4-1 経験値泥棒
紙屋優太郎なる頼れる男からアドバイスを受け、これからの方針を考えてみた。
目下の懸念事項たるバッドスキルの解消するため、マッカル金貨を一万枚入手する。これを目標に生きていこうと思う。
俺一人では、金貨を集めようとは決して思わなかった。金貨がスキル封印解除の鍵であると一生気付きはしなかっただろう。優太郎は本当に役立つ情報を授けてくれた――それはそうと、マッカル金貨って為替で何円ぐらいだろう。一枚一円かな。
ただし、今のままでは無理がある。
餓死寸前の体調を快復させる事。
レベルアップして敵に備える事。
この二大必要条件をクリアしておかなければ、金貨を集めている場合ではない。
たかだかレベル2の人間族が、魔界の森に身を潜めて二泊して生きていられる状況が規格外の幸運なのである。魔界を生易しい場所だと勘違いしてはならないのだ。
最優先すべきはサバイバルの定跡に従い、食料や水の調達だろう。
腹を満たした後は、安全に経験値を確保できるゴブリンのような弱いモンスターを探して狩れば良い。安全安心なレベリングを目指していこう。
『淫魔王の蜜』がまた発動してしまっても、レベルは一回分余裕がある。窮地だからと思考を放棄し、論理的に物事を進めないのは知的生命体として愚かしいではないか。
「血ぃッ! 血よこせッ!!」
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“実績達成ボーナススキル『吸血鬼化(強制)』、化物へと堕ちる受難の快楽。
本スキル発動時は夜間における活動能力が向上し、『力』『守』『速』は二割増の補正を受ける。また、赤外線を検知可能となる。反面、昼間は『力』『守』『速』が五割減の補正を受ける。
吸血により、一時的なパラメーターの強化、身体欠損部の復元が可能。
一方で、吸血の必要もないのに一定周期で生血を吸いたくなる衝動に駆られ、理性を失う。生血を得れば衝動は一時的に治まるが、依存性があるため少量摂取に留める必要があり”
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“ステータス更新情報
●力:1 = 2 + 1(-)
●守:0 = 1 + 1(-)
●速:1 = 2 + 1(-)
●魔:0/0
●運:5”
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まぁ、どんなに素晴らしい計画だって、いざ実戦しようとした途端に破綻してしまう事は稀に良くあるさ。
「生血が、足りないんだよ!」
牙のナイフを上段に構えて、振り下ろして突き刺す。
奇襲の一撃は見事命中したが、眼下のモンスターは痛がる素振りを見せるだけでそんなにダメージを負っていない。
襲い掛かったモンスターは俺よりも大きい。押さえつけようと背中に飛び乗ったのだが、すぐに振り落とされてしまった。
敵は体長三メートルに達する。が、四肢はない。
蛇と瓜二つの形をしたモンスターであるが、口には肉食獣の牙が見えるので丸呑み主義の蛇とは別生物だ。
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“●レベル:1”
“ステータス詳細
●力:18 ●守:18 ●速:6
●魔:10/10
●運:0”
“スキル詳細
●ワーム固有スキル『永続的な空腹』”
“職業詳細
●ワーム(Dランク)”
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“『ワーム』、蛇に似たドラゴン。ドラゴン族からは同一視されたくないと蔑視される。
森林地帯や砂漠地帯に生息している。いつもお腹を空かした腹ペコキャラなので、食べられる森や砂漠の仲間達を探して徘徊している。
蛇に似た胴体を持つが、獲物を丸のみする下品な蛇に対して、ワームは獲物を何層もの尖った歯で噛み砕き、良く味わう。
食えば食う程に成長し、モンスターの癖にレベルが上昇する。この個体はまだ幼体。
早めの駆除が必須。討伐時の経験値量も悪くない。が、低級と言えどドラゴン族なので普通皆無視する”
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精神異常状態でなければ決して襲い掛からない強敵へとナイフを突き刺してしまった。
とはいえ、後悔できる程に頭は正常ではない。
ナイフを汚す血を見て歓喜してしまう。直接ワームにかぶり付いて吸血したい。戦力差を無視して、俄然やる気を出してしまう。
柄を両手で握り締めて、牙のナイフを振り上げて落とす。鱗の合間を狙う。
……だが、どうも最初の一撃はクリティカルヒットでしかなかったのだろう。鱗が硬過ぎて二回目以降の攻撃が全然通じない。
どうしたものかと思案する暇もなく、ワームが反撃に出てしまう。
鞭のようにしなる長い胴体に弾かれて、背中から森の巨木へと衝突してしまった。
「がァッ!?」
