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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第十九章 怨嗟の終わり
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19-6 持ち込まれた業

 エルテーナひきいる怨嗟えんさ魔王共。

 微生物が正体の怨嗟魔王は、他生物に己を感染させて体内で増殖する事で宿主を支配、異形として強化する。元となった生物によって怨嗟発症後の姿はナックラヴィーだったりモスマンだったりと様々だ。目が赤いという以外に法則性はあまりない。

 怨嗟の微生物、魔界住血吸虫は水の中に潜んでいる。ナックラヴィーが跳び出してきたぐらいだ。目前に広がる宮殿中庭の池の中でも大量に泳いでいる事だろう。

 エルフの都の中央に魔王の巣窟が誕生してしまっている理由は、エルテーナが導いたからだろう。正気を疑う行動であるが、人類を支配しようとするような女の行動だ。まともなはずがない。

「それで、跳び込んできたからには攻略法は考えているのだろうな?」

 黒曜のジットリとした視線がひたいに突き刺さる。

 言われるまでもなく考えは用意してきている。その一つで黒曜の視線をさえぎる。

「葉……『奇跡の葉』か」

「これで黒曜を回復させて二人でここにいる全員を叩きのめす。今は夜で、ここには夜に強いアサシン職が二人もいる。制圧は余裕だ」

「ゴリ押しのどこが攻略法だ」

 文句を言ってくる黒曜へと無理やり『奇跡の葉』を押し付ける。血色が良くなり、手足の力を取り戻していく。

 ゴリ押しも立派な戦術だ。高レベルのアサシン職が二人もいるのに、今更神経と頭を使う作戦を採択する必要はない。対策可能なスキルよりも高パラメーター、というのは異世界における常識だ。

「敵は三十体。黒曜なら何分かかる?」

「一体十秒。五分あれば可能か」

「よし、二人で二分半。開始だ!」

 背中に巨大な影がかかった。ナックラヴィーの拳が振り下ろされて、俺達が入っている棺ごと叩き潰す。


「『暗影』発動!」

「『暗影』発動!」


 二人で同時に『暗影』スキルを発動して拳を避ける。

 跳んだ先にて、俺はエルフナイフでエルクの背中を斜めに斬り裂く。

 黒曜は別のエルクの頭上に跳んでおり、アクション映画主人公よろしくエルクの顎を掴んで無理やり回し、小気味良い音を奏でていた。そのままエルクの長剣を奪って心臓を突き刺してトドメを刺している。

「アサシン職が二人も! まさか。『神託オラクル』を読み間違えた??」

 『暗澹あんたん』を二人で同時に発動させて広範囲に夜よりも黒い世界を作り上げる。内部に捕らえたエルク共を素早く処理してスキルを解除。暗澹空間が消える前に『暗躍』スキルを発動させていたので、中庭にいる全員が俺達の姿を見失う。

「『神託』ではアサシン職が救世主様であったはず。けれども、ここには二人もアサシン職がいる。捕らえる相手を間違えた?」

 俺は空飛ぶモスマンを中心に狩る。

 黒曜は地上のエルクを担当だ。レベル差があるので女ながらに『力』は彼女の方が高く、鎧装備のエルクを一撃で倒せたからである。

 時々、『暗影』を挟んで移動して敵に次なる行動を予測させない。連携をはばむ。

 三十体をまとめて戦うのと、一対一を三十回繰り返すのとでは後者の方が安全というのは想像し易いだろう。雑魚戦を三十回も繰り返すのは単調であるが、一周十秒の簡単なお仕事である。

「後から現れた男の方が救世主だった! どうなのですかっ、創造主よ!」

 エルテーナは夜空の上を眺め始めて、怨嗟魔王共も俺達に対処できていない。このまま迅速に処理してやる。

「私に『神託』がッ、くるッ!」


“――『神託』する。


 なんじの諜報。気にする程の事態でなかったがゆえ放置を続けた。

 汝が策謀できる程に世界に猶予はなく、救世主職が複数現れる程に深刻であったと理解せよ”


「……なんてこと。創造主は私など、眼中になかったと。い、いえっ、違う。私が最初から見誤っていたのですかッ!」


“――当然ながら、汝の猶予も残り少ない”


 エルテーナが叫び出すまでに粗方の敵を掃討した。

 残った敵で一番厄介なのは池の中にいるナックラヴィーだろう。こいつはエルクと異なって一撃で倒せる相手ではない。『暗殺』がうまく刺されば倒せるかもしれないが、水が嫌いな癖に水の中にいる所為でかなり暴れまくっている。できれば近付かずに倒したい。

