24-3 一人で走り出す
「……起爆せよ」
オリビア要塞より全軍の撤収が完了した時点で、アニッシュは要塞の自爆を命じる。
要塞各所の設置されていた爆薬が活性化し、怪生物に蹂躙される建造物が内側から吹き飛んだ。崩れた壁の向こう側で高熱量の花が咲き乱れて怪生物の血も撒き散る。
人類では太刀打ち不能の怪生物も、要塞丸ごとの爆発には耐えようがない。
……小型種に限って、という但し書きはあった。
爆炎を破り、形の残った建物を踏み付け、柱のごとき多脚を有するハルキゲニアが姿を現した。
「――――もはや、驚かぬ」
何もかも吹き飛ばしてキノコ雲の中に消えた土地を、重量物が、一本十五メートルの足を有する多脚生物が横断していく。
アニッシュは恐るべき怪生物の登場から顔を背けず、戦意を失わないように憎い敵の姿を脳裏に焼き付けようとして――、
「従僕虐待して、何が楽しいというのだァアッ?!」
――爆発崩壊したばかりの要塞が、上空よりスライディングしてきた戦艦によって更に細かく破壊されていく。自爆した時点で利用できる見込みはなくなっていたので、過剰破壊によって不利益は生じない。むしろ、艦体に潰されて敷地が綺麗に平らに均されていく状況を、再建がし易くなったと喜ぶべきなのかもしれない。
「ぬおっ?! な、何だっ」
ハルキゲニア系の魔王が轢き殺されていく様を見て、アニッシュはただただ驚愕するのみであったが。
「黒エルフの小娘ェェっ。砲撃で済んだ話であろうが! なにゆえ我が身を削らせるっ!」
「時間短縮は何よりも優先される。きりきり働け!」
「小娘の言葉になど従う必要はないというのに威圧感が!? 霊廟を出た後から妙に苦手な感じが……。だ、旦那様よ。そこの黒エルフの小娘めを叱ってくれまいか」
「まあ、要塞の近くに人がいるみたいだし、万が一の流れ弾を考えれば体当たりもあながち間違いじゃないかな」
「旦那様のいけずぅゥ」
ハードランディングしてきた戦艦は地面や建物をガリガリ削っているのだからうるさいのは当然であるが、甲板の上が妙に喧しい。
「天竜に削らせた大地を防衛ラインとして見なす。パパは一番高い艦橋から全体を見回しながら『魔王殺し』を常時発動させて。怪生物の相手は他全員で!」
城塞跡地を突破して停止した神格戦艦は固定砲台と化す。第一から第三まである主砲が回頭して砲撃を開始。西方向の街道を通過して現れようとしていたカンブロパキコーペ系魔王の群、およそ五百体が街道ごと吹き飛んで消える。
増援を断たれて、要塞を襲撃していた怪生物共は孤立する。要塞自爆で数を減らしていたため残りは千に満たない。
「残敵を速やかに掃討するんだ!」
実質的に黒曜がパーティー全体に指示を飛ばす。御影がリーダーという事になっているパーティーとしては異例の状況であったものの、敵と直面した状況で不満を露にする者はいない。
「……どうして私達、あの色黒エルフの指示に従って戦っているのか」
「兄さんに化けていたダークエルフと一緒に行動してたそこの二人、一言ずつ」
「だって、本当に御影そっくりだったんです!」
「親子って似るものなんだね。……親子と認めてはいないけど」
魔法使い四人がかたまってヒソヒソ喋っていると、黒曜の一喝が飛ぶ。
「そこッ。救世主のパーティーらしく働け! で、赤いの! 雑魚に紛れた雑魚じゃない奴に気をつけろ!」
敵は不利を悟って撤退できる程の知能を有さない怪生物。百体いれば百体すべてが倒れるまで戦い続けるため、高レベルのパーティーでも単独で戦っていれば戦闘時間はそれなりかかる。
蟲星との戦いにおいて時間ほどに貴重なものはない。山向こうには新しい敵集団が現れようとしている。
「要塞から逃れている兵隊を戦力に加える。蹴散らせ!」
だから、黒曜は本日中に禁忌の大空洞まで攻め入るつもりだ。
怪生物の殲滅を終える。
どこからともなく散発的に増援が現れているため全員が休む訳にはいかなかったが――特に御影――全体としては一息付く程度の余裕を得たため兵士達は休憩に入る。アニッシュも指揮を外れて救世主ご一行と合流する。色々と意見交換が必要だ。
主砲がうるさいので神格戦艦から離れた地点に簡易テントが設置されて、黒曜とアニッシュ目線で謎の赤毛の男、落花生とラベンダー、そしてゼナがやっていた。
