20-5 ブレスト
数日すると、教国へと向かっていたリセリが戻ってきた。安否を伝える手段がなかった状態からの帰郷だったというのに、一週間未満の滞在日数でトンボ帰りしたようだ。
「随分早かったな。止められただろうに」
「はい、父と母両方から泣きつかれましたが、兄様と姉様に任せました。この私は救世主と共に戦い続けます」
「一般人から人気あるリセリがいてくれると、助かるのは確かだけど。無理はしていないか?」
「まさかっ。巫女職に世界を救う使命以上のものはありません」
リセリは元々連れていた護衛の兵士の他に、教国の僧兵を千人ほど連れ帰っていた。また要塞内が賑わう。各国より千人弱ずつ兵力を出し合って、総兵力は六千に達しただろうか。
兵力は順調に強化されているものの、最大三十万と予測されている魔王連合のモンスター軍団とはまだまだ戦えない。
「お土産は僧兵だけではありませんわ。他にも色々と」
「物資か。助かる」
「お土産は中身よりも……外の箱ですわ」
リャマのような動物が牽引するリセリの実家からの土産は、焼印入りの箱に収められている。
「……オルドボ商会か」
焼印の牙男の顔が笑っているように見えた。
オルドボ商会が想像以上に人類圏で利用されている状況は実に不味い。単純に帝国領にたむろしているモンスターを駆逐するだけでは済まなくなってしまった。
オルドボ商会は特に食料輸送で好調だ。各国で七割近いシェアを確保している。
この何が悪いかというと、オルドボ商会が販売停止するだけで人類圏で飢餓が発生してしまう。
「シェアを九割近くまで確保した後の悪夢であろうな」
「現状でも食料購入量から、人類がどの地域で反抗作戦を計画しているのか筒抜けですわ。どうしたものでしょうか」
「まだ直接被害のない教国でこの状況とは、マズいぞ」
アニッシュとしては教国さえもオルドボ商会に依存し危険な状況に陥っていたのがショックだったようだ。リセリから詳しく話を聞けば聞く程に頭部に見えない分銅を乗せていき、重い頭を片腕で支えている。
「このままでは戦にもならない。ゆえに……そこの三名で対策を考えてくれぬか? 悪いが早急にであるぞ」
人類国家盟主よりの勅命を受けて、オルドボ商会対策のスペシャリストが集められた。
「救世主職に商売の事を聞かれてもなぁ」
「救世主職でもないレベル0の俺は尚更だぞ、ナキナ王」
「まずは賃金を支払う、であります」
俺、ペーパー・バイヤー、ヘンゼルの三名というのが悲哀を感じる。マスク率が高く、人類ではない者まで混じっている。人類国家の人材不足は深刻だ。
そもそも何故、俺達なのか。最近暇していると勘違いされてしまったのだろうか。後方任務中にしかできない活動をしていたというのに、憤慨ものだ。
「文句ばかり言わないでくれ。余も軍備を整えるので忙しい。必要な権限を与えるゆえ、オルドボ商会をどうにか打倒するのだ」
フレンドリーに会話できる相手ではあるが、こう見えてアニッシュは国家元首の偉い人物だ。頼まれてしまったのもを断るのは難しい。
「えー、アニッシュがそんな暴君に育っていたなんて」
「ペーパー・バイヤーのバイヤーだけで商売関連と決め付けるなー」
「ベースアップ、であります。労働争議、であります」
俺達三人は敬愛する王様へと、重要任務に就くにあたり抱負を語る。
「ええいっ、時にはそなた達も無茶を吹っかけられる側になるが良い!!」
任命されたからには、会議のようなものを開いて働いている感を出さなければならない。
「では、ブレストでいきます。何でも良いのでアイディアを出してください」
会議の手法なんてブレインストーミング以外に知らない。
司会進行は俺が務め、ペーパーは書記としてノートパソコンで議事録を記録する。
「では、まずは俺からアイディアを。地球知識で農業改革。各国の食料自給率を引き上げてオルドボ商会に食料を頼らなく済むようにします。どうでしょう?」
ブレインストーミングという手法にはいくつか原則が存在する。
最も重要な原則は、アイディアを批判しない事だ。アイディアを批判してしまうと出席者が萎縮してしまい、発言数が減ってしまうからである。
批判していると会議を進めているという気分に浸れるが、批判するだけでは物事は前進しないのだ。