「御影! こいつもゴリ押すつもりか!」

「いいや、ナックラヴィーは俺に任せろ。手段は用意してきた」

 せっかく地球に一度戻っていたのだ。怨嗟魔王の弱点について調査は完了している。ナックラヴィーの真正面に立って高らかに宣言する。


「怨嗟魔王! いや、住血吸虫! お前はな、日本にかつて存在し、撲滅された存在だ!」


 ペーパー・バイヤーが所持していたノートパソコン。その電子辞書に日本住血吸虫なる単語が存在するのは分かっていた。地球人も既に怨嗟魔王と戦っていたのである。

 体内に入り込んだ住血吸虫を殺す薬や住血吸虫の中間宿主の貝を殺す殺貝薬の開発等、多数の偉人と多数の苦難により日本で人々を苦しめた住血吸虫は数を減らした。


「そして住血吸虫撲滅を最後に後押ししたのは、人間の環境破壊だ!」


 自然が人類に優しい、というのは人類が勝手に抱いた幻想だ。

 大自然という母親の中から生まれたのだから、子供である自分達に母は優しいはずだ。こういった子供特有の勝手な思い込みでしかない。下手をすれば人類は自然の子供などではなく、勝手に寄生しただけの病原菌でしかないというのに。

 仮に子供の思い込みが正しかったとしても、母は人類という子供と住血吸虫という子供を同列に扱ってしまう。母はその優しさゆえ、子供同士の種族間抗争には関与してくれない。

 だからといって母殺しが許されるはずもない。が、住血吸虫の方がより母親に依存していたため、自然破壊により致命傷を負った。

 俺は異世界においても、地球人のごうを持ち込む。

 怨嗟魔王を殺すために罪を背負う。

 ナックラヴィーの頭上へと跳躍して、片手を広げて突き出す。温存しておいたスキルを解放する。


“GGaGaAAAッ!!”

「『暗器』解放ッ!! 合成洗剤入りのタンク車だッ!!」


 ナックラヴィーは頭の上に落ちてきた車両を殴りつけて、タンクに穴を開けた。そのために内部に満載していた洗剤があふれ出して中庭の池へと広がっていく。

“GAッ!? GAAッ??”

 日本の怨嗟魔王は高度経済成長によって消え去った。生活様式の変化、河川の整備、そして家庭で使われた合成洗剤入りの排水による環境破壊。複合的な要因が重なって今日における発症者はゼロとなっている。

 中でも合成洗剤は直接、怨嗟魔王に手を下している。水中を漂うセルカリアは合成洗剤が水に数パーセント混入しただけでも悶え苦しみ、死んでしまうのだ。


==========

“●魔界住血吸虫 (セルカリア)を一……十……百……千……万体、討伐しました。経験値はありません”

==========


 洗剤がナックラヴィーの腕を伝って池の水を汚していく。汚染範囲の拡大により水中にいたであろう数万、数十万の怨嗟魔王が一斉に消えていった。

 群体生物ゆえに仲間意識などないだろうが、それでも大量に同胞を失った事実を受け止められずナックラヴィーは呆然として停止する。

 その心の隙を暗殺者は見逃さない。


「『暗殺』発動ッ。消えてしまえ、怨嗟魔王!」


 俺はナックラヴィーの首元へとナイフを突き入れた。




 ナックラヴィーは赤い目を限界まで開いた後、ゆっくりと閉じていく。

 洗剤が浮かび、所々泡だっている池に倒れ込んだナックラヴィー。指先を痙攣させて死にかけながらも言葉を残す。


“これで、苦しい生がようやく終わる。魔王の手より解放され――”


 きっと、この言葉はナックラヴィーの元となったケンタウロスの言葉なのだろう。死のふちに立った一瞬だけ、魔王の呪いから解放されて自由を得たのだろう。

「二分と三十秒。掃討完了だ」

 周りを見渡してみれば残っている敵はエルテーナのみである。他は全員、俺と黒曜で倒してしまった。

 エルテーナは精霊帝国の首謀者なので残しているが、あまり良い未来は訪れないだろう。


“――いや、怨嗟は続く――”


 ふと、ナックラヴィーは死ぬ直前に妙な台詞を残して逝った。

 何を言いたかったのか分からなかったが、ナックラヴィーの台詞を女の声が引き継ぐ。


「――げフォがッ!? “怨嗟は続く。未だに怨嗟は無尽蔵、無制限に存在する。このように!”」


 エルテーナが口を押さえながら吐いていた。青い瞳が変色し、赤く染まろうとしている。

「抜かりない魔王様。私を、感染させていたのです、ねっ」

 やはりエルテーナの未来は良いものではなかった。


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