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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第一章 長耳集落にて
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1-2 寝床、食事付き

 海で溺れた後、息を吹き返すような深い息をする。

 己の呼吸に驚いて、俺は眠りから覚めていく。

 まぶたに接着剤のような目脂めやにが張り付いていた。どうにも、酷く疲れている。瞼を開くエネルギーさえ体中からかき集めなければならない。目覚める事にさえ苦労しながら起床する。

 ……そうか、俺は行き倒れたのだった。疲れていて当然か。


「ど……こだ、ここ……?」


 眼球がまだ寝ぼけている。まるで、角膜の前に度のキツいステンドグラスにはめ込まれているかのようだ。瞼を開いているのに、周囲を見渡せない。

 ただ、輪郭だけの光景から、気を失う前までいた深い森ではない事ぐらいは分かる。

 視覚に頼らなくても、嗅覚で判断できる。

 床から腐葉土の湿った臭いがただよっていないのだ。

 きっと行き倒れているところを、誰かに助けてもらえたのだろう。あんな深い森で死ぬのは都合が悪いからと思い、両手両脚を縛り付けて運んでくれたのか。酷い慈悲深さだ。

 お陰で、手首と足首が痛くて仕方がない。血がにじむ程に拘束しなくても俺は衰弱して動けないというのに。横倒しのまま寝かされていた所為で、片側の手足の血行が悪くて感覚がなくなっているぞ。

 死に掛けの俺を拾って硬い地面に放り投げてくれるなんて、なんて――言えば――いい人なのだろう。


「………ひもじい」


 救助されておいて図々しいのは分かっているが、腹が減って辛い。食事がしたい。

 せめて飲み水が欲しい。最悪でも泥水をすすりたい。

 たぶん、このまま何も食わないと飢え死にするな。



『――喰え』



 目の前に半分に千切ったパンが落ちてきた。

 まさか、天の助けか。


『本当は、お前を早く殺したいんだ。今殺されたくなければ、喰え』


 文脈が可笑しい事を言われた気がしたが、俺の知っている言語ではないので理解できない。何より、衰弱死寸前の俺としては、目前にパンがあるのに他の事に構っていられない。

 硬いライ麦パンは食べ難い。

 味も悪い。

 そもそも、消化器官が受け付けない。病人にはおかゆが定番だというのに、と文句を言いたくなる。まあ、食うけれど。

 縛られたまま芋虫がごとく、地面をってパンに食らい付く。顔に張り付いている仮面が干渉する。食事の邪魔である。まあ、口元は開いているのでどうにか食える。

 バターやジャムではないが、砂もトッピングとしては案外いけるな。ふむ、ジャリジャリした食感が実に不味い。

 硬いパン片で食道を傷付けながら、飲み込む。圧倒的に唾液が足りない。


「かはッ、う、うゲっ……がはぁ、はぁ」


 案の定、胃がパンの不味さに驚き、口の外に投げ返してきた。まあ、牛の反芻はんすうみたいなものだろう。

 食事とは楽しいものなので、思わず涙があふれてしまう。



 ……ああ。俺はどうして、こんなに卑屈なのに健気なのだろうか。



 絶対に幸せではない状況で、不幸に目を背け続けている。

 記憶がないのが恨めしい。が、幸せな記憶がないから現在の不幸を相対評価できずに、耐えられているのかもしれない。


『醜い。虫唾が走る人間族め。情報を聞き出しても即死しない程度に回復した時が、お前の最後だ。鳥面』


 咳込んで食事が進まない合間に、言語不明の声の方向を見上げてみる。


『人間族は、私から妹を奪い去った。この扱いは、しかるべき罰だ。苦しめてやる』


 言葉を失う程の美貌を持った金髪の女が、俺を見下した。

 長い金の髪は腰まで届いており、枝毛は一切ない。

 大きな青い瞳と小さな口。顔の部位の比率は神が定めた法則を順守しているから、絶対的だ。

 顔に限定しなくても外見は完璧で、ノースリーブな民族衣装から出ている両腕にはシミ一つない。くびれた腰を持つが、体形はただ細い訳ではない。筋肉質という訳でもない。下品にならない程度に引き締まっている。

 そして、注目するべきは女の胸部だろう。すべてが完璧な芸術品は愛嬌がなく、嘘っぽいものである。だから、胸をあえてつつましく仕立てる事により、総合的には完全性が失われていないのだ。

 完璧ではないからこそ、完璧である。

 おお、俺は今世界の真実に近づいた。



『クソ。黒く、汚らわしい目の色だ!』



 それにしても、現在の俺の境遇から察していたが、女に信愛の情は一切見受けられない。憎悪の込められた目線で俺を突き刺し、そのまま死ねといった瞳をしている。


『早く喰えッ』


 今、この女に脇腹を蹴られたので悶絶しているので、恨まれているのは間違いないだろう。

 まったく。長耳・・がチャームな美人に恨まれるなんて、本当に記憶を失う前の俺は何をしてしまったのだろうか。無性に死にたくなるじゃないか。

 ……ちなみに、人間の耳が長いという記憶はないのだが、きっと忘れているだけだろう。気にする程ではないさ。


『お前を殺す日が、楽しみだ』


 女の目が細められ、低い口調で言葉が発せられた。

 美女に蔑まれ喜ぶ性癖はない。気分がどんどん深みに沈んでいく。

 こんな時に使える精神安定剤みたいな特技を持っていたような気もするが、やはり、何も思い出せない。


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“『破?』、両??ら??に???スキル。封印中です”

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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
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