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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第十七章 悪化する世界
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17-22 鳥の鳴く森

 仮眠を二時間ほど挟んでから、食堂で飲み物を受け取った。

 その後、迎賓館内のラウンジを訪れる。


「森の種族の歴史は古い。近頃は生活圏に魔界に追いやられたと誤解している世代も多いが、過去には進んで魔界に入植していた事さえある。狩猟民族たる我々は狩場を求めて移動する事は多い」

「知りませんでした」

「僕も。ゼナ様のお話を聞けるのは光栄です」


 妙に室内のAPP平均が高いと思えば、アイサ、リリーム、ゼナとエルフ三人が揃っていた。年長のゼナから話を森の種族の歴史や原型一班オリジナル・ワン時代の体験談を聞いていたようだ。

 また部屋の片隅には……御影シャドウが一人で酒を飲んでいる。一人でいるのは珍しいといえば珍しい。

 知り合い三人の方向へと自然に足が向かってしまうが、意識して部屋の隅へと向かう。


「相席良いか?」

「……好きにしろ。公共の場だ」


 持参していた果実水と共に御影シャドウの対面席に座る。

 こうしてまじまじと顔を見ると仮面を付けた不審人物でしかない。あえて奪うような容姿ではないと思うので、御影シャドウは俺に何を見出して真似ているかやはり分からない。

「酒、好きなのか? 俺にそんな記憶はないのだが」

「世間話は止めろ。俺とお前はそんな話をし合う間柄ではない。要件を早く言え」

 もう少し穏やかな話題から始めて親睦を高めてからにしようと思っていたのに、御影シャドウに急かされてしまった。

 俺も少し無理があるかと思っていたので、本題をぶつける。


「だったら端的に聞くぞ。お前は、俺か?」

「自分が誰かも分からない奴が他人に問うべき内容じゃないな。そもそも、お前の言う俺とは誰を示す?」


 御影シャドウが言いたい事も、俺に言う程の資格がない事も分かるのだが、どこか煙に巻くための発言のような気がする。

 俺に見られている事を気にせず、酒を飲み干す御影シャドウ

「では逆に聞こう。この凶鳥面の正体は何者だ? ジャルネは“鳥の鳴く森”と言っていたが」

 凶鳥と己を名乗っているが、自分自身について分かっている事はほぼないと言って良い。

 唯一、正体について何かを知っていたのは子供なのに博学なジャルネだった。彼女は俺を見て“鳥の鳴く森”と言ったのだ。

「……何だ、それは?」

「間があった、知っているな? 的中か」

 詳細という程のものが伝わっていない異世界の地方民話に登場するのが“鳥の鳴く森”という名の精霊だ。

 魔界で迷う子供をギャーギャーという怪しげな鳴き声で人里へと追い返す怪鳥らしいのだが、話だけ聞くと善なのか悪なのか判断しづらい。結果だけ見れば子供を救ってくれているので、子供の頃に助けられたローネなどは良い印象を受けていた。

「俺は異世界にやってきて一ヶ月以上、魔界を彷徨さまよっていた。魔界といっても広大だから確証はないが、その精霊と遭遇していた可能性はあるだろう」

「そんな噂話のような精霊、魔界では珍しくもない。ちなみに、俺が地球から魔界にきて言葉が通じた初めての相手は、野良の魔王だ。精霊なんてものは狩った覚えはない」

「いや、証拠があるんだ。ペーパー・バイヤーが復元した携帯電話の削除メールの中に、一文が残っていた」


『件名:四月七日

 本文:

 どこからだろう。鳥の鳴き声が、聞こえた』


 記憶を失う前に俺は精霊と出合っていて、御影シャドウの正体が精霊である。これはほぼ確定だろう。

「お前は精霊、“鳥の鳴く森”だな?」

 ペーパー・バイヤーが銃を持ち出した強引な手段で御影シャドウの正体を暴こうとしたらしいが、万能人間の癖に珍しくも失敗した。失敗理由は、御影シャドウが『正体不明』スキルを有してたからである。

 『正体不明』スキルはステータスを隠すだけの単純なスキルではない。神秘性というベールの内側に身を隠し、擬似的な不死性を保つ恐るべき効果が存在する。本来は、神話や伝説の中で生きる生粋きっすいの神秘生物のみが所持するスキルなので、性能が逸脱いつだつし過ぎているのは当然なのだろう。

 『正体不明』持ちの不死性や詐称性を無効化するためには、先に謎を解明してやる必要がある。

 神秘とはくずづらく、もろい。

 こうして席を挟んで対面し会話をするのは遠回りに見えるかもしれないが、謎を解くための最短ルートなのである。


「……それはお前の事だ。お前こそが“鳥の鳴く森”で、記憶を失ったとかたっているだけじゃないのか。あるいは本当に記憶を失っていて、偶然、魔界を通りがかった俺を真似て人間のように生活している間抜けか」


