕の元へ。きっと初対面――ではなさそうだね、エルフ君。……さて、君は何度目なのかな?」
「……うるさい。行くぞ」
「え? ちょっ、ちょっとエルフ君!?」
黒曜は寸前までの表情を消失させていた。悪夢に魘された睡眠直後のような目付きとなった後、初代救世主の首根っこを掴んで地下から引っ張り出していく。
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“ステータスが更新されました
ステータス更新詳細
●実績達成ボーナススキル『神性特攻』を取得しました”
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『ZAP』スキルで過去に戻った際には、記憶以外のすべてがリセットされてしまう。神様を手で掴める『神性特攻』も失われていたはずであるが、できると確信しながら手を出した黒曜に実績達成が後から追い付く。
御影達はおろおろしながら黒曜に付いてくる。説明を求めているが、黒曜は一切語らない。
「黒曜、どうして初代さんを荷物のように」
「……パパは黙って付いてきて」
語ったところで、どうせすぐに『ZAP』されるから時間の無駄だ。
黒曜にとって死は恐怖ではない。
もちろん、怪生物に喰われるのは痛いし恐怖も感じている。行動不能になったなら早く『ZAP』してくれと願って止まないが、死んでも命が途絶える訳ではにので必要以上に恐れる必要はない。
喰われるのも殺されるのも、救世主職となってからは作業の一つ。
かつて魔界の大魔王を暗殺した際には何度繰り返しただろうか。十回だろうか。百回だろうか。きっと、千回は下らないだろう。
禁忌の大空洞は魔王城へと続く入口。そう考えればレベル200の黒曜がなかなか潜り込めずに『ZAP』され続ける難度も納得がいく。
「――山間から『暗躍』して接近するのにも限度がある。このルートは諦める」
最初期に神格戦艦での突入に成功したのが一パーセント未満の奇跡的だったと言える。地上よりはマシであるが、『カウントダウン』がほぼ0日になっている状態で大空洞に入れたのは、御影の『運』が良かったためである。
「――敵の数が多過ぎる。隠密を捨てて、真正面から『速』で一気に突破するしかない」
カンブロパキコーペの群に囲まれて何度も『ZAP』する。
「――ここが、最後の救済地点さ」
お陰で侵入ルート上の群の分布をほぼ把握できた。
“――――『ZAP』スキル発動。YOU ZAPPED TO …… ”
カンブロパキコーペに紛れているゴチカリスに死角から殺され続けた。
「――ここが、最後の救済地点さ」
お陰で体で奇襲攻撃のタイミングを覚えられた。察知できていない節足の一撃を、顔を向けずに避け切る。
“――――『ZAP』スキル発動。YOU ZAPPED TO …… ”
見えない窪地に潜むオドントグリフスを踏み付けて圧殺された。
「――ここが、最後の救済地点さ」
むしろ軟体をバウンダーにして一気に加速できた。
“――――『ZAP』スキル発動。YOU ZAPPED TO …… ”
ハルキゲニアに踏まれて殺された。見えないスカイフィッシュに摘まれた。ピカイアの急降下爆撃に潰された。
「――ここが、最後の救済地点さ」
殺されるたびに、黒曜はルート修正と最適化を行った。
脳内の記憶領域に死の体験を刻み込む。己の体と己の感情を切り離して、幽体離脱したかのように一歩引いた目線から己を操作して突入ルートを模索する。
どうしてこのような苦行に手を染めたのか、などとは考えない。そんな人間らしい感情は救世主職には不要だ。
“――――『ZAP』スキル発動。YOU ZAPPED TO …… ”
敵を殺すように感情を殺して、大空洞へ突入するという結果のみを求める。
同じ失敗で殺されてしまっても腐ったりはしない。黒曜は何も感じない。
「――ここが、最後の救済地点さ」
……いや、たった一つだけであるが感情はある。
赤ん坊だった己を救ってくれた御影を殺されてなるものか。その尊い感情だけは忘れない。御影がいなかったニ千年前だってやり遂げたのだから、今回の、大空洞に至るまでの死屍累々、血のルートの開拓はまったく苦にならない。
「大空洞が見えた」
“――――『ZAP』スキル発動。YOU ZAPPED TO …… ”
「大空洞へ足が届いた」
“――――『ZAP』スキル発動。YOU ZAPPED TO …… ”
「大空洞へ跳び込んで、失敗か」
“――――『ZAP』スキル発動。YOU ZAPPED TO …… ”
穴の壁を這って現れる種族も分からぬ魔王に喰われたのを最後に、ようやく黒曜は禁忌の大空洞へと達した。