肺が強制圧縮されて、声となって外に漏れ出る。背骨を折る程の衝撃ではなかったが、即座の行動ができなくなるぐらいには息が詰まる。
ワームの頭部が俺へと向けられた。
顎が大きく開かれて、鮫と同じように抜け落ちる事を前提した鋭利な歯並びと、喉奥の黒い食道が見えてくる。
レベルにそぐわない強敵に手を出してしまった愚か者の末路を、俺は実践しようとしていた。後悔は、間に合わない。
そして、ワームは大口を開いたまま……何本もの枝によって串刺しにされて、中身を吸われていく。
慌てて背後へと振り向く。
「はっ! この木は、トレントかッ!?」
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“●レベル:22”
“ステータス詳細
●力:27 ●守:51 ●速:1
●魔:23/23
●運:0”
“スキル詳細
●植物固有スキル『年輪』
●トレント固有スキル『植物擬態』
●トレント固有スキル『弱回復』”
“職業詳細
●トレント(Cランク)”
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“『トレント』、植物の癖に動く植物。
植物ゆえに長寿であり、知能は高いと言われる。
もっとも、植物なので会話手段を持たず、会話できたとしても植物界に属する生命の思考は人間族に理解できないだろう。
魔界では比較的大人しいモンスターであるが、己を切り倒そうする敵に対してトレントは凶暴化して襲い掛かる”
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俺が衝突した巨木は、躾のなっていないワームを敵と認識したらしい。
トレントは樹木に擬態していた体を活性化させて、枝を波打たせる。たったそれだけで、鱗に守られるワームの体を簡単に千切ってしまった。
血飛沫と贓物が舞い落ちる光景は、スプラッタなだけで彷彿とするものではない。ワームに殺され掛けた事で『吸血鬼化』スキルは消沈しており、今は完全に血の気が引いて酷い貧血に陥っている。
そう。生命の危機はまだ続いている。ワームの次に攻撃されるのは、俺だ。
トレントがワームを仕留めると同時に、駆け出していた。無様に足をもつれさせそうになりながら、トレントの枝が届かない距離まで必死に逃げた。
胃酸を吐く程に走って、岩陰に潜んでようやく安堵する。
『吸血鬼化』スキルの所為で無駄足を踏んでしまった。胃液を失った分、マイナスとさえ言える。
同じバッドスキルでも『淫魔王の蜜』はレベルダウンしてしまうにせよ制御可能な分、『吸血鬼化』よりもマシである。時間と場所を選ばず、目に付く生血へと犬歯を突き立てたくなるスキルは危険物以外の何物でもない。
生活水準を向上してからに思っていたが、予定を早めて金貨を集めた方が良いのだろうか。
「……で、このポップアップは??」
逃げている途中に浮かび上がった網膜内のメッセージを、切れていた息を落ち着かせてから読み始める。
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“レベルアップ詳細
●ワームを一体討伐しました。経験値を二十五入手し、レベルが1あがりました”
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“●レベル:2 → 3(New)”
“ステータス更新情報
●力:2 → 3(New)
●守:1 → 2(New)
●速:2 → 3(New)
●魔:0/0
●運:5”
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ワームを倒したのはトレントのはずであるが、何故か経験値が手に入っていた。しかもレベルアップしている。
どうも、トレントとの共同撃破扱いにされたらしい。俺は初撃を加えただけで役立った覚えはないのだが。
「レベルはまた3か。パラメーターも元に戻っ……んん??」
いや、経験値を得られたのなら文句は言うまい。
それよりも注目するべきはステータスの値だ。『力』『守』『速』と上昇しているが、中でも注目するべ――。
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“ステータスが更新されました
ステータス更新詳細
●実績達成ボーナススキル『経験値泥棒』を取得しました”
“『経験値泥棒』、戦闘で大して役立っていない邪魔者を証明するスキル。
基本的に、共同撃破時の経験値入手は人数割りである。が、本スキル所持者はまず全体の二割分の経験値を得る。その後は通常通り、残りの経験値を人数割りする。
なお、本スキル所持者が四人以上共同戦闘を行った場合、スキル効果は発動しない。そんな無能ばかりのパーティは悲惨だが”
“実績達成条件。
戦闘で役立たない癖に、レベルアップする”
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――おい、集中させろ。




