20-11 墓石魔王の計略
墓石魔王の防御面は極まっているが、攻撃面では単調だ。
敵にのしかかって重量で潰す。駆動部位をのし上げて潰す。巨体を横だおしにして潰す。ただただそれだけである。
高純度の幻想存在たるドラゴンと戦うためには、中途半端な魔法要素を廃し、純粋な物質衝突に頼るのが正しいのだろう。
「壊れろッ、壊れろォォォッ」
ドラゴンゾンビ、二代目悪霊魔王は猛攻を続けているが鉄壁のガードを突破できていない。黒い重圧に押されて後退を続けている。
「『力』が足りんのかッ、『怪力』ッ」
“――我ハ無敵デアレ。『矛盾なき盾』”
恐らく、墓石魔王は異世界に存在するどの存在よりも固い。
命令を果たすまで動き続けよ、という言葉が墓石魔王の中枢で流れ続けている。そのための手段として、墓石魔王は固くなるしかなかったのだが。
――世界の滅亡を防げ。
人工生命、ゴーレムたる墓石魔王に三原則は設定されていない。
――お前はガーディアンとして稼働し続けよ。
人工生命、ゴーレムたる墓石魔王は常に一つの目的のために動いている。
――世界の滅亡を防ぐシステムとして、救世主職は不完全だ。
世界を滅ぼす力を有する魔王を座付き認定して優先的に排除する。実に稚拙で穴だらけなシステムだ。世界を滅ぼす力を所持しているからといって、その魔王が世界の滅亡を願っているとは限らない。
無作為に力ある魔王を滅ぼした結果、我等の世界は弱体化が進んだ。その末路が、禁忌の大空洞を通じての越界侵略である。
人工生命、ゴーレムたる墓石魔王は人工生命ゆえにある魔法使い職によって製造された。墓石魔王の目的と製造者たる魔法使い職の目的は完全に一致している。
――ガーディアンは独自の計算式により、世界を滅ぼす悪性を特定し滅する。
悪性的存在ならば魔王であるか人間族であるかは問わない。世界滅亡を誘発する悪性を滅ぼせ、滅ぼせ、滅ぼせ。
たとえその結果、人類が死滅したとしても世界が滅亡しなければ許容しよう。
そのかわり、ガーディアンよ――、
人工生命、ゴーレムたる墓石魔王に世界の価値など分からない。
だから愚直に命令に従う。世界に救う価値があるな否かなどという幼稚な邪念に捕らわれる事なく、世界を救うために製作者と同じ種族が滅びても良いのかという無粋な邪念に捕らわれる事なく、怨敵たる竜頭が所属する魔王連合に参加する葛藤さえ感じる事なく、世界を守るために稼働した。
――原型一班、魔法使い職の最高傑作よ。お前に未来を託そう。
生者を恨む悪霊魔王は、教国に居座る創造主の代行よりまだ座付き認定されていない。が、墓石魔王の判定では間違いなく悪性。優先度でいえば満腹の竜頭魔王よりも高いぐらいだ。
“――我ハ無敵デアレ”
墓石魔王は異世界を守るガーディアンとして、悪霊魔王を滅する。
“――我ハ無敵デアレ。世界ノ守護者トシテ、我ハ無敵デアレ”
「――ハハッ! なるほど、そういう事かッ!」
墓石魔王の突進を避けるため、上空へと退避するしかなくなるドラゴンゾンビ。
「ゴーレムごときが耐えると思えば……そういう仕掛けかッ、小賢しいッ!!」
しかし、ドラゴンゾンビは空に逃れた事によりあるモノが見えてきた。
魔王化していたとしても墓石魔王はゴーレムである。ゴーレムの特徴、emeth《真理》の文字列は必ず体のどこかに象られている。
墓石魔王は何度調査を行ってもemethの文字列が発見されなかったこそ無敵を誇っている訳なのだが……翼ある者達にとって、墓石魔王の無敵の謎はさして難しいものではなかった。
「そこだッ!! 『フレイム・ブレス』ッ!!」
虫食いだらけの翼で高々度へと羽ばたいたドラゴンゾンビは、雲の上より火球は発射する。力の放出が継続されているため、球ではなく軌跡として灼熱が空に描かれた。燃える大気がまるで夕焼けのよう。
狙いは、直下に聳える墓石魔王ではない。
火球は明後日の方向、山の稜線を越えていく。オリビアの領土を遠く飛行して、ナキナ近くで着弾して山向こうが赤く照らされた。
熱量はそのまま破壊エネルギーとなって、着弾地点の大地を深く削る。
首を少し振るだけでも、着弾地点ではキロ単位のズレとなって横一線の亀裂となった。
「アハハハ、アハハハハハッ」
結論から言えば、墓石魔王は文字列を隠してはいなかった。むしろ積極的に見せ付けていたとさえ言えるだろう。
ただし、あまりにも巨大過ぎるがゆえに、地上の者達では全貌を把握するのが困難だった。それでけある。
墓石魔王の異名『行軍する重破壊』の来歴たる巨体と大重量が通過した破壊の道は、多くの場合、復興不能として人類圏に残り続けていた。
それがemethの形をしていたとしても、破壊の大きさゆえ気付けた者はいない。
……空の支配者たるドラゴンを除いて。
“――ワ、ワ、ワワ、我ハハ”
ドラゴンゾンビが焼き尽くした大地は頭文字のeの部分。eの失われたmethの意味は《彼は死んだ》となる。
“――我ハ、ムムムム、無、テテテテテテテテテ、アレ”
鉄壁の黒い直方体に稲妻のごとき亀裂が走る。
ガラスのような破片が飛び散る。
コンピュータが停止する寸前のように、直方体の中央が瞬く。
「お前はこの手で壊すッ!! 『暴走』ッ!!」
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“『暴走』、理性を抑制し、屈服させるためのスキル。
一定時間、スタミナと『魔』の消費がゼロとなる。代わりに、完全暴走状態となるため敵のみならず味方も物も見境なく攻撃対象となる”
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“――テテテテテテテテテ、アレ、無敵、レレレレレ”
「アアアアァァァアアアァァアアアアアアアアッ!!」
急降下してきたドラゴンの両脚が墓石魔王の胴体を貫いて砕いた。
二つに割っただけでは飽き足らないドラゴンゾンビは、両腕で破片を更に砕きつつも喉奥赤く発光させてブレスの放出を開始する。




