20-7 秘宝の数々
グリム商会設立から早五日。人類国家を形成する各国より資本金をかき集めつつ、平行でオリビア国の各地より商品たる食料を回収し始めたところである。
一度、魔王連合によって陥落させられたオリビア国では、無人となった村や街の倉庫に食料が備蓄されたまま放置され続けている。燃やされてしまって灰となった場所も多いが、売り物にできる程度の量は残っていた。
各地の偵察という名目で商品回収には兵隊を動員している。それでも足りない輸送力はラベンダーにゴーレムを量産してもらう事で補っていた。最近になって魔法使い職として腕を上げてきているのか、人間型だけでなく動物型を作成し、地形によって使い分けている。
なお、回収作業で意外な才能を発揮したのは落花生だった。ようやく給油できたL‐ATVを無免許で乗り回して――異世界に道路交通法はないため違法ではない――輸送力向上に貢献している。ナキナと異なり平野部の多いオリビアでは自動車の機動力に勝るものはない。
「長く続く直線! ラベンダーのゴーレムを出し抜くチャンスがきたです。師匠、『韋駄天』スキルで加速させるです」
食料調達は今後、オルドボ商会と戦うための下準備だ。
台帳作成や事務作業は商人職のヘンゼルが適任だったためほとんど一任しつつ、俺は目玉商品の調達に全力を傾けていた。
「このたびご用意いたしました秘宝の数々はすべて、帝国の麗しき戦闘姫のもの。これ程の宝を集められたのもアニッシュ王のご威光があっての事。ささ、どうぞお受け取りください」
ネットサーフィンで厳選に厳選を重ねて入手した五つの宝を、瞼を大きく開いて驚く戦闘姫の前に並べていく。
「たった五日で、まさか!?」
戦闘姫が用意しろと言った宝は異世界的にも幻の珍品ばかりだったらしいのだが、発見するよりもオリビア要塞まで運ぶ方が大変だった。
「どうせ偽物なのだろう!」
「余が信頼する御影が集めた品物である。偽物かどうか、手に取って確かめてみるが良い。姫が本物を見分けれればの話であるが」
「くっ、言ったな」
どれだけ疑われても気にしない。どれもグリム商会お抱えの鑑定士アイサのお墨付きだ。
「いいのかなぁ。……いいのかなぁ」
ちなみに部屋の後ろの方にいるアイサは、泳ぐ目線を見られないようにペストマスクを装着して顔を隠している。
戦闘姫の注文の品、一品目は光り輝く御石の鉢。黒く煤けた茶碗サイズの鉢というのが通説のご利益ある宝物である。
「これが光り輝く御石の鉢……これ、鉢なのか??」
「珍品ですよ。材質はプラスチック」
「ぷらすちっく。な、なるほど」
商品説明欄にはプランターと書かれていたので、鉢で間違いない。
「待て。これのどこが光り輝いている。偽物だっ!」
ご利益ある鉢なので輝かないはずがない、と勝ち誇った表情の戦闘姫は鉢を突きつけてくる。が、力を込め過ぎた指が鉢の中央にあるボタンを押し込んでしまう。
すると不思議な事に、鉢の中にあるLEDが光ったではありませんか。
「なんだと!?」
ただ植物を植えて楽しむだけではなく、ライトで光ってインテリアにもなる。
「光った。それだけではなく、何か、音が鳴っているぞ!」
しかも音楽を流せる機能まで備わっている。この多機能ぶりは宝として相応しい。
「『鑑定』……定価三千円。通販サイトで購入可能……」
アイサが小さく真実を語っているが、日本語で喋っているので戦闘姫には伝わっていない。
「偶然手に入れていたか。くそ、次はどうだ」
戦闘姫の注文の品、二品目は玉でできた枝。玉というのは金や銀、真珠などの総称らしく、ここでは枝が純金製の植物を示す。無闇に豪華で宝物らしい宝物だ。
ゼナはエルフの都の宝物庫に実物が保管されているといっていたが、それは商会の資金にさせてもらおうので代用品を用意した。
「金色の……ごぼう? 枝??」
姫は金色に輝くごぼうを手に入れた。ところどころ塗りムラがあるのはラッカーが足りなかったためである。
「妙に軽いぞ。偽物臭い」
「まさか。金でありながら軽いからこその珍品なのです。さらになんと、固さでは金を上回ります」
テレビ通販の司会者の口調を真似しつつ、ごぼうのような金枝を机の上のまな板に乗せ、用意しておいた斧を上段に構えて勢いを付けて振り下ろす。
金は柔らかい金属なので、斧で叩けば溝か傷ぐらいは簡単に付く。最低でも表面が削れて中身が見えてしまう。257の『力』を有する俺ならば両断だって可能だったが……結果は、無傷だ。
