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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第ニ十章 人類国家の挑戦
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20-6 政略的

 外で騒いでいたのは帝国戦闘姫であった。

 姫というのは自称ではなく、本当にニ十番目ぐらいには王位継承権を持つ王家の血筋なのだそうだ。知っていればファーストコンタクトがもう少し穏やかなものに……ならなかったか。魔王と戦う俺達が姫程度におくするはずがない。

「帝国がどうして蛮族の手を借りなければならんっ!」

 怒鳴り声を頼りに部屋を出て、廊下の窓から外の様子がうかがう。

 騒いでいる戦闘姫は扉を蹴り破り、怒り心頭のまま屋外へと跳び出した直後のようだ。帝国の家臣と思しき人達が制止させようと声をかけ手をかけているが、すべて振り解いている。

「蛮族共が自発的に戦力を献上するのが筋であろう! 我々があのような奴等に配慮するなどありえぬし、そのために私が嫁入りだとッ。馬鹿げている!」

 名前に戦闘と付いているだけあって甲冑が普段着のようだ。

 ワインレッドの鎧は重そうであるが着こなしており、重心のブレはない。戦闘姫のレベルが40近くに達しているため『力』があるのだろう。体がゴリラのように発達している訳ではなさそうだ。

「少しは落ち着かぬか、帝国の姫君」

「追ってくるなッ。蛮族の王ごときが」

 戦闘姫を追って、アニッシュが現れた。


「帝国西部で抵抗していた残党軍が破れ、全滅したと通達が入ったのは真実である。あそこが残党軍の中では最大勢力であったが、退路を潰されてほぼ全員が戦死だ。残党を率いていた帝国王子も捕らえられた後、はりつけにされて部位ごとに喰われたと聞く」


 今日になって悪い知らせが届けられたのだろう。アニッシュが声を潜めて語る内容は愉快なものではなかった。

 よく見れば、戦闘姫も顔を青ざめさせている。

「このままでは各個撃破され続け、反撃する力が失われてしまう。その前に誰かが代表となって皆を導かなければならない」

「ッ! そのために私との婚儀か! はっ、底が知れる男め!」

 何となく、戦闘姫が何に対して怒っているのか分かってきた。王子が戦死したと言っていたので、戦闘姫の王位継承権はかなり繰り上がっているのだろう。

 アニッシュが言葉ほどに強く言い寄れていない理由も察してやれる。最近、頭を抱えている事が多かった理由はこれか。

「力がないから、私の血筋に頼ろうなどと。恥を知れ!」

「……それで納得する者は多い」

 アニッシュと戦闘姫が政略結婚する効果は大きかった。

 帝国の姫との婚姻により、アニッシュが代表を務める人類国家が帝国残党をまとめるため正当性を得られる。人類最大国を従わせれば、周辺国も同調する事だろう。

 だが、それは……戦闘姫のプライドをズタズタに引き裂くに等しい行いだ。これまで残党をまとめてきた実績を無視して、血筋にしか価値を付けない恥じるべき行いだ。

 戦闘姫が屈辱を感じて、怒り声を上げるのは仕方がない。

「馬鹿にするのもいい加減にしろッ」

 女の叱咤が要塞に響き渡る。状況を察して付近からは人が遠ざかっていく。あるいは密かに野次馬するかの二通りだ。


「いやー、青春だねー」

「かなり違わないか?」


 若い者――アニッシュは十五歳ぐらいなので、俺達より年下――のがんばりを窓から傍観する俺とペーパー。戦闘姫に同情しつつも、アニッシュの苦悩も分かるので何も言わずに生暖かく見守るのみである。

 戦闘姫が一束にまとめた栗色の後ろ髪を大きく揺らす。

「はっ、色々知恵を回しても、結局は蛮族らしく私の美貌を欲しただけなのだろうが!!」

 侮蔑を込めた笑みが、何も言い返せないアニッシュを糾弾する。


「……言っちゃ悪いが、アニッシュも顔では負けていないような」

「事実だが、御影、その発言を女の前でするなよ」

「外野がうるさいぞッ!!」


 戦闘姫は頭に血を昇らせ過ぎていた。屈辱に耐えながらも祖国を取り戻すために人類国家の戦力を利用する、などというクレーバーな思考は難しいだろう。

 このままでは何を言い出すか分からない。

「私が欲しいか? ……くっ、はは! ならば、婚姻の品ぐらい用意できて当然だな」

 ふと、悪意を閃いた戦闘姫は本人が言う美貌をゆがめて言い放つ。

「光り輝く御石の鉢――」

 婚姻を避ける。そのために戦闘姫は無理難題を思い付いてしまう。


「――玉でできた枝、決して燃えない火鼠ひねずみ皮衣かわごろも、ドラゴンの頸にあるというぎょく、子孫繁栄をもたらす子安貝。これら五つの秘宝すべてを用意してみせろ!」


