19-5 再会する二人
「――幻惑、朦朧、暗転、新月、月のない夜は目を閉じて震えているだろう――ムーン・エンド」
「急に眠気が……むにゃむにゃ……ヒィ、ひぃいい来るなァ」
「皆倒れてしまって何が……ぁ……ぐー……ウィギャぁぁぁ」
「眠るな! 今ちょっと良いシーンだから……ぎゃああああ」
月桂花の救出は作戦の要であり、王手そのものであった。
数箇所の広場のみで行われていたホラー映画の上映大会は、今では都の全域に広がっていた。スクリーンや投影機の数が足りなくても、魔法を媒介に民全員に伝わっているからである。
魔法耐性が強いエルフであろうとも月桂花が五節魔法に抵抗できるものではない。
魔法で眠らせて、悪夢の中で時間を圧縮。一時間三十五分の恐怖を僅か三十秒で視聴完了し、エルフ共は次々と失神していった。夢で眠らせた後で追い討ちする必要はあったのかというペーパーの感想は、本人がここにいないので残念ながら聞く事ができない。
出発前にリリームに書いてもらった地図を片手に、王都の制圧状況を確認する。
「この地区は全員眠らせましたわ。御影様」
「桂さんはこのまま制圧を。順調なのでこの際、もう王都を完全制圧してしまってください」
「非戦闘員を見分けていると時間が少々かかりますわ。長寿のエルフなので数は少ないですが、向こうの地区には子供も数人いるようです」
「……悲しいですがここは敵国。敵ではない者なんていませんよ。速度優先でお願いします」
月桂花は心の優しい人間だ。以前は人類を裏切って討伐不能王の幹部として働いていたが、今では敵であろうと魔法を行使するのをためらっている。
「はい、御影様のお役に立てるわたくしは幸せ者です! 二度と御影様に反抗できないように徹底的な教育を施します!」
「あ、でもやり過ぎてトラウマを植えつける事は……もう行ってしまったか」
王都の制圧はアジサイと月桂花に任せていれば問題ないだろう。
今行っている作戦は救出作戦なので、陽動や制圧以外にも救出が重要である事を忘れてはならない。
『誰かさん:そちらの状況は?』
メンバー救出のため、俺以外にもスマートフォンでやり取りをしていたゴースト、小豆とアスターが動いていた。
悪霊魔王だった頃に俺が現世に呼び出した魔法使いは四人。全員が天竜川魔法使いの師匠だったというのは今更ながらに納得だ。皐月、アジサイ、落花生、ラベンダーの四人を通じてか細いながらも関係性があったからこそ彼女達を召喚できたのである。
そして、四人全員が弟子の行く末を心配する過保護な人物であったらしい。
小豆とアスターは弟子との戦闘で消滅しかけながらも現世に留まり、野良モンスターを狩って『魔』を奪いながら異世界の浮遊霊となっていた。本人達は人生のアディショナルタイムを楽しんでいるだけだと言い張り俺達と合流しようとしなかったものの、落花生とラベンダーが敵に捕らわれてようやく協力関係を結べた。
俺が月桂花と共に救出できたのはリセリの姉と兄だけ。
自分の手で落花生達を救出に行きたいのは山々であるが、より深刻な危機に陥っている彼女を助けに向かわなければならないのだ。
『韋駄天:弟子の救出完了。今はエルフや熊や忍者を救出中』
『メルグス:ねぇ、凶鳥! どうして僕を助けにくるのが黄色いゴーストなの!?』
『エゾキク:流石は韋駄天。仕事が早い』
『メルグス:もう! 僕の扱い最近悪くない!? 捕まえた魚だからこそ餌が必要なんだよ』
『エゾキク:ですが、一人連れて行かれている黒いエルフが窮地です。私が監視していますが、今すぐ救助にきてください』
『メルグス:また誰か囲むつもりなの!? もうッ』
……アイサと対面するのが憂鬱だ。落花生とラベンダーも俺が月桂花を優先したと知れば臍を曲げてしまうだろう。どう宥めれば良いのやら。
