4-6 悪癖にエルフは穢れる
紫色の巨体に、黄金色に濁った瞳を持つオーガ。
毛色が一般的なオーガと異なるオルドボは、盗賊共からアイサを取り上げると、洞窟の最奥へと運んでいく。
せっかくの上物を奪われた盗賊共であるが、残念な顔をするだけで抗議の声は上がらない。
オルドボを最上位者として称え、権力の言いなりになる盗賊共はさながらブラック企業の社員である。死亡事故の絶えない異世界におけるブラック企業は相対的にホワイトなので、盗賊共の忠誠心は高く見受けられた。
「へ、頭。お前も付いて、来るんだ。品定めする」
オルドボと、片手で手荷物のように運ばれるアイサ。二人に続き、大型シミターを担ぐ盗賊頭も後に続く。
洞窟奥にはオルドボの体形に合わせた巨大な扉がそびえていた。重力感ある扉なのに、オルドボは悠々と開け放つ。
こうして、アイサは密室へと連れ込まれる。
アイサが最初に気付いたのは、饐えた汚臭だ。
不潔な盗賊共も相当に汗臭かったはずである。が、オーガの体臭と体液の臭いが充満している密室は、アイサの美顔が歪む程の悪臭で満ちている。
「さあァ、商品の品定めをするぞ。ぐふぇふぇ」
オルドボが気色悪くハニかむと、盗賊頭が自発的に動き出す。
盗賊頭は、アイサの細い手首に鉄製の手錠を掛けていく。植物操作できるエルフに、荒縄のような自然物を使う不注意はない。
手錠には鎖が繋がっており、室内には鎖を巻き上げる滑車が備わっていた。
滑車が回される事で、鎖は天井方向へと引き上げられていく。鎖で拘束されるアイサの両腕も上方へと引き上げられる。
つま先立ちになるかならないか。そういった絶妙な高さになるまで鎖は引かれて、アイサは無防備にも両腕を掲げた格好になってしまった。
絶体絶命の窮地だ。
しかし、こういった状況における適切な台詞を、エルフは有しているのだ。心配する必要はない。
「くっ、ここ、こ殺せ!」
アイサは姉からの訓練通り、敵対種族に拘束された際に使う台詞を思い出しながら口にした。
姉のトレアいわく、生還が絶望視される状況で自決不可能な状態に陥った場合は、敵を活用すべし。あえて逆上させて敵の手で殺されるべし。
……長命であるはずのエルフの儚い生命に、アイサは涙した。若いエルフなので、台詞が震えていたのは仕方がないだろう。
目尻の涙は、嗜虐心をそそるものである。
身をよじるアイサの仕草は、殺意ではなく情欲を誘うものである。
「可愛いエルフだぁ! 体は、どうだろうなぁ?」
エルフ必殺の台詞は空振りに終わった。オルドボは活きの良い商品に喜ぶだけであり、品定めを次のステップに進めていく。
植物の緑色をした民族衣装をオーガの巨大な両手で掴む。と、左右へと一気に引き千切る。上質な生地を使っていたはずであるが、オルドボの『力』の前では大した強度ではない。
エルフ特有の白い肌が露わになる。
エルフ特有の平たい胸部も露わになる。
男性になる事を目指しているアイサは上の下着を着用していない。
男性なのだから、不要な程に貧相だという現実にアイサが悩んだ事はなかったのだが、その慢心が仇になってしまった。
「ひっ!?」
無の近似値であっても無ではない。家族以外の者に肌を見せる恥辱も無ではないのだ。
アイサは暴れるが、鎖の所為で隠す事ができずにいる。
下の下着は残っているものの、それもいつまで持つか。
「エルフにッ、拷問は無駄だから!」
「実にエルフらしい体付きぃ。売れる。これは売れるぞぉ!」
可愛らしい痩せ我慢をまったく聞いていないオルドボは、すぐに柔肌へと触れてしまう。アイサを奴隷商人に売り付けた際の金額を想像しようとしているのだ。