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“『非殺傷攻撃』、致命傷にできる攻撃を任意で加減可能”
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「傷が一切付かないとはっ。くっ、これも本物か!」
戦闘姫は宝を手に入れているのに悔しげだ。
「『鑑定』……定価千円。さっきよりも安い。いいのかなぁ」
アイサの呟きは遠くて聞こえない。
戦闘姫の注文の品、三品目は火鼠の皮衣。サラマンダーの皮であり、耐火性に優れた宝物である。そんな便利な物があるのなら戦闘姫などにではなく、頻度高く服を焼失させている皐月にプレゼントするべきだ。
「こちらがその皮衣です」
「これまでで一番まともに見えるな」
カーボン素材なので黒い繊維でできている。耐火素材なので、燭台のろうそくの火で直接あぶったぐらいでは燃えない。
「ろうそくのみでは信用がないでしょう。ということで――炎上、炭化、火炎撃!」
火炎魔法ならばさすがに燃えてしまうだろうが、『非殺傷攻撃』のワンパターンで押し切る。
「室内で魔法をぶっ放すとは何事か!」
「『鑑定』……定価ニ千円」
戦闘姫の注文の品、四品目は子孫繁栄をもたらす子安貝。燕が何故か産む貝であり、安産のお守りとして重宝されている。ぶちゃけて言えば精力剤。若い身からすると、正直、これまでで一番グレードが低い。
「貝殻だ。綺麗だ」
「はい、貝殻です」
「……どうやって本物と見分ければ良いのだ?」
「子孫繁栄に効くらしいので、アニッシュと一緒に使ってみては?」
「こんな愚物いるかッ!!」
戦闘姫が貝殻を窓の外へと放り投げてしまった。放物線を描いて草むらの中に消えてしまう。
直後、草むらに群がる魔法使い達が目撃されたらしいが気にしてはならない。
「『鑑定』……百円均一の小物、税抜き百円」
戦闘姫の注文の品、最後の五品目はドラゴンの頸にあるという玉である。顎という名前から顎の骨なのかと思いきや、五色龍歯なる歯の部分が該当するという話もあって正直良く分かっていない。
玉は五色という程に輝いていない。劣化したエナメル質からは光沢が失われているため、光を当ててもクリーム色にしか見えなかった。
「『鑑定』……拾い物だ。凶鳥、偽物で人を騙すのは少し可哀想じゃないかな。魔王に対抗しなければいけないのは分かるけど、お姫様に偽物ばかりなのは……あれ?」
精巧過ぎて気付かなかったと思うが、これまでの四品はすべて偽物だ。すべて地球で揃えていた。今後を考えて一時帰国した際に、ついでに購入していたのである。
地球と異世界の距離感は近くて遠い。帰りは一瞬でも、戻りのスポーン地点が魔界となるので大変なのだが、『速』413の俺ならば一日で走破可能だ。
……気のせいか、記憶を取り戻してパラメーターが完全復活したというのに、モンスターと戦う事以外にしか役立っていないような。
「動物の奥歯にしか見えん。今までで一番偽物として疑わしい」
「そう言われましても、本物か偽物の判断基準のない宝を所望されたのは……」
「だから偽物でも騙せると思っていたのか! 私は騙されないぞ!」
結局、最後のドラゴンの玉は偽物判定をくらってしまい、アニッシュと戦闘姫の婚姻は破談となってしまった。まあ、戦闘姫にその気がなかったのだ。すべて本物を用意していたとしても難癖付けられてしまっていただろう。
「気を落とすな、アニッシュ。女なんて世界に四十億いるんだ」
「どこの世界の話をしておるのだ。もう一〇〇〇万人を割り込んでいるのだぞ」
東京都の人口は何人だっただろうか。主様が地球を狙ったのが分かるぐらいに悲惨な総人口である。
アニッシュも戦闘姫が拒否すると予想していたため落胆はない様子だ。人口からも分かる通り、人類国家の兵力のみで魔王連合のモンスターを殲滅するのは厳しいがやるしかない。
「お前達野蛮人の力を借りずとも祖国を救ってみせる」
「戦闘姫よ。余達よりもそなた達の方が悲惨な状況であろうに」
「みくびるなよ! 魔王軍ごとき我々の力で――」
戦闘姫の虚勢を試すためではないだろうが、敵襲を告げる鐘が要塞で鳴り響く。監視塔から走ってきたリリームが現れて敵の規模を告げてきた。
「魔王連合軍が警戒網を突破! 敵軍総数は五万体!!」




