20-13 竜から神へと至る理由
視界の左右から天竜の顎が迫る。壁が狭まる即死トラップに引っかかった探究者の気分だ。
『魔王殺し』が効いているので『力』での対抗を考えても良いが、飲み込まれる可能性が高い。
となれば『暗影』か『コントロールZ』による回避が最有力であるのだが、『暗影』は連続使用に難があり『コントロールZ』は消費する『魔』に難があった。
まあ、出し惜しみしていられないので『暗影』で回避を――、
「アアアアアァアッ――あっ」
ふと、顎の動きが停止した。
ほんの一瞬だ。喰われようとしている俺でなければ気付けない程度、目の錯覚レベルの停止でしかなかったが、確実に顎は停止した。
「とまっ――ぐふぇ」
だが、停止したと安心していると、舌で弾かれて大きく吹き飛ばされてしまう。
どうやら正気に戻って助けてくれた訳ではないらしい。舌で弾いただけの一撃であったものの体格差がある。打たれた肩は脱臼するだけでは済まされず、骨が粉砕されて片腕が機能を失った。
草原をバウンドしながら滑っていく。
遠くでは天竜が、吐き戻している。
「ガァ、ゲハッ、あぁぁぁぁ」
「人を喰いかけておいて、失礼な反応を見せるなよ」
吐瀉物も悪霊に変化しようとしていたが、天竜は足で念入りに踏み潰している。
片腕をぶらぶらさせながら天竜の反応を思案する。俺を喰おうとして喰わなかった……いや、喰えなかった理由。決して見逃せるものではない。
だが、戦いながら結論に至れるものではない。戦って理解したが、俺のペット強過ぎないだろうか。スキルの使い方なんて飼い主以上に巧みなのですが。
戦いながら考える。この無理を実現するために『既知スキル習得』を使用するしかないだろう。
「『既知スキル習得』発動。習得スキルは『分身』!」
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“『分身』、自分そっくりな攻性デコイを生成するスキル。
一回一体、スキル所持者の十分の一のスペックの分身を作り出す。その際、『魔』を十分の一消費する。
分身は一定時間ごとに与えられている『魔』を消費していき、ゼロになった時が活動限界”
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“ステータス詳細
●魔:74/104 → 63/104”
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天竜と俺が戦闘を再開した。草原を旋回する天竜が空挺兵のごとく悪霊を落としているため押され気味だ。嫌がらせでブレスを吐かれて髪が焦げている。
「馬鹿め、そっちは本体だ!」
俺(分身)は戦場を遠く離れて要塞に到着していた。門は閉ざされているので城壁をよじ登る。分身体はパラメーターが低いのでジャンプしただけでは上まで届かない。本体が負傷した状態からの分身であるため、片腕が使えないのも痛かった。
「凶鳥っ!」
「アイサか!」
城壁の上からアイサが手を伸ばしてくれたので、怪我していない方の腕を出して柔らかい手を握って登頂を果たす。
「おかえりなさいませ、御影様」
月桂花も待ってくれていたようだが、『魔』が枯渇しているらしく苦しげだ。背中を壁に預けて座っている状態から立ち上がろうとしたのを手で制す。
「天竜ですが、完全に悪性へと墜ちてしまっておりますわ。正直、手に余る相手です」
「完全に墜ちていると決定するのはまだ早いです。あの状態にありながら、天竜は人間を喰らっていないようですから」
天竜が悪霊魔王として従える悪霊を見ていて気付いた事がある。悪霊の種類は様々であるが、何故か一体も人間族が含まれていないのだ。
「アイサ、『鑑定』でも確認してくれ」
直感のみに頼らず、アイサに悪霊共を鑑定してもらい種族を特定する。
「『鑑定』発動――ゴブリン、オーク、サハギン、ナイトゴーントに……大量の鯖? あ、あっちの凶鳥が鯖の大群に飲まれて助けてーって!」
悪霊に人間族が含まれていないのは確定した。青魚まで投入する天竜が、脆弱であろうと簡単に手に入る人間族の悪霊を使役しない理由がない。
「今度は、大量の人参とキャベツが落ちてきて、あっちの凶鳥が限界だ、って叫んでいるよ!」
空飛ぶ天竜が大量の農作物を投下して俺を埋めようとしているらしいが、やはり人間族は投入してこない。
「安心しろ。俺に嫌いな野菜はない」