まず、エルフというだけでマッカル金貨六千枚が最低値となるだろう。魔界へと引きこもっているエルフのレアリティと生きて捕縛する労力を考えれば、正当な額となる。
次に、アイサが幼いというのも加点対象となる。
希少なエルフの、更に希少な幼少期。人間族の貴族とは度し難いもので、母体として適さない女に欲情する変態が多く存在する。変態だから金の羽振りが良いので、マッカル金貨七千枚は財布から軽く出すだろう。
いや、アイサの初心な反応を見れば処女である事は確実だ。金貨八千枚。
「はァはァ、おで、興奮してきた」
「ひぃぃッ!?」
ふと、アイサは気付く。
オルドボの腰布が、気色悪い形に持ち上がっていたのだ。
股座の中心から棒が突き上がっているかのようであるが、そんな棍棒をオルドボが隠し持っていたという事だろうか。どんどん長くなっているのが特に気色悪い。
それともまさか。こうアイサは声にならない悲鳴を上げる。
両性具有のアイサだから、下半身にあるものをいちおう予想できた。……予想できたからこそ規格外の膨張率に驚き、そもそも膨張するものかと二重に驚いている。
「髪のいい色が、金貨の色だぁ」
アイサが身を縮めた分だけ、オルドボは金色のアイサの髪に触れようと接近する。
「来るな! 僕に、近づくな!」
オルドボのでか過ぎる図体が災いした。
ほぼつま先立ちで吊るされているアイサであるが、背丈は低い。
一方のオルドボは、オーガゆえに三メートルの身長を誇る。下半身の高さはアイサの無ネ……胸の高さに相当する。
そういった位置関係でオルドボが欲情していたとしたら、アイサは悲惨なモノを目線の高さで見ている事になるだろう。
金色の髪に手ではないモノを近づけていくオルドボは、アイサの髪を愛おしそうに見下ろしながら品定めを締め括る。
「エルフフフフの幼精? 素晴らしいぃっ。ペドフィリアの人間族なら、男女問わずにも売れる!」
オルドボはオーガとは思えぬ博識者だ。
だから、アイサの商品価値を正しく認識している。エルフに種族的危機が起きた時、男にも女にも成れるエルフが登場するという神秘さえ知っている。
愛玩奴隷を求める人間族の顧客の中には、エルフの幼精のような特徴を愛して止まない者達がいる。彼等彼女等は己の性癖が特殊であると熟知しているからこそ、アイサに対してはマッカル金貨一万枚の大金を支払う。この最重要情報もオルドボは知っていた。
「おでは、金にまつわる事ならぁ、何でも知っているんだァ!」
「嫌だ。助けてッ、僕を助けて姉さん!」
「はぁはぁ、スゴイ。たった一人でマッカル一万枚! はぁはぁ、スゴッ」
「ひぃッ、触れッ?!」
オルドボは想像のみで最高潮に達する直前――、
「もう、我慢できないぃぃぃ!」
――大声を上げながら背後を振り向く。そして、そのまま奥部屋へと走り去っていった。
数秒後、奥部屋より気持ち悪いうめき声と獣臭さが漂う。
悪夢の瞬間が突如己を置き去りにして消えてくれた。その理由がさっぱり分からないので、アイサは思考を手放して硬直し続けている。
「オルドボの旦那は金塊でしか達せない人だからなぁ……」
盗賊頭は後頭部が痒いのか、右手で頭をかいている。今月の上納金がオーガ臭くなるやら、その性癖があるから信頼できるのだがやら、呟いている。
下着一枚で放置されたアイサは、未だに思考のスターターが入らず固まり続ける。
体を汚されなかった分、エルフの威厳が穢された気分なのだろう。己の魅力が金貨に劣っていたから助かったというのに、アイサは素直に喜べない。
ただ、アイサは一つ感想を覚えた。
あんな気持ち悪い行動を取ってしまうのなら、男性になりたくないなと心底感じていた。