20-14 暴悪
天竜との戦いは佳境に入った。
というよりも、俺がガス欠を起してこれ以上戦えない状態まで追い込まれてしまったという方が正しい。『魔王殺し』でパラメーターを激減させているのに重量を無視して飛び回り、悪霊を無尽蔵に生産してくる天竜の物量戦法に圧倒され続けた。
俺一人で戦線を支えるのは無謀であったのもの、俺以外が戦えば相当数の犠牲者が出ていた事だろう。
「はぁ、はぁ、まだまだっ」
『魔』の残量は一桁のみ。
『暗影』は念じても発動の気配さえ感じられない。
世に伝わるドラゴン殺しの伝説の難度の高さ。その偉業という名の苦行を、己の身を持って体感してしまう。俺の場合は生け捕りが目的なので更に難度が高い。ペットのためとはいえ体が持ちそうにない。
「俺ー、生きているかー?」
遠くから誰かが俺の名前を呼んだ。ベネチアンマスクを付けた怪しい男である。
「また黒曜が俺に化けたのか!? それともペーパーか!」
「『分身』したのをもう忘れたのか! 本体っ!」
パラメーター十分の一の分身体の癖に賢いではないか。と、自画自賛していないで分身と合流する。
「天竜は助けられそうか?」
「可能性はあると思うが想像の域でしかない。ぶっつけ本番で試すしかない」
「助けられる可能性がないよりマシか」
計算式がある訳ではないのだ。正しい答えが簡単に分かるはずがない。
「――いや、おこがましく助けようと思っているのなら失敗するだろうな」
分身体が意味深な台詞を口走っていた。客観的に見て気色悪い。もしかすると俺、他人から変な奴と思われているのではなかろうか。ドッペルベンガーを見た際の死因は、羞恥死である可能性が高い。
分身体の体が薄れていく。分け与えていた『魔』を消費し尽して消滅を開始する。
「おっと、時間切れだ。うまくやれよ、本体」
「く、丸投げして消えていく分身体が羨ましい」
「お? アイデンティティに悩みつつ、魂もないのに消えていく苦しみを本体ごときが耐えられると?」
「やめろ!? そんな話聞いたら『分身』使えなくなるだろ!」
完全に消える前に分身体からアイテムを受け取って『暗器』で格納しておく。
「お前らしくでいけよ、じゃあな」
それで分身体の記憶や考えを共有できるはずもないのに、冷たい水を飲み込むようにこれからの行動手順が頭の中に入ってきた。
「……そうだな。俺らしくいくか」
やだ、やっぱり気持ち悪い。などとお茶目を言っている余裕はない。背後に巨大な質量を感じ、地響きに大地が震える。
「怖がってはいられないからな」
天竜が地上へと着地してきた。朽ちて穴だらけになった翼を両方広げて、吠えている。
ドラゴンらしい威嚇の仕方だ。たった一人の人間に対しては過剰な大声。とても単身で受け止めきれるものではなく、鼓膜が破れてしまったかのように痛い。
だが、手は耳には向かわない。
ゆっくりと動く手の行き先は……仮面だ。
「何をしている、食物?」
天竜の巨大な体から、汗のごとくモンスター共の悪霊が零れ落ちる。
俺の小さな体から伸びる影の色が深まる。
「諦めたのならば、早く喰われて死ね」
「諦めて良いのか? 俺はお前を助けようとしているのだぞ」
無数の悪霊が生者の肉を奪い、この世に復活したいと遺骸をぎこちなく動かす。
俺の小さな影が液体のように波打ち、向こう側にいる無数の何かが手を伸ばして水面を叩いている。
「タスケる? 助け……馬鹿馬鹿しいイィィィッ!! ふざけるなァッ!!」
「最後通告だ。正気に戻ってくれ、天竜」
「今更ッ、今更ァア!! 今更そんな事を、言うのカカアアアッ!!」
天竜は怒り込めて咆哮した。
「まあ、怒るよな。そりゃぁ……はぁ。――深淵よ」
体力も『魔』も使い果たした俺にドラゴンと戦える程の力は残されていないが、俺は仮面を顔から剥ぎ取る。
「――深淵よ。深淵が私を覗き込む時、私もまた深淵を覗き込んでいるのだ」
マスクの向こう側は、黒い穴の開いた俺の顔だ。
天竜の力は人間では太刀打ちできないレベルであるのは間違いない。少なくとも俺では勝負にならない。
ただし、悪霊を使役するという一点において天竜は俺より遥かに劣る。
顔のない俺が足元に向けて命じれば、これまでの戦いを通じて様々な縁で繋がる魂達を手足のごとく使いこなせる。
「無闇に受肉させる必要などない。雑魚を蹴散らすには、腕が一本あれば事足りる」
ふと、天竜が生み出したモンスター共の足元から黒い腕が現れて、引きずり込む。空を飛ぶモンスターのみが難を逃れる。
「誰かれ構わず受肉させる必要などない。戦闘力の高い悪霊に対して優先して分配するべきだ」
ただ、飛行モンスターも安堵してはいられない。眉間に四方手裏剣が刺さって動転したところを狙われ、首をクナイで裂かれて墜落している。