 だが、俺が突き付けた情報のみでは神秘を貫くには不十分だったらしい。御影シャドウが言う通り、俺が精霊の可能性もまだ残っていた。

「その可能性は否定しない。だが、他人の人生を奪う特性を持つ鳥とは、どの伝承から派生したものだ?」

「だから、知らないと言っている」

「凶鳥という名前が“鳥の鳴く森”を現しているのなら、正体はフッケバインとなるのか」

 凶鳥と検索して得られる単純な結果は、ドイツ絵本が発祥のフッケバインである。が、モデルとなった鳥はカラスであってハルピュイアではない。鳥という共通項しか持っていないのだろう。名前からでは正体に辿たどり付けそうにない。

 他人と成りすます能力から、他人の子と成りすますカッコウの托卵が連想される。つまり“鳥の鳴く森”イコール、カッコウ説さえ浮かぶのだが、異世界の魔界といえど精霊と化す程の強い逸話に発展するだろうか。

「淫魔王との関係は? あの魔王は最後に俺を見て優しい子と言いながら逝ったぞ」

 少し精神を逆撫でするようにたずねてみたが、御影シャドウは素知らぬ顔だ。これ以上の追及は難しいか。

 今ある情報のみでどこまで追い詰められるだろうか。こう思って御影シャドウに挑んだのだが、やはり駄目であった。

 今後は怨嗟魔王に集中したいと思い、事を急ぎ過ぎたようだ。失敗してしまっ――。


「ワザとらしいぞ。そこのエルフ共に協力させているな! 小賢しいッ!! 『暗影』発動」


 ――突然、御影シャドウの体は影の中に消えていく。

 次に現れたのはゼナの背後。

 座って談笑を楽しんでいる風を装い、遠くから読心スキルで御影シャドウの心を読んでもらっていたゼナの首筋に、『暗器』スキルで取り出したナイフが沿わされていく。


「慌てるなって、『コントロールZ』発動!」


==========

“『コントロールZ』、後のない状況をくつがせるかもしれないスキル。


『魔』を1消費することで時間をコンマ一秒戻せる”


“実績達成条件。

 人類の危機となりえる魔王を討伐し、救世主職をCランクにする”

==========

“ステータス詳細

 ●魔:41/83(疲労により回復速度低下中) → 21/83”

