21-4 三〇〇〇万枚の商会
空では世界を滅ぼす大魔王が浮遊している。
それを知らない幸せな地上の諸国は、帝国を占領する魔王連合――実質、迷宮魔王のみの軍勢となってしまったが――に対する反攻の準備を着々と進めていた。帝国南東部をナキナを中核とする人類国家が抑えたため、反攻作戦が現実的なものとなったためだ。
ただし、不遜な名前の雑多な連合軍と連携を取る国家は少ない。人類国家を省いて戦いに望もうとしている。
「グリム商会からは購入しない? どういう事ですかっ」
「どうもこうもない。恥ずかしげもなく人類国家などと己を評する集団と繋がりを持つ商会まがいの詐欺グループから買う麦も米もない」
取り付く島もない態度を取っているのは、オリビアの隣国の軍人だ。オリビアに近いという事はナキナにも近いという事であり、ナキナに対する評価は低い。
商売を失敗させたくないので、ヘンゼルと共に食らい付く。
「安くする、であります」
「そうです価格には自信がっ。他商会の価格をご提示していただければより低い価格で。あ、ネット通販は除きます」
「いらん。帰れ!」
まったく態度を軟化してくれない。俺達はいらない子扱いである。魔王連合討伐にどれだけ貢献しているかクドクドと説いてやりたいが、他にも巡る国は多い。
関所の前で門前払いされてしまったため、率いる輸送部隊と共に来た道を引き返す。
ふと、道の向こう側に俺達とは違う輸送部隊が近付いてくる。荷台には食料と思しき膨らんだ袋が満載だ。武具の類も多い。車両の数は俺達の倍近かった。
荷車の側面には、デフォルメしたオーガの顔が印字されている。
「オルドボ商会でーす。お届け物を宅配にきましたー。判子をお願いしまーす」
「あー、はいはい。ご苦労様です」
「どうもー。あ、これ、ご贔屓にしていただいているお礼です。つまらないものですが、皆様でお分けください」
「甘い物は苦手なので部下に配ってやりますよ。箱の方、特に黄金色の敷物は責任を持って処分を――」
俺達と時とは打って変わってニコニコ顔の軍人に対し、軽蔑の視線を送ってみるが気付いた様子はない。
軍人がオルドボ商会の商人より受け取った菓子入りの木箱の中が、金貨の色に輝いてみえた。
「あからさまな賄賂の受け取り、であります」
「オルドボ商会の圧力か。前に営業に来た時はもう少し友好的な対応をしていたと聞いているから、間違いないか」
ヘンゼルを長とするグリム商会を発足したものの、各地で営業活動に失敗していた。安く買い叩かれている訳ではない、商売そのものを拒絶されている。
販路に割り込もうとする俺達を邪魔に思ったオルドボ商会が、金の力で圧力をかけてきているのは間違いない。
「……作戦通り、であります。小さな商会でありますが、オルドボ様は敵視してきた、であります」
「オルドボが金をばら撒けばばら撒くだけ勝利に近付く。……オルドボの『ゴールド・アーマー』の効果は間違いないんだな?」
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“『ゴールド・アーマー』、金に守られたという世知辛いスキル。
資産として所持しているマッカル金貨一枚で、ダメージ(例、『守』と『攻』の差分)を1相殺する。
一般的な冒険者にとっては割に合わない出費が求められるため、スキルのご利用は計画的に”
“実績達成条件。
金に命を救われる”
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「本人が自慢していたので間違いない、であります。オルドボ商会を使って利益を上げているため、金貨の枚数は三千万枚に達していると思われる、であります」
「資産を個人と商会で分離していないから酷い枚数になっているな」
「膨大な金貨を有する今のオルドボ様を倒すのは真性悪魔でも難しい、であります」
流石に六節以上の魔法を連発し続ければ資産を削れると思うが、オルドボを倒し切る前に大陸が沈んでしまうか。
国家予算と同等の資産を持つオルドボを倒すためには、まずオルドボ商会を倒産させなければならない。
「本当にできる、でありますか?」
「分からないが、三千万枚削るより現実的だと思う。駄目だったら皐月達に大陸ごと消してもらうさ」
次の営業先へと向かうため馬車に乗り込んだ。
国をニ、三経由した後、オルドボ商会の本店へと俺達は向かう。
「金貨が余り余って、オデは幸せ者ダぁっ」
金貨の詰まった大きな宝箱に体ごと使って、バスタブで寛ぐよりもリラックスしただらしない表情をオルドボは見せている。金貨の浸かり心地は悪いと思われたが、牙が剥き出しの顔は呆けている。肌の分厚いオーガにとって、金貨の硬質さは丁度良いのだろう。
いや、金貨に深い愛情を抱く特殊なオーガは、オルドボ以外にありえないが。
「武に秀でたメイズナーも死んだァ。知に秀でたエクスペリオも死んだァ。結局、最後まで生き残っだのが金のおでだったァ。金は偉大だと証明されだぜぃ」
オーガの巨躯を埋められる程の宝箱なのだから、箱に入っている金貨の枚数は相当なものになる。が、この宝箱に入っている金貨でもオルドボの資産の一パーセントに満たない。
「迷宮魔王様が最後まで残ったのも、やっぱり偉大さの証明だァ。ぎっと迷宮魔王様なら竜頭魔王程度に負けはしないでぇ。世界が滅びた後の世界を支配できるでぇ」
実のところ、オルドボにできる事はもうほとんど残っていない。三騎士としての役目はほぼ終えており、迷宮魔王のためにできる事はほとんど済ませてしまっている。
ノアの箱舟への荷の詰め込みは完了した。
迷宮の拡充は既に終わり、必要となる施設は稼働状態にある。
後はオルドボが地上から地下に戻るだけであるが……オルドボに地下に戻る気持ちがあるのかは定かではない。経済の概念がなくなる世界の到来をオルドボが歓迎しているとは思えない。
「まだ集められるでェ。もっと集められるでェ」
最後の最後まで金貨を集め続ける事だけは間違いなかった。
「ギルド長。お客様でございます」
前触れなく、オルドボの個室のドアがノックされる。
ノックしたが商会員は入室しない。オルドボの種族を知っているか否かはあまり関係なく、金貨と戯れているギルド長を邪魔したくないという配慮によるものだ。
「おでにかァ? アポもなく珍しいでェ。会ってやっても良いガ、どこのどいつでぇ?」
「それが……元上級商会員、ヘンゼルでありまして」
「ぐ、グフェフェッ。親不孝な商会員が戻ってキタかァ! そいつは会わねぇどなァ」
金貨を稼ぐ事以外で喜色を浮かべる事のないオーガが、笑みを浮かべる。