「現有戦力で禁忌の大空洞へと突入する」
黒曜はさっそく禁忌の大空洞への逆侵攻を提案していた。
「無茶を言わんでくれ。兵士達は疲れ切っているのだ」
「つべこべ言わず兵士達に命じろ。ここが正念場だ」
「今戦えば玉砕する。オリビア・ラインまで下がって態勢を整える方が確実だ」
「うるさい。黙れ。人類滅亡が確定しかけているんだぞ!」
もともと人見知りな黒曜なので、相手が王様であろうと言葉に遠慮がない。交渉しているというよりは命令に近い。
人類国家軍の代表としてアニッシュと同席している女騎士、帝国の戦闘姫が黒曜を叱咤する。
「女、口を慎め! アニッシュ王になんて口のきき方だ」
「はっ、避難先で女とイチャイチャして子供作っていたような奴が王様か?」
瞬間、帝国戦闘姫がアニッシュの胸倉を掴んで振りまくる。私がいながらどういうつもりだとか、いつの間に子供を作った、などと鬼気迫る表情で問い詰め始めた。アニッシュは身に覚えがないので完全にうろたえてしまっている。
一方で赤毛の男が、まだ起きていない事で人を非難するべきではない、こう黒曜を嗜める。
「そなたは御影とも縁ある者。疑っている訳ではない。ただ、敵の本拠地から命からがら生き延びた者達へ引き返せとは命じられん」
どんなに黒曜が危機を煽っても、まだ起きていない人類滅亡で士気を復活させるのは難しい。アニッシュとしては、ナキナ出身の神経の図太い直属部隊を残すのが精一杯。大多数の兵士はオリビア・ラインまで後退させるしかないとの事だった。
所詮は敗残兵の集まり。士気のない兵士の尻を叩いて戦わせても役には立たない。
世界を救うのに、足手まといは不要だと黒曜は己を納得させるしかない。
「黒エルフ君。分かっていると思うけど、生き残っている人類の兵力すべてを結集しても逆侵攻は成功しない。確保したここだっていつまで維持できるか分からない状況さ」
「……分かっている」
「『カウントダウン』に変動はない。局所的な勝利に意味はない。世界の危機を救うためには抜本的な対策が必要となる。大空洞の奥に潜む、世界を滅ぼす原因の排除が必須だ」
「言われなくても、分かっている!」
初代救世主の言葉は今更だった。
黒曜は以前、ニ千年前にも似た状況を体験している。その際に人類を救った方法を今回も試す。それ以外に方法がないのは覚悟している。
……いや、今、覚悟を決めたところだ。
「僕はもう戦う力を持たない管理神職だ。残念だけど、助けられない。ここからは君一人。やれるかい?」
黒曜は装備を整えていた。
背中には連なるようにナイフケースが連なっている。黒曜が自ら作った魔獣の牙から作られたナイフも納められている。
腰のポーチには『奇跡の葉』を代表とする高級アイテムや薬剤が満載だ。
ロープや食料といた冒険者必須装備も忘れてはいない。
鳥の羽が所々編まれたボロボロの外套ですべてを覆い隠す。
「世界を滅ぼす魔王の暗殺。俺にとっては二度目だ。楽勝だ」
かつても黒曜は同じ決断を行った。頼りない原型一班、滅びるだけの人類共を見限って、独力での世界救済を完遂した。
敵が魔族と怪生物の差はあるものの、状況は変わらない。
「ここから禁忌の大空洞まで数十キロ。大空洞から蟲星までは高低差がやはり数キロ。まずはそこを目指すんだ」
仲間を信じず、御影さえ置いていき、黒曜はだた一人で敵陣へと向かう。
魔王を暗殺する救世主の戦いが、今始まる。
「クソォッ! 大空洞に近付いただけでこのザマ、かッ!」
もうすぐ大空洞が見えてくるだろうという地点で、黒曜はカンブロパキコーペの群に囲まれた。御影のように『魔王殺し』を有していない彼女にって、多数の怪生物に捕捉された状況は死に直結する。
倒れこみながらも抵抗してナイフを振るったが、その腕を節足に掴まれる。
「しまッ、がァ」
一つ目の魔王が無数に群がり、黒曜の体は生きながらに解体されていく。
「やめろ、やめろぉォオオ!!」
黒曜の叫ぶ声帯も喰われて、それでも生きている間は叫び続けて、死を自覚した瞬間に――、
“――――『ZAP』スキル発動。YOU ZAPPED TO …… ”