エゾキクことアスターから指示された場所は都の中央にある宮殿の中庭だった。プールのように大きな池があるらしいのだが、その池の水には怨嗟を発症させる微生物が犇いていると想像できた。エルフをエルクへと変貌させる処置施設に彼女は捕らわれている。急がなければならない。
「到着するぞ。黒曜」
建物の屋根を駆け抜けて跳躍し、宮殿の建物へと跳び付いた。
『速』が413もある俺の全速力は音速を超えてしまっている。音の壁を突破した際に生じる衝撃波は気をつけて走れば防げそうだ。急上昇したパラメーターに感覚が慣れていないため、今は『暗躍』スキルで無理やり誤魔化している。
足底に少し力を加えれば壁を一階飛ばしで駆け上がれる。
宮殿の屋上に着地し、蓮の葉が浮かぶ池がある中庭を発見。ビル十階分の高さを気にせず夜空へと跳び出し、直接中庭を目指す。
中庭にいたのは棺のような長箱に捕らわれている黒く美麗なエルフが一人。黒曜で間違いない。
棺の傍には夜でも輝かしい宝石で彩られた白いエルフ。敵将たるエルテーナだろうか。長剣で武装したエルクの姿も各所に見受けられた。敵の数は十倍以上だ。
「黒曜! お前は俺が記憶を失っている間もずっと俺を助け続けていたのか!」
いや、敵は別に潜んでいる。
中庭の池の水が内側から盛り上がって四足の巨体が姿を現した。飛沫が高く上がって、化物の方向に水の粒が震える。
“GGaGaAAGAGGAGAッ!!”
これまで遭遇した中で最大級の巨体を持つナックラヴィーが跳躍して俺を迎え撃つ。
「そのために俺に変装するなんて何考えているんだ! 悪霊魔王になった俺を暗殺してきた時なんて本当に怖かったんだぞ!」
増援は続く。宮殿の各所からもモスマンが姿を現したのだ。蝙蝠のように天井にぶら下がっていた状態からスクランブル発進して、中庭へと落下している俺を襲撃する。
多数の敵の中へと突っ込む俺を見て、捕らわれている黒曜が首を左右に振っていた。来るなと伝えたいらしい。深紫の瞳が助けにくるなと俺を拒絶。細くなって睨みつけてくる。
「安心しろ。俺はお前を助けに来た訳じゃなぞ! これは散々世話になったお前への嫌がらせでしかない」
空中に逃げ場などなかった。
ナックラヴィーの豪腕を避けられず、腹を穿かれてしまう。
モスマンの眼球から放たれる熱線魔法が全身を穴だらけにしていく。
ドトメに、エルクが唱えた精霊魔法に操作される植物の蔓がボロボロの四肢に巻き付いてから力任せに引き千切る。
……すべて、『暗影』が作り上げた影のデコイに翻弄された無意味な攻撃だ。
「俺は黒曜を祟ってやる。救助と違って祟りは拒否できるものじゃないぞッ!」
空中から黒曜の直上一メートルへと空間跳躍を完了した。惜しむべきは『暗影』の最大移動距離が七メートルだった事である。微妙に地上までは遠い。
棺に入ってる黒曜の体へとダイブする。
衝撃を覚悟したが、黒曜の体にエルフとは思えぬ緩衝材が存在したお陰で顔は無傷だ。
「グフェっ!?」
黒曜本人は肺が外部から圧縮されて咳き込んでいたが。
「お、お前は! 俺を殺しにきたのかッ、そうだろ!」
「あたた。お互いを認識しての対面は数ヶ月ぶりか。黒曜」
「俺から離れろ! 変態がッ、谷間に挟まれたまま喋ろうとするな! お前が意識的にそうしていると俺には分かるぞ」
黒曜は俺を演じられるぐらいに俺と似ている。つまり俺と同じぐらいに天邪鬼な性格をしている。こうして本気で嫌がってゴミ虫を見るような視線を向けていても、実は喜んでいるのです。
「…………この闖入者。命を賭けてセクハラに現れるなど理解に苦しみます。怨嗟魔王様。早く始末してくださいな」
再開を喜び合う俺と黒曜を、横から冷たく見下ろしていたエルテーナが告げる。
箱の中から見上げる夜空には、赤い目をした化物共ばかりだ。ナックラヴィー共は既に集合しており逃げ場はない。