悪霊魔王と言えど、縁のない魂を無限に呼び寄せる事はできない。悪霊を使役するためには死体を回収してしまうのが最も手っ取り早く、天竜の場合は相手を喰らう事が条件となっているはずだ。
悪霊に人間族が含まれていない。つまり、天竜は人間族を喰らってはいない。
そこが天竜を正気に戻す鍵となる。
「ペーパー、天竜川の民話は読んだだろうな?」
気配も確かめずにペーパー・バイヤーが背後にいる事前提で報告を求めた。要塞に残っていたので当然、出迎えに現れているはずだ。
「お前が五品集めるついでに、地球に戻った時に回収した資料か?」
むしろ、戦闘姫要望の五品を集める方がついでであったのだが。帝国領内にドラゴンゾンビが出没すると分かった時点で、天竜関連の情報の回収は最優先事項に繰り上がっている。
天竜自身が教えてくれていれば苦労はなかったのだが、異世界に跳ばされていた俺に訊く機会はなく、俺の代わりに世話をしていたペーパーも訊いてはいなかった。
「読みはしたが、結果から言うと重要な新情報はなかったぞ」
地方都市を流れる川の由来になった天竜であるが、歴史に埋没し、研究もほとんどされていなかっため資料そのものが少ない。それでも諦めずに図書館を巡り、更には個人の研究家や天竜の私祭神祠の管理主を訪ねて資料を調達したものの、結局、詳細は分からなかった。
「簡単にまとめると、異世界からやってきた天竜が飢饉になっていた村を救って土地神になった、って話だろ」
天竜はもともと異世界に住む魔族であったが、地球で土地神になった。この断片情報を複数の資料から確信する事しかできなかった。
……だが、それで問題はない。
「簡単にまとめ過ぎだ。天竜は主様と同じように、地球の人間を喰ってレベリングするつもりだった。それが百八十度変わって神様扱いされるようになった経緯が重要だ」
遠くで野原が赤く染まる。
天竜の高熱ブレスで地表が煮立つ。そこに下り立ったドラゴンの姿は魔王に相応しい。今の彼女は、悪竜と呼ばれて人間族からも魔族からも恐れられていた過去の投影だ。
ならば、過去に天竜に訪れた神へと至るターニングポイントをもう一度経験してもらえば、正気を取り戻してもらえる可能性がある。
「そこのくだりか。確か、天竜は村を救う代わりに生贄を要求して、命を救われた村人は喜んで生贄となった。ただ、天竜はその後、何故か生贄を要求しなくなった。異世界に戻る事もなく土地に居座り、神として長く崇められた。だな」
そうだ。天竜は神様らしく人を救う善性と人を喰らう悪性を兼ね備える存在だったのだ。
けれども、途中から人を喰らう悪性を捨てた。
「アイサ、天竜のスキルを教えてくれ。ただし、無効化されているスキルだけで良い」
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●土地神固有スキル『信仰』(無効化)
●土地神固有スキル『文化熟知』(無効化)
●土地神固有スキル『土地繁栄』(無効化)
●土地神固有スキル『天災無効化』(無効化)
●実績達成ボーナススキル『勘違い(被害者)』(無効化)
●実績達成ボーナススキル『気苦労』(無効化)
●実績達成ボーナススキル『肉食嫌悪』(無効化)
●実績達成ボーナススキル『弱人間族(極)』(無効化)
●実績達成ボーナススキル『神格化』(無効化)
●実績達成ボーナススキル『弱勇者(大)』(無効化)
●実績達成ボーナススキル『従属化(主:御影)』(無効化)”
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実績達成スキルはその者の人生の歩みに等しい。
最初に『勘違い』されて、『気苦労』を背負い込み、『肉食嫌悪』するようになって『弱人間族(極)』となったために『神格化』した。
注目するべきは『肉食嫌悪』。このスキルを得ようと思えば、まず肉を喰らう必要がある。
では、何の肉を食ったために『肉食嫌悪』するようになったのか。
何の肉を喰ったなら『弱人間族(極)』なんてバッドスキルを得てしまうのだろうか。
……答えはもう出ているだろう。ペーパー達と話して確信を得た。
「よし、ペットの飼い主として責任を取ってくるか」
本格的に俺(本体)が悲鳴を上げ始めたので、急いで戻る。
「ほら、これ持っていけ!」
城壁から飛び降りた後、ペーパー・バイヤーが投げてきた物を片手でキャッチする。尖っていたので少し痛い。
「最後にはそれが必要になるはずだ」
「これか、助かる!」
秘密兵器という程の物ではないが、天竜攻略の必須アイテムを手に戦場へと戻る。