老人の悪霊忍者が目にも止まらぬ速度で襲いかかっている。
「悪霊の王を名乗りながら幼稚なものだ。お前ごときが悪霊魔王を名乗るなど片腹痛い」
悪霊を俺が顔向けると、猛威を振るった天竜が一歩右足を下げた。
「あ……悪霊の魔王は、我であろうがッ!!」
天竜が怒号と共に体を回転させる。地表を薙ぎ払う尻尾の一撃が繰り出される。
片腕のみで防ぎ切って余裕を見せるべきかと一瞬考えたが、考え直す。『魔王殺し』で激減させていたはずの天竜の『力』が戻っているように思われたからだ。
当然だろう。悪霊魔王が同時に二人も存在するはずがない。俺こそが悪霊魔王に相応しく、天竜は所詮、模倣犯でしかない。『魔王殺し』の対象から外れても何らおかしくはなかった。
よって、俺以外の者に受け止めさせる。
ワンパターンで良いのならギルクなのだが、天竜相手にニ連敗しているので別の悪霊を呼び寄せよう。
「誰かある。竜退治の時間だぞ」
地面に黒い水面がトラックが通過できる大きさまで広がり、水の底より勢い良く飛び跳ねた魚の体がドラゴンの尾を受け止める。巨大同士のぶつかり合いが衝撃波を生む。
「お前は――」
魚の体と表現したが半分は不正解だ。体の五割が魚であり、残り半分が山羊でできたキメラは何という名前だったか。
「――カプリコーン。山羊魔王か」
随分と大物が現れたものである。真性悪魔とドラゴンは殺し合う間柄らしいので間違っている訳ではないのだが。
山羊魔王が空を睨んで詠唱を行うと、雷雲が広がって電撃の雨が降り注ぐ。天竜の体に数本直撃して、焼ける音と焦げ臭さが蔓延する。
「あああ!? おのれッ、『不定形なる体』ッ」
赤い霧となって拡散した天竜が、山羊魔王の背後を取って姿を現す。そのまま殴りかかってラッシュを開始した。
山羊魔王の体は粉々に……ならず耐えている。悪魔だけあって物理耐性が高い。反撃で角を天竜の腕に突き刺している。
「このままでも勝てそうだが、せっかくだからもう一体呼び寄せてやろう」
一旦、上空へと飛行して天竜は距離を取ったが、そこへと百の魔法の群が襲いかかる。
山羊魔王が現れた水面を更に広げて、百の首を持つ異形がゆっくりと姿を現す。その正体はヒュドラー、合唱魔王で間違いない。
「どうだ。座付きの魔王をニ柱も投入してやった。天竜、お前に勝ち目はないぞ」
ボロボロになって落ちていく天竜を見て、勝ち誇る気分にはなれない。
強い悪霊を呼び寄せた方が勝つ。そういった駒任せの単純ルールを敷けば、天竜が俺に勝てるはずがないというのは仮面を外す前から分かっていた。大人が子供に本気を出しているようなものなので、申し訳ない気持ちにしかならない。
このままゴリ押しで天竜を消耗させて取り押さえる。
賢い方法ではなくても危険は少ない。
「アアァ、ああッ? 真性悪魔が何だというのだ! 魔王が何だというのだ!」
墜落し、地面に衝突する寸前だった天竜が羽ばたく。ボロボロの体のどこに力を蓄えているのか抵抗を継続する。
「ゾンビの体にも限界がある。無理をせず落ちていろ」
「誰が屈服などするかッ、誰が負けるものか! この世界は孤独だ。誰も助けてはくれぬ非情な世界だ! 負けを認めた瞬間、他人の食料となる世界で負けを認める馬鹿がどこにいる!」
「天竜……お前」
「我は悪意に育まれた悪竜だッ。決して、悪意では倒れぬ!」
ブレスの照射による抵抗を、俺は山羊魔王の盾にしてやり過ごす。
黒い血飛沫が舞ったので山羊魔王の体が傷付いたのだろう。水蛇の首も複数本飛んでいる。
とはいえ、手数はこちらの方が多い。ブレスのお返しで放たれる魔法の乱射で天竜の翼がもげて胴体に大穴が開く。
「我に悪意を向けたなッ! 殺し合え、『暴悪』!」
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“『暴悪』、悪意を暴走させ、無慈悲な世界のあり方を示すスキル。
スキル所持者を害した対象に暴走のステータス異常状態を付与する。
暴走状態の者は理性が失われるため近場にいる他者の攻撃を開始するが、本スキル所持者は除外される”
“実績達成条件。
悪竜職をSランクに高めるまでに、悪意に満ちた世界で生存する”
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天竜が何かのスキルを使用した瞬間、山羊魔王と合唱魔王の動きが十秒程度停止した。その後、思い出したかのように互いに目線を合わせて苛烈な攻撃を開始する。
「あははっ、これが世界だ! 他人はすべて敵という名の食物。そんな世界だから、我を誰も助けてはくれなかったのだ!」
「悪霊の支配がっ、天竜!」
「あはははっ、殺し合え、殺し合って皆死ねッ!!」