==========


 ~~~


「そこのエルフ共に協力させているなッ! 小賢しいッ!! 『暗』――」

「それは止めてもらおうか!」


 『暗影』スキルはアサシン職のSランクスキルだけあって優秀である。だから、発動する前に阻止する以外に方法が浮かばない。

 テーブル越しに御影シャドウの右手首を握り込んで引き寄せる。たったそれだけだが、高度なスキルにとっては大きな障害だ。

「直感系スキルっ?! そのようなものを俺は持っていないぞ」

「少し違うんだが、最近覚えた」

「この出遭った時から変わらず出鱈目でたらめがッ。離せッ」

 男にしては細い腕――現代社会の運動しない系男子を真似ているので当然だが――を拘束し、利き腕を封じた。

 左手でのナイフ捌きに自信はないので、御影シャドウも同じはずである。自由にしていてもそんなに怖くはない。


「――鳥でもない者が――」


 そう思って放置しているが悪かったのか。御影シャドウの左手がベネチアンマスクへと伸びる。

「えっ、お、おいぃぃっ?! お前、こんな所で仮面外すな、大人気ない!」

「うるさいッ。お前一人で挑んでくるならまだしも、よりにもよってッ、耳長共に頼りやがったお前が悪い! 死ねッ!」

 俺の凶鳥面と同じぐらいに危ない世界を封印している蓋ではないと思いたいが、仮面の下に何が隠されているのか分かったものではない。

 もう少し穏便に事を済ませるつもりだった。御影シャドウには以前心臓を刺されているが、あれは魔王化した俺にも非がある。今はナキナを助け合う者同士、言葉だけで解決するのが望ましいと思っていたのだ。

 戦闘を避けようと、慌てて腕の拘束を解き席から離れる。


「そこのエルフッ! 俺の心を読むなッ!!」


 御影シャドウはゼナに対しヒステリックに叫んだ後、『暗影』で室外へと消えていく。仮面が外される惨事は回避されたのだろう。

 席が揺れてコップに残っていた酒がテーブルの上からしたたり、床を汚している。あわや戦闘になりかけてしまったが、雑巾がけで終わる被害で済んで良かった。

 終わってみれば、あっという間の出来事だ。何せ話がこじれてアイサ達が傍にくるまでの間に、御影シャドウは消えてしまったのだ。

「ごめん、凶鳥。やっぱり『鑑定モノクル』では何も分からなかった」

「いいや。アイサのスキルで分からなかったという事は、御影シャドウの神秘性はまだ晴れていないという証明になる」

 ちなみに、アイサ達がラウンジで談笑していたのは偶然ではない。

 最初にラウンジで酒を飲んでいたのは御影シャドウ一人だった。取り巻きみたいな落花生とラベンダーがおらず、月桂花の姿さえ見当たらなかったので好機だと思い、三人に協力を頼んだのだ。

 御影シャドウと俺が話し込んでいる後ろから、彼女達の特異なスキルをもちいて正体を探ってもらう。リリームは刺身のつまみたいなものなので、実際に頼っていたのはアイサとゼナの二人であったが。

 特に頼りにしたかったのは、ゼナの読心スキルである。『正体不明』スキルがあろうと心が丸裸にされるのは俺という被験者で確認済みだ。会話中に散々、正体は何だ、と問いかけていたのできっと何か思っていてくれたはずである。

「ゼナさん、どうでした?」

 ゼナの固い表情を見る限り、成果はかんばしくなさそうだが。

「正体が分かる寸前に逃げられてしまったのでな。ただ、どうもあの者、以前から私を知っていたらしい。そうでなければ、読心スキルを恐れて逃げるはずがない」

 残念だが、最初から警戒されていた。原型一班オリジナル・ワンたるゼナが有名人過ぎたのが敗因だろう。


「しかし、分かった事もある。あの者、正体を問われた後、私を見て他の者の顔を連想しおったぞ」

「誰です。その人!?」


 森の種族のゼナを見て連想する。つまり、御影シャドウは森の種族と何らかの関係があるという事なのだろうか。


「トピューアの顔だ」


 ……誰?




「……美女囲んで何しているんだ、お前。また皐月達に嫉妬されるぞ? その内刺されて死ぬぞ」

「あ、ペーパー。起きたのか。丁度良いから話合いに加われ」

 ラウンジから場所を移さず、御影シャドウの新情報を話し合っていたところにペーパー・バイヤーが顔を出す。顔というか仮面であるが。

「トピューアは隠れ里の管理を任せておった。私と同じぐらいに古い森の種族だ」

「だから、誰??」

「トピューア様は私達の里の長を務めておられた」

「凶鳥も会った事があるはずだよ。その……この眼で無理やりステータスを覗かれかけたって、凶鳥も怒っていた」

 森の種族の知人はほぼこの部屋に集中している。固有名詞を知っているのはトレアぐらいか。

 他に印象が残っている人物は、アイサの言うように以前失明云々でお世話になった老人ぐらいである。かなり昔の事だが忘れてはいない。具体的には1-7ぐらい?

「トピューアってあの老人か!」

 弱っていた俺を動物観察するみたいに扱ってくれて血の涙を流したので、次あったら老人虐待になっても良いからお世話し返してあげたい。

「そうだ。あの堅物である」

「嘘だ!? ゼナとトピューアが同世代なものか。ゼナはまだ二十代後半ぐらいなのに、あっちは人間族の八十歳ぐらいに見えたぞ!」

「我等は精神と外見が大きく関係する。世の中に疲れたエルフほど肌が固くなり、最終的に樹木と化す者までいる」

 なるほど、ゼナの精神年齢はまだアラサーぐらいなのか。すごい心の若作りだ。見習いたい。

「心が読める私の前で豪胆な。それは褒めているのであろうな?」

 対して、話題の人物たるトピューアは精神が老いてシルバー世代に突入してしまっている。

「あやつの場合は同情の余地はないが、心が老いてしまっておるのだ」

 俺が知っている人物であるとは分かったが、御影シャドウとどの程度関係があるのかまったく不明だ。

「トピューアの奴は今や精霊帝国の一味。凶鳥よ、問いただすためには奴等の都に攻め入る必要があるぞ」

「ゼナさん自身は御影シャドウについて思い付く事はありません?」

「分からぬよ。“鳥の鳴く森”が噂されるようになったのはそれなりに昔からであるが、少なくとも私が生まれた頃にはそんな話はなかった」

 RPGゲームではあるまいに、一つ問題を解決するためには別の問題の解決を要求される。なかなか進展しないものだ。

「なんだ。これだけ顔を合わせて、何も分かっていないのか」

 ペーパー・バイヤーの言葉は辛辣しんらつであるが、精霊帝国から先に片付ける必要があるという事だけは分かった、と言い換えておこう。あいつらは怨嗟魔王と協力関係がありそうなので、難度が高いのだが。


「見張り塔からの観測報告! て、敵襲ッ! 怨嗟魔王襲来!」


 考えた傍から襲撃である。俺達に安らぎなどない。

「仕方がない。行くぞ、皆」


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表紙絵
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 助けたいシリーズ一覧

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 第二作 誰も俺を助けてくれない

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