22-2 まだ見ぬ絶望の想像
周囲には立ち入り禁止のロープが張られてた隔離エリアに立つ黄色い水晶体。オリビア要塞からやや離れ、墓石魔王タワーとは異なる地点に融合魔王の遺骸は安置されていた。放射線を垂れ流す毒物だから離れた場所に置かれているだけとも言う。
「異世界は何でもありか。純粋水爆が歩くなんて正気を疑う」
「レベルや魔法ほどにありえなくはないと思って諦めろ、ペーパー」
「……ちなみに、何かの拍子に起爆しないだろうな」
「…………アイサいわく、『魔』を一定量加えると器から内部へと圧縮が開始されるらしい。だいたい三分ぐらいで着火する。あの水晶体の容量から行って、爆心地はキロ単位になるんじゃないか? 被害範囲はもっと広い」
「ゾッとしないな。早くしまってこいよ」
安全圏からペーパー・バイヤーと並んで双眼鏡で眺めていると、危険物だから『暗器』でしまえと催促されてしまった。
現状、『猛毒』スキルで放射線を振りまく融合魔王へ接近可能なのは俺か神霊の天竜ぐらいなものだ。安全に隔離可能なのは俺だけだろう。
「思わぬ収穫だが、これでどうにか竜頭魔王と戦える。『暗器』格納」
遠くの空に微かに見える竜頭魔王を望む。山と同じ、いや、山脈に等しい巨大生物に致命傷を与えるために融合魔王を利用する。核融合を利用するなど狂気の沙汰であるものの世界が滅びる程の禁忌ではない。
「純粋水爆なら爆発後の汚染も最小限で済む。これで戦うのか?」
「いや、相手は空を飛ぶ。天竜も飛べるが、背中に乗ったまま戦うのは厳しい。魔界へ誘導しないといけないから、もう一つ秘密兵器を用意したいな」
餌で釣って誘導する、という訳にはいかない。相手が大きいので相応の方法で注目されなければなるまい。
ふと、ペーパー・バイヤーは暑苦しそうに嘴付きのマスクを取った。
「やれやれ、異世界で迷子になっていたお前のためにこんなマスクまで付けていたが、もう俺が手伝えるレベルの戦いじゃないな。ようやくお役御免か。そろそろ夏休みが終わる。地球に帰るか」
弱気な事言うペーパー・バイヤー……いや、紙屋優太郎である。が、彼自身が感じているように戦いの規模が拡大している。レベル0の大学生にできる事はもう残されていない――まあ、それを言ってしまうと最初から手伝えるレベルを超過していた気がするのだが、指摘するのは今更だった。
そもそも、残る魔王は一柱のみ。戦い自体が終息する寸前にある。
紙屋優太郎に手伝ってもらう事柄はもうほとんど残っていない。
「……本当に終わりだと思うか?」
だというのに、日に日に胸の中で不安感が高まっていく。魔王連合最後の一柱、竜頭魔王を討伐するだけですべて終わってくれると楽観できずにいる。
「まだ魔王が残っているのか?」
「いや、活動している魔王が竜頭魔王で終わりなのは間違いない」
「なら、お前は何を気にしている?」
胸騒ぎの原因というか犯人は初代救世主である。彼が所々で不安を煽ってくるのだから仕方がない。
「いつも言動が落ち着いているというか軽いのは、今見えていない脅威が見えているからとしか思えない」
ようやく山の頂上に辿り着けると安堵しているアマチュア登山隊と、その頂きの向こう側にはまだ見えていない登山道があると知っているベテラン登山家の関係だ。同じ道を進むにしても、ゴールを理解している者とそうでない者とではモチベーションが違ってくる。
「脅威がまだ残っているのならどうして初代救世主ははっきりと明かさない?」
「道のりが険し過ぎると諦めてしまう者がいるからだろ」
二千年前に原型一班に対してやらかしてしまったらしい。馬鹿正直に脅威を教えてしまったためパーティが分裂、堕落してしまった人物や行方不明となってしまった人物が続出した。それゆえ、心の覚悟を決めてから教国に向かわないと伝えてくれないと初代救世主は宣言している。
生き証人であるゼナは真実を知っている訳であるが、彼女も俺に語ろうとはしていない。
「だとしても残りは竜頭魔王だけなのに、隠しても良い事はない。対策は早めに行うべきじゃないか?」
賢明な者ならば優太郎と同じ事を考える。敵はもう一体だけなのに、それでも初代救世主は何も語らない。
いい加減、情報を開示するべき時期でありながら、まだ見えない脅威の正体を知らせてくれない理由は一つ。
……知らせたところで結果が変わらないからである。
「初代も、真実を知っているはずのゼナも黙ったままなのは、もう間に合わないから、とか」
萎縮させるよりはぶっつけ本番で挑ませる方がまだマシと考えられているだけかもしれないが。挑まされる側としては不本意でしかない。
「優太郎、今後何が起きると考えられる?」
「迷宮魔王の体内にあった禁忌の大空洞が怪し過ぎる。何かが隠れているに一票」
底の見えない大穴があるだけの地下空間は確かに不気味だった。すべての魔王を討伐し終えた後、ラスボスが登場しても何らおかしくはない。
俺達が様々な魔王を倒した事により、封じられていた大魔王が復活を果たして宣戦布告してくる。異世界ならば十分にありえる話だろう。
「禁忌の大洞窟から竜頭魔王より強力な魔王が現れる可能性があるのか」
いや、と優太郎は即時否定してくる。
「その想定は正しくないぞ。現実は非情だからお前が想像した瞬間、想像の十倍を軽く超える敵が現れる」
「竜頭魔王が十柱も現れる?? いやいや、そんな馬鹿な話が現実だとしたら、とても他の人間に伝えられな……あっ、ああー!」
あんな究極生物と十体同時に戦って勝てるはずがない。絶望してしまうに足る世界の危機である。
「初代救世主の心情を理解しているじゃないか、救世主三世」
好きで三代目を襲名したつもりはない。
想像で怯えていても仕方がないが、仮に想像が現実化した場合に対処方法は存在しないだろう。
「流石に無理がある。討伐済みの魔王連合ボスラッシュの方が勝てる見込みがある」
「抗戦が難しいとなると手段は限られるが?」
救世主職として数々の強敵と戦ってきたからこそ慢心はできない。特に、異世界に住む一億人の生命がかかっているのならば、より生存確率の高い手段を択ばなければならない。俺達の人生は一度切りなのである。博打は打てない。
「……優太郎。先に地球に戻って、一億人が住む事が可能な土地を探しておいてくれ」
今考えられる現実的な生存手段は、逃走しかない。
「球場一つに五万人ぐらいとして二千倍か。天竜川はそんなに大きくない」
「どこでも良い。日本でなくても問題ない。人目に付かない場所がベストだが、それを最優先する必要はないから」
最悪、異世界人が永住する可能性を考慮すればかなりの広さが必要となるだろう。無理難題であるのは分かるが、異世界を見捨てるだけでも譲歩は行っている。
「……厳しいな。千人でも厳しい。だがやるしかないか」
「いつもすまないな」
「無人の諸島が都合良くあれば良いが……忙しいな。まったく」
優太郎は頭の後ろをかきながら去っていく。
黒いペストマスクは俺の足元に残された。