 強欲にも程がある事に五つもの秘宝を所望してきた。

 婚姻を拒否するための無理難題とはいえ流石に五つは多い。日本の有名な姫だってもう少し自重した。絶世の美女でもない女がどんな顔して過多な要求を――。


「だから、外野がうるさい! 五つの秘宝が用意できるまで、お前達とは断交だ!」




 アニッシュは自己嫌悪で執務室のすみで膝を抱えてしまった。こんな根暗な子でも人類国家の代表なのです。

「余だって……何も知らぬ女性に求婚などしたくない。形だけで良いと言っておるのに、余ばかり責められて……」

 うじうじとつぶやき続けるアニッシュが可哀想なので、少しなだめる。

「まあ、帝国がいなくても魔王連合ぐらい俺達なら勝てるさ」

「……それでは後々の世に禍根を残してしまう。人類全体で魔王連合を倒したという実績を作っておかねば、余達は孤立してしまう」

 上に立つ者というのは考えるべき事柄が多いものだ。厳しい状況ばかりに目を捕らわれず、将来を想像するのを止められない。

「だからといってアニッシュばかりが苦労を背負い込んでどうする。政略結婚を言い出すなんてらしくもない」

「余は王である。怠慢は許されない」

「俺から見れば、アニッシュはアニッシュだ。貧乏でパン耳食べていた頃から変わらない。俺はお前に嫌な事を強要しないぞ」

 今も人類から見放されてるようなもので深刻に考えるなとアドバイスする。どうしようもなくなれば救世主職が助けてやると励ますのも忘れない。


「御影は色々変わったな。いや、これが本来のそなたなのだろう」


 膝を抱えていたアニッシュが前向きになって腰を上げる。俺の言葉で気持ちが救われたのであれば誇らしい。

「……うむ、そうであるな。少しだけ余は気負い過ぎていた」

「そうだろう。そうだろう」

「分かった。帝国残党とは別の方法で協力を得るとしよう」

 そもそも、あんな他人を見下すような女はアニッシュには似合わない。王様だから己を殺して生きなければならないというのは間違っ――、


「御影! ドラゴンゾンビの目撃情報があったです! 帝国領を飛んでいたらしいです!」


 ――突然、執務室のドアを勢い良く開く。落花生が重要な情報を掴んだらしい。

「ほ、本当か! 落花生!」

「帝国の兵隊達が噂していたですっ!」

 ナキナの空を飛んでいなかったと思えば、はるか西方、帝国領に向かっていたとは。変なものを拾って食べていなければ良いが。

 善は急げと、落花生と共に帝国兵の駐屯地へと走る。




「断交と言ったはずだ! 野蛮人に話す事などない! 出て行けッ!」

 壁のように騎士団が入口をふさがれ、門前払いをくらってしまった。取り付く島がない。




 カーテンを閉め切り、ドアの施錠も忘れない。

 精霊帝国攻略時に使ったプロジェクターをペーパーのノートパソコンに接続して、作成した資料を映し出す。

 映し出されるタイトルは、商会設立について、である。


「では、アニッシュ王。我々、グリム商会が貴方の恋路を全面サポートいたします」


 商会名について、影の商会や幽霊会社ペーパー・カンパニーと様々な候補は挙がったものの、ヘンゼルの名前から連想するものに落ち着いた。

 社員全員が燕尾服を着用して、マスクで仮装したり男装したりしているからといって怪しい会社ではない。

「我等がいれば、帝国戦闘姫の心を射止めるなど数日あれば十分です」

「御影よ! そなたは変わり身が激しいぞ!」


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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
 ◆コミカライズ「魔法少女を助けたい」 1~4巻発売中!!◆  
 ◆画像クリックで移動できます◆ 
 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない


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