4-3 若エルフの受難
エルフの隠れ里を出たアイサは、夜間行軍でボア・サイクロプスの巣へと向かった。
夜行性モンスターを避けての移動だったので素早かったとは言い難い。が、鳥面と別れて既に二日が経過している。無理をしてでも急ぐ必要があり、アイサの判断は正しかったと言えるだろう。
空が白む頃には目的地へと到着できた。
見覚えのある洞窟。見覚えのある切り立った壁。
そして、見覚えのない赤い血溜まりの跡。骨と皮しか残っていない屍骸が陽光に照らされて赤く光っている。
血臭が腐って、鼻腔に対して刺激的だ。
「あのまま、ここで死んだの?」
アイサは端整な顔立ちを歪める事なく屍骸を検分していく。マスクで鼻と口を隠して、厚手の手袋でどす黒い骨を掴み上げていく。
「違う。人間族の骨じゃない」
検分の結果、人間族のものではないと判明する。
様々な肉食型モンスターに食い千切られた残りカスとなっていたが、骨格が大きく人間族に適合しない。ボア・サイクロプスの骨であって、鳥面のものではないだろう。
アイサは安堵した表情を見せたが、それは鳥面の生存を喜ぶ顔ではないはずだ。骨まで食われる前に、屍骸の正体を確認できて良かったという顔だ。
鳥面の呪われた男の生存は、むしろアイサにとっては不都合である。即座に表情を引き締めていく。
周囲を一通り調査して、鳥面の行方の手かがりは無し。
鳥面は里を出た時点で消耗し切っていた。ボア・サイクロプスに轢かれて満身創痍だったはずである。その辺りで死体を発見できるかと期待していたが、それらしい痕跡は発見できない。
ただし、ただ鳥面が死んでいれば良いというものでもない。
鳥面を始末したという証拠として、アイサは体の一部を斬り取って持ち帰る必要があるのだ。大型モンスターに丸呑みにされていた場合は一大事であり、そのモンスターの胃をかっ裂いてでも死体を回収する必要がある。
「……生きてて欲しいのか。死んでいて欲しいのか。僕ってこんなに独り善がりだったのか」
アイサはボア・サイクロプスの巣から離れて、周辺探索で見つけていた岩から水が滴る場所へと向かう。
気にしていないという顔をしていたが、血の臭いはやはり気になったのだろう。水で手を清めてから、口元のマスクをずらす。
「――はぁぁ、ぁぁぅ」
湿気に富んだ森の清涼な空気を吸い込んでアイサは、代わりに溜息を吐いた。私情を吐き出し、エルフらしく使命に実直であろうとしたのだろう。
あるいは、単純に精神疲労から溜息を付いたのか。
広大な魔界から一人の人間族を探す難題に対しては、足を使って地道に捜索する以外の解法はない。
日数が経過する程に捜索範囲は拡大していく。アイサは休んでいる暇はない。一人でこなせる任務ではない、と愚痴を零す暇さえなかった。
「大丈夫。この周辺だけなら、僕一人でも生き残れる」
捜索活動としても達成が困難であるが、問題はもっと根源的だ。
「多くの人間族は森の種族に劣るって、トレア姉さんも、リリーム姉さんも言っていたから大丈夫」
モンスターが跋扈する魔界の森を、はたして幼いエルフ一人で生き残れるのか。
ハルピュイアを呼び寄せる不気味な鳥面の男を、はたして幼いエルフ一人で討伐できるのか。
精霊戦士になるべく姉から訓練を受けていたアイサであるが、心中は不安で一杯だ。
不安を押さえ込もうと、網膜に己のステータスを表示させて何度も確認する。
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“●レベル:14”
“ステータス詳細
●力:10 守:7 速:6
●魔:27/27
●運:7”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●実績達成ボーナススキル『不老』
●実績達成ボーナススキル『かわいいは正義』
●実績達成ボーナススキル『情けは人のためにならず』”
“職業詳細
●ノービス”
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尊敬する姉達に比べればかなり見劣りするパラメーターで、心を落ち着かせる効果はあまり発揮しなかった様子だ。フードに隠れた長耳が下方へと垂れていく。
魔界在住ゆえ、モンスターには困らない。本気で取り組めばレベルアップはもっと可能だったのだ。
しかし、職業を精霊戦士に確定させた直後に覚えられる『力・魔・良成長』スキルを所持してからの方が良いという姉の判断により、レベルは年齢を下回るように制限していた。
アイサがいる森は人間族の生存圏に近い。魔界の中では安全な地域と言え、レベルが10もあれば、『運』が悪くないかぎりモンスターに狩られて死ぬ事はない。
所々に、例えばトレントのような長寿命ゆえに高レベルなモンスターは存在するが、自ら近づく無謀を冒す馬鹿はいない。それなりに安全なのだ。
「怖気付くな、僕。そろそろ行くよ、僕」
口元を布のマスクで隠し直してから、アイサは捜索活動を開始する。
モンスターにさえ気をつければ危険はない、と何度も呟きつつ木の枝へと跳び移っていく。
そして、次の枝へと跳び移った時、突如の浮遊感がアイサを襲った。
着地に失敗したのではない。
エルフの軽い体ならば十分に支えられる太さの枝が、突如、根元からズレ落ちていったのだ。折れたのではなく、着地によって枝が落ちるように切れ目が入っていた。
当然の帰結として、枝もアイサも重力に従って落ちていく。
アイサが正式の精霊戦士ならば、突如の事態にも動転しなかっただろう。受身を取るなり、ロープを別の枝に投げるなりして、対処したはずだ。アイサのように何もできないまま地面に落ちて、足首を挫くヘマをするはずがない。
また、正式の精霊戦士ならば……罠を仕掛けた人間族へと、必ず報復していたはずである。
「見ろよ。言った通り、勝手に落ちやがったぜ!」
「ビギナーの冒険者が、『速』でも試したくなったのか? 馬鹿な奴だぜ!」
アイサは気付かなかったが、木の陰に潜んでいた二人の人間族が枝を切った犯人だ。
薄汚い格好をした男と、眼帯をした禿げた男が左右からアイサに近づく。
鳥面の男を捜索するため、アイサは地面に注目していた。エルフの長耳で音を探っていた。
それでも、『暗躍』スキルを持つ盗賊職に対して自慢の耳は働かなかったのである。
「弓か。上物に見えるな」
「細身だが、女か?」
顔を知らない人間族が許可なくにアイサに触れて、両手両足を縛って拘束し、装備を剥ぎ取っていく。
「……おいっ、こいつ! 耳が長いぞ!!」
「エルフか!? よっしゃッ、ボーナス確定だ!」
フードを脱がされた瞬間、盗賊達は色めき立つ。エルフを捕らえた盗賊の感想としてはそう珍しくない。
「女か? 女だったら、俺が先だ!」
「馬鹿野郎。傷物持って帰ったら俺までお頭に殺されちまう。お頭に殺されるだけならまだマシで、オルドボ様に知られたら、ゾッとするぜ」
磨いた石のアクセサリカバーを付けた自慢の耳が、暴かれた。
金髪の髪が暴かれて、数束まとめて掴まれ無理やり頭を上げられた。
口元を隠すマスクも失って、とうとうエルフの美顔が盗賊共に直視されてしまう。
ソロ冒険者の追剥という小金稼ぎが一変、奴隷相場でマッカル金貨五千枚は下らないエルフをほとんど無傷で捕縛できた。盗賊共は気色の悪い笑みを浮かべて、成果を称え合っている。
なお、盗賊の一人に耳を舐められたアイサは完全に竦みあがり、奥歯をカチカチと鳴らしていた。




