21-7 黒が赤くなる
オルドボ商会の間違い。その一つは、金貨での取引に固執した事だろう。
『ゴールド・アーマー』スキルのため、というよりは『成金(強)(強制)』に汚染されるオルドボ本人の趣向を際限なく反映させてしまった所為であるが、そこに大きな落とし穴がった。
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“『成金(強)(強制)』、両手から溢れ出る金にほくそ笑むスキル。
金銭感覚が麻痺するが、持ち資産で実現可能な欲望に対する耐性が百パーセントになる。
往々にして、人は現在資産以上の金を求めてしまうため、スキルを有効活用できる場面は少ない。
強制スキルであるため、解除不能”
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異世界で最も流通している金貨、マッカル金貨は百円玉サイズの小さな金貨である。金貨にしては価値が低く、それだけ普段使いされており発行枚数が多い。だからといって一つの商会が三〇〇〇万枚相当も独占してしまうと市場が滞る。マッカル金貨以外にも金貨は多数存在するが、大手発行元たる帝国が陥落してしまっている以上、マッカル金貨以外に頼れるものがないのが現状だった。
安く仕入れて、高く売る。
魔族が国を滅ぼしロハで仕入れて、オルドボ商会が暴利で売る。
オルドボ商会ばかりに金貨が集中してしまい市場が崩れてしまって当然だ。
せめて金貨以外の貨幣、もっと一枚あたりの価値が高い大金貨や王金貨で取引していれば市場影響はなかったはずだ。が、オルドボ商会と取引する際、金貨で支払うと値下げが効く。ゆえに不足している金貨を国は無理して回収する。
人類各国で支払いが遅延する状況が勝手に出来上がっていたのである。
「どうしておでの『金』がァ!? おでの『金』がァッ」
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“ステータス詳細
●金:三、ニ五〇、六三一枚マッカル金貨相当”
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オルドボ商会の間違い。その二つ目は圧倒的な輸送力だ。
商品を地下のトンネルでピストン輸送できるオルドボ商会の輸送速度は世界一である。
素直にすごいと言えるが、チート行為には何かしらのしわ寄せがあるものだ。オルドボ商会の場合は、人類には明かせない方法であるため商品の輸送に使えても、代金の回収に使えない点であろう。
詰んできた荷物を下ろして、空いたスペースに代金たる金貨を乗せれば良い。……という好都合な状況は常に発生しない。
特に、金貨不足が生じている昨今では、商品を届ける速度が商品の代金が支払われる速度を圧倒してしまっている。通販サイトで商品を注文した際、翌日に商品は届いたが、給料日がまだだっため支払期限ぎりぎりまで振込みを行わなかった。そんな状況だ。
もちろん、月単位での帳簿上では収支は黒字に大きく傾いている事だろう。オルドボがツケを許容するとも思えない。
ただ、より短い期間、日単位や半日単位でオルドボ商会の金貨残量を計測すれば、枚数が極端に減少している時間帯が存在するのは確かだ。内部事情に詳しいヘンゼルに収支状況を思い出してもらい、ペーパーに必死に計算してもらったので確信を持てる。
「仮面のアサシン、お前のじわざかッ」
「何もしていないとは言わない。協力してもらえる国には時間を合わせて大量発注をしてもらった。非協力的な国には金貨の運搬事故に遭ってもらった。それだけだ」
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“ステータス詳細
●金:一、〇一九、三四七枚マッカル金貨相当”
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帝国をほぼ支配した魔王連合に対する大反攻作戦のために、人類はこぞってオルドボ商会を頼っている。その状況を一挙に解決するのは難しい。
ただ、リセリの故郷である教国や帝国戦闘姫と交流を持つ帝国残党には今日この時間にオルドボ商会の『金』を消耗させるように、あらかじめ大量発注してもらっていたのである。
更には、月桂花を派遣した農業国からはオルドボ商会に対する大量の売り付け。冒険者のフリをした落花生、ラベンダーによる国宝レベルのアイテムの売り付け。不幸な山火事や吹雪によるオルドボ商会への現金輸送の遅延。人類国家が反攻作戦を無視して魔族を追い払い反攻作戦をキャンセルさせる。などなど、様々な出来事が同時に起きるように調整した。
これらの工作が効果を発揮するためには、オルドボ商会の資産が突然の出費で半減していなければならなかった。予備の『金』を事前に削っていなければ無意味に終わった事だろう。
すべての状況が揃えば、短時間ではあるがオルドボ商会の『金』が底をつく。個人のスキルたる『ゴールド・アーマー』に企業の決算の概念がないのは仕方がない。
商売として儲かっているのに、オルドボ商会の資金は尽きたのだ。
「オデの金貨ガァァアァァァッ」
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“ステータス詳細
●金:五ニ一、九枚マッカル金貨相当”
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オルドボ商会の最後の間違い。
それはそもそも、オルドボ個人の資産と商会の資産を分離していなかった事にある。異世界としては先端を行く経営術を披露しながらリスクヘッジできていなかった。
商会の終わりがオルドボの終わりであり、オルドボの終わりが商会の終わりでもある。
「ウォォ、オォウウウぉおっ!!」
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“ステータス詳細
●金:一枚マッカル金貨相当”
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本気で泣き叫ぶオルドボを見ていると心が痛まないでもないが、魔王に従う魔族に容赦は不要だ。
金貨一枚でレンタルしたリボルバーを額に向けて、トリガーを引く。
オルドボは仰向けに倒れて、大きく両腕を広げて動かなくなった。頬からは涙が流れていた。
「終わった、でありますか。では遺品の『奇跡の葉』一式と『奇跡の樹液』を回収する、であります」
「容赦ないな……」
討伐したモンスターからアイテムを回収するのは違法でもなんでもないが、何となく羅生門を思い出してしまった。俺はヘンゼルから身ぐるみ剥いで闇へと消えるべきなのだろうか。
まあ、悪用されては困るレアアイテムなのでオルドボの屍骸の周囲を探るが……『奇跡の葉』が入っているトランクケースや小瓶が見付からない。戦闘中抱えているようには見えなかったのでどこかに放置されているのだろうとは思う。
ふと、地下が上下に振動した。
地下であるはずなのに大気が震えて、天井から埃が落ちてくる。
ヘンゼルの肩の方がより一層震えているのが不思議だ。
「め、めっ、迷宮魔王、様、で、あります!」
足元が震えたぐらいなので、オルドボが遠くに放置していたトランクケースが倒れて小瓶は転がった。そのまま転がった先に円形の穴が広がって消えていく。
逃してしまった、などと悔やんでいる余裕はなくなった。振動はいったん停止したが、すぐに強まって再開されたからだ。今度は途絶える事なく続いている。震度3から4はあるだろう。
まるで、地下を巨大な何かが移動しているみたいだ。
「ヘンゼル。ここから離れるぞ!」
地下へと下りてきた階段が崩れる前に脱出を試みる。
オルドボ商会が世界各地へと物資を輸送していたトンネル。その長く遠い向こう側に、無数の牙が見えた。




