4-8 酷く個性的なタタり
俺の後に入室してきたのは、眼帯をした山賊風の男だ。
『可愛いエルフだ。ああ、とっても可愛いエルフだ』
箱を裏返しにして潜む俺に気付かないまま、山賊男は拘束されているエルフ少女へと歩み寄っていく。薬物中毒者のごときふら付いた歩みであり、山賊男の危険性を表していると言えるだろう。
『俺が捕まえたんだ。だから、俺が可愛がるのが筋ってもんだろう。オーガなんぞに、勿体無い。お頭は分かっちゃいねぇんだ』
涎を垂らしながら、山賊男は両手をエルフ少女へと伸ばしていく。
何をしようとしているのか、その程度は言葉が通じなくても理解できる。特に、最近の俺も山賊男と同じような状態に陥る事が多くて察する事ができる。
眼帯に隠されていない方の山賊男の瞳は、情欲の白色に濁っている。
『さぁ……よ。ほら、寝てないで起きな。良い事しようぜ』
『……ん、ん? あ、え?』
山賊男に頬を軽く叩かれたエルフ少女は覚醒する。
目覚めたばかりで山賊男の顔を直視してしまったエルフ少女は、一瞬で脳細胞を覚醒させて叫ぶ。
『ひぃっ!! オーガの次は人間族!? もう止めてよッ』
エルフ少女の懇願は受け入れられず、何度も山賊男に頬を摩られる。
頬を摩られるだけに留まらず、耳をもまれて、髪を舐められる。エスカレートしていく山賊男の悪行に対してエルフ少女は暴れるが、己を吊るしている鎖を揺らすだけでしかなかった。
擦れた手首が内出血を起して痛々しい。が、俺はエルフに同情してやれる程に、長耳に対して良い印象を持っていない。エルフの里での扱いと、その結末を考えれば憎らしいとさえ思っている。
エルフ少女が苦しめば苦しむ程に、荒んだ心も潤っていく。
悪趣味だなと思いつつも、隠れている箱の取っ手部分の穴から見える光景に注目する。人間族に手篭めにされるエルフ少女の顔を観察してやろうと目を凝らした。
『どうして、僕ばっかりこんなッ。酷いよ!』
ハスキーボイスで叫ぶエルフ少女の顔をはっきり見た瞬間、心臓が鷲掴みにされたかのごとく痛くなる。
中性的であるのに、凛々しい方向ではなく可愛らしい方向に特化した顔立ち。
顔立ち通りの優しい雰囲気を持ち、事実、エルフの中では最も優しかったあの子。
だが、結局俺に矢を放った怨敵。
姉妹のエルフの、妹の方が山賊共に捕まっていた。裸にされて、汚らしい男に純潔を奪われようとしている。
……ああ。なんとも、胸のすく光景ではないか。
『こら、大声を出すとオルドボ様が起きてしまうだろッ。大人しくしろ』
『もうヤだ! 助けて、誰かッ!』
涙を流しながら上げる悲鳴は、発情した哺乳類の泣き声みたいで耳聞こえが良い。足をバタつかせている姿などは浜に打ち上げられ、酸欠で悶え死にする直前の魚類のようではないか。
俺が洞窟内に潜入しなければ、エルフ少女は人知れず悲劇に遭っていた。
それが、こうして俺が傍で見捨ててやるだけで痛快な復讐劇に変貌してしまう。
結果は全く変わらないのに、意味合いが大きく変化してしまうとは世の中不思議なものだ。量子の振る舞いは観察によって異なるというが、それと似たようなものだろうか。
笑える状況なので、口元が自然と歪んでいく。
「……ははっ」
エルフ少女は、この俺を殺そうとした張本人である。
だから少女は、祟られて死ぬのが運命だ。
「プルエ《助けて》ッ! エメ《僕を》プルエ《助けて》!」
プルエ、プルエと意味不明なエルフ語で見っともない。祟られて当然だ。
誰かから助けられる理由は、一切ない。
「ははは。これが俺の祟りだ」
「助けてよ、トレア姉さん! リリーム姉さん!」
「暴れるなッ!」
「助けて! 僕を助けて!」
「このッ」
頬を叩かれてもアイサは助けを求める。貞操の危機であるのだから、必死になるのは当然だ。
しかし、貞操の危機とはどの程度の危機であるのか。アイサの必死さを、別の何かで例える事はできないだろうか。
「助けて! 助けてッ!!」
尊厳を踏み躙られる悪行の被害者。
肉体的にも傷付けられるが、何よりも精神を汚される。耐え切れず、自殺してしまう被害者さえいるのだから、命を奪われるに等しい危機であると言えるだろう。
「助けて。お願いッ、助け――ぁっ?」
ならば、恐らく……アイサの危機とは。
エルフに追い立てられ、ボア・サイクロプスに襲われていた人間族の男の命乞いに相当するのだろう。
“助けて……っ! お願いだッ。助けてくれぇぇえェッ!!”
アイサは天啓を受けたかのように目を見開くと、体の力を抜いてうな垂れる。両手が自由だったなら、己の顔を覆い隠していたに違いない。
「僕は……馬鹿だ」
アイサは己の醜態に気付いたから、動けなくなってしまった。
「今になって気付くなんて。あの時、あの人は“助けて”って叫んでいたんだ……。なのに」
先程までと異なり、アイサの心に、自分だけ助かろうとみっともなく抵抗する気力は一切湧いてこない。尊厳を守るのは大事であるが、とっくの昔に、アイサは人としての尊厳を損なっていたのだから仕方がない。
アイサは、助けを求める者を見捨てた罪人なのだ。目前の山賊男と同格か、それ未満の存在でしかない。
「助けてって言っていたのに……僕はっ。矢を射ってしまって……」
眼帯の山賊男は笑む。アイサの放心を諦観と勘違いして、喜色満面で少女の唇を奪うため顔を近づけていく。
そして、アイサの純潔は――、
『どうだ!! これこそが、俺のッ、祟りだッ!』
――空箱から姿を現して、最速にて山賊男の脇腹にドロップキックをかました仮面男により守られた。