「却下。緑の革命を知らないのか。その土地の事情を考慮せず、画一的で強引な近代的手法に切り替えても失敗は目に見えている。そもそも、化学肥料がどれだけ必要になるか」
「成功したとしても来年以降となる、であります」
いきなりの原則無視。俺も通るとは思っていなかったので落胆はしていない。
「オルドボ商会へと戦力向かわせて潰したら駄目なのか?」
ブレインストーミングでは大した意見でなかったとしても、笑われるような酷く幼稚な意見でも受け入れられなければならない。これも多数のアイディアを生み出すための原則だ。
「あははーっ、そんな事してみろ。オルドボ商会が生命線になっている人類から敵認定されてしまうぞ」
「くすくす、であります。商会の末端で雇われている商人は何も知らない人間族が多い、であります。可哀想、であります」
ペーパーの物騒な意見が大した事がなく、幼稚と言っているのではない。
ただ、村にたった一つしかないスーパーが閉店してしまうと困るように、食料輸送のシェア率の高いオルドボ商会を叩いてしまうと、人類国家が一気に疲弊する。それこそ魔王連合の思う壺なのである。
「商売に対抗するには商売、であります。こちらも商会を立ち上げる、であります」
ブレインストーミングの原則には更に、他人のアイディアに便乗するというものがある。アイディアを出した本人が気付いていない事でも、他人であれば気付けるという場面は多い。
「オルドボ商会の商品は高いらしいから、付け入る隙はあるか」
「価格競争に持ち込んで勝利する。これだけだと確実性がないから、もう一つアイディアが欲しいところだな」
ヘンゼルの案は意外と悪くなさそうだ。俺やペーパーのものよりも欠点が少なく、最有力候補として受け入れられた。
「……難があるとすれば、ヘンゼルが商売をしたいだけという事にあるが」
「本人の意気込みは大切、であります」
「急成長するオルドボ商会の性質と、金貨を偏愛するオルドボ本人の性格を考慮すれば、作戦はこんなものか」
コーヒーっぽい黒い飲み物で一息付く。味はコーヒーよりも渋みがない。
「よし、オルドボ商会を倒せるぞ」
数々の強敵と戦いを思い付きのみで切り抜けてきた俺である。特に今回はペーパー・バイヤーも初回投入されており、敵の内情を知るヘンゼルまでいる。サポートは十分であった。悪の商会を打倒するための作戦ぐらい、半日あればでっち上げてみせる。
「本当にこのような策でオルドボ商会が倒せる、でありますか??」
基本的には場当たり的、肯定的に言えばアドリブが必要となるが、それもいつも通りである。
「オルドボ商会の財産はナキナを軽く超える、であります」
「企業が倒産する理由は赤字だけではないからな。まあ、ヘンゼルは商売に集中してくれ」
作戦は決まった。オルドボ商会に対抗するため、俺達も商会を作る。そのための資金はいつも通りナキナから……は貧乏で厳しそうなのでゼナを頼ろう。
「そういえば、商会の名前はどうする。ヘンゼル商会? ペーパー屋?」
「嫌、であります」
「俺にそんな自己顕示欲はない」
「いやでも、名前がそのまま会社名になっているのは一般的だろ」
「『正体不明』のお前が言うな」
作戦そのものよりも商会の名前でもめてしまう。
ペーパーは己の名前が使われるのを拒否する。話題を逸らそうとして、もっと難儀している問題を思い出させてくる。
「名前はともかく、俺は当面、対オルドボ商会で忙しくなる。迷子の土地神様は手がかりさえ掴めていないが、手伝いはできなくなるからな」
後方に置かれている間、遊んで暮している訳ではなかった。最後の仲間を探して忙しくしていた。
「……あいつ、早く探してやりたいな」
本当なら俺達には誰よりも強く、魔王にも単独で対処可能な心強い仲間がいるのである。落花生、ラベンダーと一緒に異世界に来ていたようだが、現在は行方不明となっている。
時々見かけるドラゴンゾンビが捜索している彼女である可能性が高い。行方を追って情報を集めていたものの、手がかりは掴めていない。ここ最近、ナキナでの目撃情報がないのだ。
捜索はもちろん続行する。
ナキナ以外に移動している可能性が高いので、遠方にいた人物に訊いてみるのも手段だろう。
「――馬鹿を言うなっ! 帝国戦闘姫がどうして辺境蛮族の元へと嫁入りしなければならない!!」
……何やら、外が騒がしい。