単身到達は人類にとって大偉業。大気圏を脱して宇宙から星を眺めるに等しい功績だ。
しかし、所詮は魔王城のエントランスに踏み込んだに過ぎない。黒曜が目指すべき魔王の玉座にはほど遠い。
「大空洞の中の方がルートは安定させ易い。外よりは単純だ」
こう黒曜は考察しているが、実際のところ、『ZAP』した回数は大空洞の外と穴であまり差はない。大空洞の中央部を占拠する五つ目のオパビニアを回避するルートの模索にかなり手間取ったためである。
ただ、大空洞の奥へと達し、怪しく光る境界面を突入してからの試行回数を比較すれば今までの苦労がすべてが前座だったと分かるだろう。
「はっ……」
試行回数五一二回目にして、ついに世界を渡って禁忌の土地、蟲星の姿を目撃した黒曜。彼女は感情を殺しているのに呆けてしまう。
異世界なのだから環境や生態系が異なって当然。とはいえ、あまりにも終わってしまっている世界に、ただの人間が踏み入れてしまったのだ。強い疎外感を覚えて乾いた笑いを口から零してしまっても仕方がない。
……そんな生易しい光景ではかったが。
「はは……、はははは」
異世界の地表から大空洞を通じて、地下に深く潜らなければ蟲星に辿り着けなかった事に理由があるなどと、黒曜は思いもしなかった。
蟲星の地表が数キロ以上、異世界よりも低い。星の地表がごっそり消失してしまっている。禁忌の大空洞へと通じる境界面がある場所は相対的な山となっているため、他はより削られている事になるだろう。
理由は明白。見ただけで分かる。
消えた地表の代わりに怪生物が層を作っている。つまり……怪生物が地表を、地殻を、星を喰らっていた。
無数という言葉では足りない。
星ある限り無限に数を増やす怪なる生態系。
母なる大地を喰い潰してでも誕生する怪生物が、マントルを乳に成長を果たし、そして新しい怪生物を生む。
星の地表は均一に喰われている訳ではないため、重力偏重が起きているからだろう。間欠泉のごとくマグマが噴出して、黒く壊死した大地は頻繁に地響きを上げていた。
噴煙で空は黒く染め上げられて夜のように暗いが、マグマが光源となっている所為で悲惨な光景が隠されていない。
世界の終わりの光景を通り越して、世界が終わってしまっている。
ここが、蟲星なる怪生物の本拠地。星全体をテラフォーミングした魔王城の異様だ。
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“『世界をこの手で支配する』、世界を思うままに支配する悪の王権。
支配地域の環境をスキル所持者の生態に適した形に置換する。目に見える形で現れる場合、それは城としての形態を取る。
スキル所持者の種族、経験によって変貌後の世界は千差万別である。スキル効果も同様であり、地上に深海を作り上げる、言葉を発すると即死する、血の雨が降る、水がすべて酒に変わる、と把握は困難”
“実績達成条件。
Sランク魔王として世界に仇なす”
“≪追記≫
蟲星という魔王城においては、終わらないカンブリア爆発というIFの果てに、生命が星を脅かす程に強化されてしまっている”
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黒曜の使命はシンプルな事に、この魔王城を作り上げたSランク魔王を探し出して滅する、たったそれだけだ。
スタート地点たる大空洞への入口には怪生物が殺到していてほぼ詰んでしまっているが、入口から離れても生物密度にあまり差はない――笑うために足を止めてしまった今回は既に死亡確定だ。
「はは、あはははは!」
どうせ黒曜以外に、誰も世界を助けてくれない。黒曜は絶望する暇なくまた走り始めるのだろう。
“――――『ZAP』スキル発動。YOU ZAPPED TO …… ”
“――――『ZAP』スキル発動。YOU ZAPPED TO …… ”
“――――『ZAP』スキル発動。YOU ZAPPED TO …… ”
“――――『ZAP』スキル発動。YOU ZAPPED TO …… ”
“――――『ZAP』スキル発動。YOU ZAPPED TO …… ”
“――――『ZAP』スキル発動。YOU ZAPPED TO …… ”
“――――『ZAP』『ZAP』『ZAP』『ZAP』『ZAP』『ZAP』『ZAP』『ZAP』『ZAP』『ZAP』『ZAP』『ZAP』『ZAP』『ZAP』『ZAP』『ZAP』『ZAP』『ZAP』『ZAP』『ZAP』『ZAP』『ZAP』『ZAP』『ZAP』――――”
『ZAP』による試行回数は、百万回を超過した。
主観時間で百万日。実年齢を上回る三千年弱を黒曜は過ごした事になるが、黒曜はまだ魔王を討伐できていない。




